1、不自然な友の死
聖クライリストル教会、クライリストル教皇国を総本山にもつ、この世界最大の宗教だ。クライリストル教皇は各国に大司教を派遣しており、大司教の国に対する権力は、各国の国王に匹敵する力を持つ。
クライリストル教皇国が崇拝される最大の要因は、各国で活躍する聖女と呼ばれる存在だ。聖女とは、教皇国が各国に派遣した、大司教が認定した者を指す。
大司教は、各国民の中から聖魔法を使える人材を集め、審議を重ねた上で最高の聖魔法使いに、聖女の名を与える。
聖女は、王族や貴族等の権力者相手に聖魔法を使い、彼らの病を癒してきた。
聖女の聖魔法が、クライリストル教皇国の、権力の根源と言っても過言ではない。
そして、ここアルフレード王国でも、聖女を選ぶための候補者が、王都に集められていた。
ローレンドール・ガーランド・サリーローレンス侯爵令嬢、彼女も聖女候補の一人で、この物語の主人公だ。
★ ★ ★ 侯爵邸
「お嬢様、カルドベール嬢がお見えになりました」
カルドベール・マイスノール・マリーノガーレン公爵令嬢、主人公サリーの親友だ。
「通してください」
「畏まりました」
メイドのサーラの返事を待たず、公爵令嬢のマリーは勢い良く部屋に入ってくる。
「サリー、聞きました?」
「えっ? 突然どうしたのですか?」
「実は、サリーのライバル。キャロライン嬢が、川に身を投げて自殺したらしいの」
「嘘! エルシーが? どうして」
キャロライン・アールズ・エルシーローラン男爵令嬢、サリーが最近友人になった人物で、同じ聖女候補だった。
教会に選ばれた聖女候補は十人おり、その中でもサリーとエルシーは別格で、今代の聖女は、二人の内のどちらかだと囁かれていた。
「ハッキリとした理由は分からないけど、男爵家は資金繰りに相当苦労してるらしいから、意に沿えない結婚を強いられたのかも」
「でも、聖女候補に選ばれただけでも、相当額のお金が男爵家に入るはずよ」
聖女に選ばれなくても、聖女候補は聖クライリストル教会にとって、貴重な存在となっている。全ての病を聖女だけで癒やすことは、事実上不可能だからだ。
「それでも、足りなかったとか? 良く知りませんけど…… 」
「だとしても、エルシーが。どうして自殺なんて」
サリーの青い瞳からは、一筋の涙が頬を伝う。短い間でも、親しくなった友人が亡くなるのは悲しい。況してや、それが自殺なら尚更だ。
「大丈夫? サリー」
「えぇ、ありがとう、マリー。ーーーでも、三日前に教会でお会いした時は、普通でしたのに」
「亡くなったのは二日前で、葬儀は明日行われるそうです」
「そう、葬儀は明日なのですね」
「サリーも行くでしょ」
「そうね。お父様が、お許しになればですけど」
同じ聖女候補とはいえ、相手も貴族。互いの派閥間で問題があれば、葬儀とはいえ参列は見送らなければならない。
「後、これは噂ですけど。教会で何かあったもしれない」
「教会で?」
「そう、教会で!」
「どうして教会が関わってくるの」
「お葬式は男爵家で行われるけど、大司教が執り行うらしいの。しかも、弔慰金がすでに納められていて。結構な金額らしいの」
男爵家が貴族だからといって、葬儀を大司教が執り行うのは珍しい。例え聖女候補だとしても、常識では考えられない対応だ。
弔慰金にしてもそうだ。大司教が男爵家に呼ばれたのなら、男爵家が教会にお布施を納めることが通例だ。
「それは変よね」
「そうでしょ。ただ、教会は男爵家に配慮して、弔慰金をお納めになったとも言われてるけど、なにか腑に落ちないと思いません」
「そうね…… 」
幾ら考えても詮無いことで、サリー達は話題を変えた。
★ ★ ★
夜半、誰もが寝静まった侯爵邸の一室で、怪しい呪文が口遊まれる。
「常世之闇に身を置きし人外の者よ、吾の傀儡となる闇なる者よ、臨兵闘者皆陣列在前、吾の招きに応え吾の願いを叶え、急々如律令奉導誓何不成就乎、出でよ目目連、薩婆訶」
