第8話 身体能力向上へのトレーニングは、淑女教育への苛烈さを招きました…
朝、私は7時に起きる。
7時半から家族揃って朝食。
8時に兄様達と姉様は学園へ向かい、私は部屋に戻る。
9時から昼まで、私はグラント侯爵夫人の指導で魔法の勉強と実践。
12時に、お父様お母様と一緒に昼食。
食休みの後、13時からレイチェルさんとランディさんを交えて稽古前のトレーニング。
腕立て伏せと腹筋を百五十回、中庭を百五十周ランニングしてから素振り千五百回。
その後、14時半から二人と共に剣術と体術の鍛練。
17時になると二人は帰宅するので、私は稽古前のトレーニングを再度こなす。
19時に家族揃って夕食。
20時から入浴時間──だいたい21時──まで、ジュリア姉様から淑女教育を受ける。
入浴後は柔軟体操をして、23時頃に就寝。
それが私の毎日のスケジュールだ。
本来なら剣術と体術の鍛練の後は、シャワーを浴びて汗を流しながら休憩なんだけど…
ジュリア姉様が淑女教育を捩じ込んできたからなぁ…
姉様が言うには、私にとっては学園に入る前の予習であり、自身にとっては学んだ事の復習になるからとの事。
そんな事を言われちゃ、断るに断れないじゃないか!
「ジェニファー様…? なんだか… 最近… 疲れて… らっしゃい… ません事?」
「だよなぁ… 動きに… いつもの… キレが無いって… 言うか… 剣の鍛練でも… 何回か棒に… 当たってるぜ? ますよ…?」
新たに私が考案した──って言うか、前世で行ってた──トレーニングをしながら二人が言う。
「ジュリア姉様から淑女教育を受けてるんですよ… これが意外に疲れるんです…」
私は木の枝から下げられた5m程のロープを、腕の力だけでグイグイ登りながら答える。
「淑女教育か… 面倒臭そう… だな… ですね…!」
「私も… 家庭… 教師から… 受けて… ますけど… 確かに… 疲れ… ますわ!」
身体はともかく、精神面で疲れるんだよなぁ…
「ただ、歩き方の練習は剣術や体術に活かせますね♪ 頭に乗せた本を落とさない様に歩くのは、バランスの訓練に最適です♪」
「はぁ… はぁ… どこまで… 剣術や… 体術に… 結び… 付けますの…?」
ロープを降りたレイチェルさんは、息を切らせながらも呆れ顔。
「まったく… なんで… ジェニファー様は… 平気なんだ… ですか…?」
さっきから、いちいち言い直すランディさん。
「あの~、ランディさん…? 使い慣れてないなら、無理に敬語は使わなくて構いませんよ?」
「えっ? 良いのか? だったら最初から言ってくれよ♪ いちいち言い直すの、面倒だったんだよ♪」
急にフランクになるランディさん。
極端過ぎるだろ…
「だったらさ、名前も呼び捨てで構わない…」
「この、おバカ!」
べしぃっ!
「痛ぇっ!」
レイチェルさんの平手打ちがランディさんの後頭部に炸裂する。
不意打ちで食らったランディさんは、後頭部を押さえてその場に踞る。
結構、痛そうだな…
肩がプルプル震えてるぞ…
「いくらジェニファー様が敬語は不要と仰ったからって、王族である方を臣下である貴方が呼び捨てて良いワケありませんでしょ!?」
レイチェルさんは手を腰に、踞るランディさんを見下ろしながら言う。
「だからって殴るなよぉ… ったく、痛ぇなぁ…」
「言葉遣いに関しては、ジェニファー様が仰るのですから私も認めますが、呼び捨てだけは看過できませんからね! 心に留め置いて下さいませ!」
「わ… 解ったよぉ…」
「あははは…」
二人のやり取りに、私は苦笑いしながらロープ登りを終えた。
「皆様、お茶の用意ができました♪ ご休憩なさって下さいませ♪」
シンシアさんに休憩を促されると、二人はパァッと明るい表情になる。
我先にとテーブルに向かって席に着き、お茶の入ったティーカップを持ち…
「う… 腕が…っ」
「震えて… 上手く持てませんわ…っ」
持ち上げようとしても腕が震え、ティーカップがソーサーに当たってカチャカチャ音を立てるばかり。
「な… なんでだよ…! 普段は普通に飲めるのに…!」
「わ… 私もですわ…! 何故、こんなに腕が震えるんですの…!?」
私は腕を曲げ、軽く力コブを作って指差す。
「今日のトレーニングで鍛えられるのは、この筋肉なんです。腕を曲げる筋肉ですね。逆に腕立て伏せで鍛えられるのは、腕を伸ばす筋肉です。だから…」
「だからティーカップを持ち上げようとすると、腕が震えるんですのね…?」
「こんなに震えるんじゃ、晩メシが食えないかも…?」
それは大丈夫だろう。
今すぐ食べるのは無理かも知れないけど、自宅に帰り着く頃には震えは治まってる筈だ。
まぁ、明日は筋肉痛に悩まされるだろうけどな。
「ですから今夜はお風呂に入った時か、お風呂上がりにマッサージしておいた方が良いでしょうね♪ それも、できるだけ入念に♪」
「そう… ですわね…」
「確かに、これだけ震えるんだからな… マッサージしとかないと、明日は痛みでのたうち回りそうだな…」
のたうち回る事は無いと思うけど、痛くて何も持てない可能性は高いかな?
「お父様に頼んで、マッサージ師を手配して貰いますわ…」
「俺も… 自分でやるより良さそうな気がする…」
私は柔軟体操がマッサージ代わりになってるから要らないかな?
「柔軟体操がマッサージ代わりって…」
「本当に身体を動かすのが好きなんですのね…」
二人は呆れ果てた様に私をジト目で見つめ、シンシアさんは苦笑いしながら私のティーカップにお代わりのお茶を注ぐのだった。
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「そんなに私の行動って、呆れる様な事なんでしょうか?」
シンシアさんに柔軟体操を手伝って貰いながら、感じた疑問を口にする。
「ジェニファー様の身体能力は、ジェニファー様が思っているより突出しているのではありませんか? 素人の意見で恐縮ですが… 私から見てもジェニファー様は、とてもレイチェル様やランドルフ様と同い歳とは思えませんから…」
そ… そうなのか?
ちょっと鍛え過ぎたんだろうか?
いやいや!
最強の剣士を目指してるんだから、鍛えて鍛え過ぎるなんて事は無い!
と、思いたい…
「まぁ、それだけの身体能力を持ってるんだから、私の淑女教育なんか余裕でしょう? 学園に入るまで、私の復習を兼ねた予習をタップリさせてあげるからね♪」
私の柔軟体操を見物していたジュリア姉様は、半ば呆れた様に言う。
私としては遠慮したいけど…
「それにしても、ジェニファーの身体って凄く柔軟なのね… まるで骨が無いみたい…」
言われてみれば…
最近は180度開脚も難なくこなしてるし、前世より身体が柔らかくなってる気がする。
「だからってワケじゃないけど、学園に入ったら教わるより教える立場になりそうね♪ いえ、むしろ教える立場になれる様に、これまで以上に厳しく教えてあげるわね♪」
「ね… 姉様!? そこまでされては剣術や体術の稽古に影響が…!」
私は全力で拒否するが、頑固さには定評のあるジュリア姉様が退く筈もなく…
以後、姉様の私への淑女教育は苛烈を極める事になったのだった…
へるぷみぃいいいいいいっ!