第7話 なんだかんだで習い事が増えました(泣)
「なんなんだよ、あの早さは…」
「まぁ、私は何となく想像してましたけど…」
言いつつ、剣の鍛練用にロープで吊り下げられた棒を見るレイチェルさん。
「あれは…?」
「ジェニファー様が考案された、剣術の鍛練用具ですわ。あの多くの吊り下げられた棒を剣で弾き、戻ってきたのを避けたり弾き返したりする物ですの」
レイチェルさんに言われて首を傾げるランドルフさん。
「あんなに多くの棒を? ははっ、そんなの無理だろ♪」
まぁ、二十本近い数の棒だからな。
無理と思うのも仕方無いだろう。
「確かに私には無理ですわね。でも、ジェニファー様には余裕でしてよ? あの拳撃の早さ、ランディさんも認めざるを得ないのではありませんこと?」
「ぐっ…」
レイチェルさんに言われ、ランドルフさんは悔しそうな表情を浮かべる。
「なんで、あんなに早いんだよ…」
「基礎が違うのではなくて? ジェニファー様のトレーニング、並ではありませんから…」
ニヤニヤ笑いながら言うレイチェルさん。
その笑みにムッとした表情のランドルフさん。
何を争ってるんだ、あんた達は…
「お… 俺だって毎日トレーニングしてるぞ? 腕立て伏せに腹筋、ランニングに剣の素振りだって…」
「どの程度おやりになってるんですの? ちなみに私は腕立て伏せと腹筋を百回、剣の素振りは千回ですわね。ランニングは… この中庭でしたら百周ですかしら?」
ランドルフさんは中庭を見渡し…
「俺も… そんなモンかな…? この中庭なら百周ってトコだ。腕立て伏せも腹筋も毎日百回こなしてるし、剣も大切だから素振りは千回こなしてる」
「なら、ジェニファー様には及ばなくて当然ですわね… ジェニファー様は、その全てを五割増しで軽くこなしてらっしゃいますわ♪ 更に夕食後、入浴の時間までにもう一度こなしてるんですのよ♪」
「なっ…!?」
何故かドヤるレイチェルさんと、驚くランドルフさん。
「最近は入浴後に柔軟体操も始めましたけどね♪」
「そう言えば、そんな事も仰ってましたわね… って、何を呑気にお茶なんか飲んでますの!?」
こちらをジト目で見ているランドルフさんに気付いたレイチェルさんが振り向き、のんびりお茶を飲む私に抗議する。
「休憩の時間って事で、シンシアさんが淹れてくれたんですよ♪ 皆さんも如何ですか? 適度な休憩は必要ですよ?」
「フム… なかなかジェニファー殿下は考えていらっしゃいますな。無理に鍛練を続けては疲労が溜まり、思わぬ怪我をすると言う事でしょうかな?」
椅子に座りながら言うカーマン侯爵に、私は微笑みながらコクリと頷く。
「その通りですね♪ それに、続けざまに鍛練していても却って効率が悪くなる… と、私は考えます。適度に休憩を入れる事で、考える時間が取れますからね♪」
「成る程、考える時間ですか… 鍛練で上手く出来た、あるいは出来なかったからと、何も考えずに続けるよりは…」
カーマン侯爵の言葉に私はニッコリと微笑む。
「一旦、鍛練を止めて考えてみる… 今の動きの何が良かったのか、あるいは何が悪かったのか。ゆっくり動いてみて、確認するのも良いかも知れませんね♪」
「ランディ、聞いたか? 鍛練は闇雲に続けても、却って効率を悪くする。私も普段から言っているだろう? お前は考える事をせずに動くから、なかなか上達せんのだ。自信を持つのは悪い事では無いが、過信は身を滅ぼすぞ?」
言われて肩を竦めるランドルフさん。
…なんか面倒臭いな。
もう『ランディさん』で良いか…
「ランディさん、焦りは禁物ですよ? そもそも私達、まだ6歳じゃないですか。今から完璧になる必要は無いと思いますよ?」
シンシアさんにお茶を淹れて貰ってるランディさんに、私は諭す様に言う。
「とても6歳とは思えない言動が多いけどな、ジェニファーは…」
「ですね、兄上… 言動だけでなく行動もですけど…」
学園から帰ってきた兄様達が会話に参加する。
手に木剣を持っており、後ろにはマルグリッド伯爵が続く。
「なんだラルフ、お前もジェニファー様の指南役に抜擢されたのか? なら、ジェニファー殿下の身体能力には驚かされただろう?」