闇が光を食い潰すかのように、空間を闇が侵食していく。常世之闇から無数の眼が現れ、やがて、壁や窓、床や天井まで眼で埋め尽くされる。
「久方ぶりです、土御門 梓紗様」
「久しぶりね、目目連」
目目連、至る所に己自身の眼を貼り付け、悪行も善行も垣間見る異形の者
「さて、私のような者を呼び寄せるとは、如何なる御用で御座いましょうか」
「先に言いますけど、わたくしの事はサリーと呼びなさい」
「了。して、御用は」
「私の考えを見せてあげる。そこから、動かないでください」
「了」
部屋の壁に張り付いた眼に、サリーは右手を押し当てる。
「これは、建物?」
「そうです。教会と言います」
「ほー。して、この人物を探れば宜しいのでしょうか?」
「その通りです。名前はフロークス、聖クライリストル教会の大司教です」
「了」
「本人、家族、親戚、友人、同僚、兎に角、関わる人、全てに張り付きなさい」
「了、して、目的は」
「この人物に関わることを調べなさい、名前は、キャロライン・アールズ・エルシーローラン男爵令嬢。エルシーとも言い、聖女候補でした。彼女の死に関わること、全て調べなさい」
「了」
彼女は、目目連の眼から手を離す。
「最後に、ここは日ノ本とは違う別の世界、何かありましたらすぐにわたくしに連絡しなさい」
「了」
「分かったなら、もう行きなさい」
「了」
無数の眼が瞼を閉じると、跡形も無く消え去った。
★ ★ ★
エルシーの葬儀は、男爵家専用の土地で大司教の元、恙無く執り行われ、サリーとマリーの両家族も参列した。
「ご無沙汰しております、大司教様」
「これは、これは、ローレンドール侯爵夫妻。ご無沙汰しております」
葬儀も終わり、大司教が男爵夫妻との挨拶を終えたあと、サリーの父であるローレンドール侯爵は、大司教に声を掛けた。
「娘が、キャロライン令嬢とは、同じ聖女候補ということもあり、本日は娘共々参りました」
「ご無沙汰しております、大司教様」
「久しぶりですね。ローレンドール嬢」
挨拶が終わり、サリーは父と大司教の話に耳を傾ける。
「今回の件で、聖女候補の認定に遅れが生じるのでしょうか?」
「多少はあるでしょうが、それ程の遅れはありません」
「左様で御座いますか。それにしてもキャロライン嬢のことは、誠に残念でした」
「い、いや、本当に残念です」
俯き加減で悲しそうな顔をする大司教に、サリーは嘘がないように思えた。ですが、何かを隠している様にも見えた。
「亡くなる当日、教会にいらっしゃったそうですが」
「いきなり、どうしたのですか?」
「申し訳御座いません。娘がキャロイン令嬢と仲が良く、せめて最後にお会いした大司教様から、お話を聞きたいと申しまして」
「申し訳御座いません、大司教様。最後にキャロライン嬢の事を知りたくて、父に無理を申しました。御無礼をお許しくださいませ」
サリーは、深々と頭を下げる
「いやいや、キャロライン令嬢と、ローレンドール嬢は、共に聖女候補ですので、お気持ちは良く分かります」
「その様におっしゃっていただき、有り難く存じます」
「それで、キャロライン嬢の事だったかな」
「はい、宜しいのであれば」
「あの日は、怪我をした騎士がおりまして、キャロライン嬢に連絡をとり、来ていただきました。お陰で騎士は助かりましたが、その後…… 」
「作用でしたか、嫌な事を思い出させて、心苦しい限りです」
「申し訳御座いませんでした」
「いやいや、宜しいですよ。ーーーそれでは、用事が御座いますので、失礼いたします」
「長いことお引き止めして、申し訳御座いませんでした」
サリーは、父に合わせて頭を下げた。
新作です。
勇者召喚の失敗例、運び屋。~俺は異世界でも日本でも、大金持ちになって幸せに暮らすぞ~
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