10、エルシーとの雑談
貴族派に絡まれてから三日が経った。あの日以来、サリーとジルはなるべく行動を共にするようにしている。一人でいると貴族派に絡まれそうだけど、二人だと多少は減るからだ。
ただ、サリーの学院内での噂は、前よりも明らかに悪質なっていた。貴族学院で『鎌鼬』を使ったサリーは、無理やり女性の服を剥ぎ取る乱暴な女で、公爵家の権力とお金を使い聖女の地位を得た、偽聖女と噂をする人まで現れた。
現状、表立って言い掛かりをつけてくる人はいないので、サリーは完全無視を決め込んでいる。ただ、巻き込まれたジルのことを考えると、いつものチャペル横の裏庭ではなく、多少は人目のある図書室を、待ち合わせ場所に変更する。
(ジル、遅いですね)
(淑女の講義を受けていたはずだから、もうすぐ来ますよ)
(サリー様は、淑女の講義を受けないのですか?)
(淑女の講義は、同じ話ばかりで退屈なのです)
(そうですか)
転生して前世からの記憶を引き継いでいるサリーは、一般的な学問など取得済みで、この世界特有の学問も、二歳のときに前世の記憶を思い出してから学んできた。今更サリーが学ぶものは少なかった。
(ところで、マリー様を貴族学院では滅多に見ないのですが、普段は何をしているのでしょか?)
(マリーは将来、公爵領の経営に関わることを目標としていますから、学院ではなく、実際に仕事ができる自宅を重宝してるみたいですよ。そういうわけで彼女が学院に来ることは、滅多にないと思います)
(勉強熱心なのですね)
(初等学年のときは、友達のいないわたくしを気にして、毎日のように声をかけてくるので、少し鬱陶しく思っていました)
(マリー様は、少しお節介な感じがしますからね)
アルフレード王国の領地持ちの貴族は、子供が生まれて貴族学院に入学する八歳より前、六歳か七歳ぐらいに両親とともに王都に住み始める。そのため領地持ちの貴族は、領地と王都の両方に屋敷を構えている。
理由は貴族同士の繋がりを持つためと言われているが、実際は地方からの反乱を防ぐための、人質みたいな意味合いも含まれている。
ローレンドール侯爵も、領地と王都に屋敷を構えており、お隣さんにはガルドベール公爵邸が存在する。家がお隣さんということもあって、サリーとマリーは自然と幼馴染になっていた。
(ただ、あちらは公爵家。王家の親族だから、最初は関わりたくなかったけどね)
(あぁ、そうですね。マリー様も、王族になるんですよね)
貴族の最高爵位は公爵だけど、実際は公爵にはなれない。公爵は王家の親族がなる爵位と決められているので、一般的な貴族の最高爵位は侯爵となる。
(王族と言えば、マリーが十歳の時に、フランシスク殿下の婚約者に選ばれて、凄く喜んでいたのを覚えているわ)
(喜んだのですか?)
(マリーが言うには、殿下が赤ちゃんの時から拝謁を許されていたので、可愛いいって何度も話していたわ)
(そうなのですね)
(それから、フランシスク殿下は、カルドベール公爵家に入るらしいわよ)
(お婿さんってこと?)
(そうね、公爵家には男子がいないから好都合だと思う)
(でも、それでは、ーーー王位継承は最初からデキレースってこと)
(そうなりますね)
王位継承権を持つものが複数いる場合、王位継承争いが起こる可能性が無いとは言えない。それ故、国王陛下や王妃様は争いが起こらないように、あらゆる手段を用いる。マリーと第三王子の婚約も、争いを起こさないための手段の一つだ。
(あれ、それだと王族派の貴族が第三王子に付いたら、婿入りはどうなるの?)
(だから、王族派の貴族が第三王子に付かないようにしないと、マリーも困るのです)
(なるほど。ーーーそういえば、第二王子は、どうなったの?)
(第二王子は、側室の御令息になるから王位は難しいかな。貴族派に属する貴族も王妃様が怖くて、第二王子には付きませんからね)
(やはり、最初から第一王子で決まっていたんだ)
エルシーの言う通りで、第二王子が側室の御令息である以上、第一王子か第三王子だけが、実質王位継承権を持っているといえる。
王妃様は、溺愛するランドブル第一王子を次期国王にするために、フランシスク第三王子をカルドベール公爵家に、婿入りさせることで国王への道筋を作ったわけだ。実の兄弟で争わないように。
(誰だって自分の子供を、王様にしたいと思うのではないのですか)
(そうですよね)
(それより、ジルが遅いですね)
貴族派の貴族とトラブルが起こったあの日以来、常に一緒に行動をしていたジルが、こんなに遅れることは珍しい。
サリーは、自身の問題にジルが巻き込まれてしまい、その責任を痛感していた。逆にジルは、サリーの本性を知らないので、か弱そうに見える彼女のことが心配でしょうがなかった。
お互いがお互いを心配していたので、積極的に行動を共にするようになっていた。つまり、ジルが遅れるということは、彼女の身に何かが起こっているのかと、サリーはつい考えてしまうのだ。
(わたくしが、探しに行ってきます)
(それなら、わたくしも行きます)
(ダメです。行き違いになったら困りますから、サリー様はここでお待ちください)
(ーーーそうね。お願いします)
エルシーは幽霊だから空の上から探すことも可能で、壁の中もすり抜けられる。故に、見つけるだけなら、サリーが走って探すよりは効率的だ。
(エルシー、今はどこにいるの?)
(いまは、御令嬢専門講義室を重点的に探しています)
(チャペルの横の裏庭は?)
(最初に探しましたけど、いませんでした)
(わかりました。黙って帰ることは考えられないので、必ずどこかにいるはずです)
(分かっています。少しだけ待っていてください)
(ありがとう)
サリーは心配でしょうがなかった。ジルは聖女には認定されてないが、聖魔法の使い手だ。そして聖魔法使いは全て漏らさず、他の属性魔法は一切使えない。
つまり、相手が魔法使いなら、ジルには身を守る術がないのだ。貴族は時に残酷な側面をもち、隙を見せたら徹底的に攻撃する人種とも言える。
貴族学院では、貴族同士のトラブルに講師が仲裁に入ることは無い。それどころか、講師が上位貴族の意見だけを聞き、下位貴族の話を一切聞かないこともある。
爵位が男爵のジルは、貴族の中でも最低の下位貴族になる。貴族学院で、下位貴族が安定した学院生活を送るには、上位貴族の後ろ盾が必要となる。勿論ジルにも後ろ盾が必要になるが、相手の後ろ盾は第一王子になる。
故に、ジルの後ろ盾には王族が必要となり、しかも第一王子以上の王族が必要となる。それはもう国王陛下か、王妃様しか存在しない。
(サリー様、ジルが見つかりました)
(ありがとう。どこにいるの?)
(サリー様が心配していた通り、貴族派に捕まっています)
(ーッ! 場所はどこ?)
(闘技場です)