カーマン侯爵に対し、気軽に話し掛けるマルグリッド伯爵。
旧知の仲って感じだな。
「あぁ… 驚いたよ、レナード… 身体能力もだが、考え方にも驚かされた。ジャック殿下が仰る様に、とても6歳とは思えないな…」
まぁ、前世の記憶と経験があるからな。
たかが18年だけど…
それでも6歳の幼児にとって、この差は大きいだろう。
その後、私達はカーマン侯爵とマルグリッド伯爵の指導の元、剣術と体術の鍛練を続けたのだった。
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「で、カーマン侯爵の指導はどうだった? 満足する内容だったか?」
「はい♪ とても楽しかったです♡」
夕食の席、お父様に鍛練の感想を聞かれた私は、満面の笑みで答える。
「あれが楽しかったって…」
「ジェニファーはバケモノだよ…」
兄様達は疲労困憊の様子。
あの後の鍛練は打撃が中心。
拳撃と蹴りの鍛練を行い、その後は打撃を捌いて相手を投げる鍛練。
兄様達は互いに投げたり投げられたり。
私達三人は順に攻撃を行い、攻撃側が投げられる筈が…
ランディさんもレイチェルさんも、私の攻撃を捌けなかったのだ…
兄様達とも試してみたのだが、やはり私の攻撃を捌けなかった…
「なんだ… お前達、ジェニファーに負けたのか? それは見てみたかったな♪」
「兄様達… ちょっと… カッコ悪いですわね…」
ガックリと肩を落とすジャック兄様とジョセフ兄様。
「仕方無いじゃないか… ジェニファーの動きが早過ぎるんだよ…」
「ですよねぇ… あの動き、とても6歳とは思えないんですから…」
ブツブツ言う兄様達。
「それだけジェニファーが貴方達より鍛練に励んでいると言う事なんでしょう。兄として、負けていられませんよ?」
お母様にまで言われ、意気消沈する兄様達。
まぁ、頑張れ♪
そして、お母様は私を見ながら…
「私としては、ジェニファーにはもう少しお淑やかになって欲しいですけど…」
「努力します…」
まるで自信は無いけど…
「ジェニファー、心配しなくても大丈夫ですよ? 学園に入れば淑女教育がありますからね♪」
「それなら慌てなくても大丈夫ですね? 私、まだまだ剣の腕を磨きたいですし、体術だってこれからなんですから♪」
就学年齢まで四年もあるし、学園に入るまでにガッツリ鍛えないと♪
「あら、ジェニファー。淑女の勉強は、早いに越した事は無いわよ?」
ジュリア姉様はニッコリと笑いながら言う。
まさか…
「だから私が教えてあげるね♪ 私も貴女ぐらいの頃からお母様に教えて頂いてたんだもの♪ お陰で学園に通ってからの勉強も、予習していたから先生方に褒めて頂いたわ♪」
やっぱりぃいいいいいいっ!
そんな事されたら稽古の時間が減っちゃう!
「いや! それでは姉様の時間を私が潰す事になりますから!」
「気にしなくて良いのよ? ジェニファーにとっては予習、私にとっては復習になるんだもの♪ 良い事ずくめだわ♡」
ダメだ…
姉様を説得する自信が無い…
「でも、ジュリア… いつジェニファーに教えるんだ? 帰ってきてからとしても、ジェニファーは夕食の直前まで稽古してるぞ? まぁ、汗を流すのにシャワーは浴びてるけど…」
ジャック兄様の助け船(?)、来たぁああああああっ!
「それなら夕食後で…」
そこで私はストップを掛ける。
「この際だからバラしちゃいますけど… 夕食後、もう一度トレーニングしてるんです。腕立て伏せと腹筋、中庭をランニングしてから素振りです。ちなみに入浴後は柔軟体操してます」
「それなら稽古が終わってから、すぐにトレーニングすれば良いんじゃない? 貴女の体力なら大丈夫でしょ? 夕食前のシャワーは浴びれないかも知れないけど、夕食後の時間は作れるわね♪」
そう来たかぁああああああっ!
「あらあら♪ ジュリアは言い出したら簡単には退きませんから、さすがのジェニファーでも説得は無理でしょうねぇ♪ 諦めて教えて貰いなさいな♪」
意外に頑固だったんだな、ジュリア姉様…
見た目や振る舞いは淑やかなのに…
そして翌日から、私はジュリア姉様の指導で淑女教育を受ける事になったのだった。
なんてこった…




