第6話 体術の鍛練開始と新たな出会い。
「お父様、ラルフ・フォン・カーマン侯爵を紹介して下さいませんか?」
前日の稽古の時にレイチェルさんから聞いた人に会ってみようと思い、お父様に朝食の席で頼んでみる。
「カーマン侯爵を? 何故の事だ?」
「体術に優れた方だとレイチェルさんから聞きました。剣を使えない状況の対処を学びたいのです」
朝食の席を共にしているジャック兄様やジョセフ兄様は、呆れた様に私を見る。
「ジェニファー… お前、どこまで強くなるつもりなんだ…?」
「剣技でマルグリッド伯爵からも一目置かれる程になってるのに、まだ足りないってのか…?」
何を甘っちょろい事を…
私は最強の剣士を目指してはいるが、剣を失った途端に何も出来なくなる様な醜態は晒したくないんだ。
その為にも、体術──格闘術──の習得は避けて通れないんだから。
「フム… それならカーマン侯爵には話を通しておこう。それよりジャックにジョセフ、お前達も少しはジェニファーを見習ったらどうだ? 王族だからと言って、剣技や体術を疎かにしていてはダメだろう? 私もお前達と同じ頃は、鍛練に励んでいたものだぞ?」
「「うっ…」」
お父様に言われ、肩を竦める兄様達。
悪い事したかな?
フォローだけでもしておくか…
「お父様、私が先に進み過ぎてるだけだと思いますよ? 少なくとも兄様達の剣の腕前… 自身の身を守る事に関して問題は無いと思います」
「そうか… だが、精進しておくのは悪い事では無い。二人共マルグリッド伯爵の指導の元、稽古に励む様にな」
「「はい…」」
フォローになって無かったかも知れない…
「ジェニファー、カーマン侯爵には話をしておく。ただ、彼はマルグリッド伯爵と同じく、厳しい指導で知られておるぞ?」
「望むところです♪ じゃ、私は部屋に戻って魔法の勉強しま~す♪」
ニッコリ笑って部屋へ向かう私を、兄様達は苦笑いして見送っていた。
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「カーマン侯爵って、どんな人なんだろ♪ 体術の指導を受けるの、楽しみだな~♪」
体術の指導を受けるのが楽しみな私は、いつもの吊り下げた棒を弾く鍛練をしながら独り言。
レイチェルさんは鍛練の手を止め、そんな私を疲れた様な表情で見ている。
「私には真似できませんわ… この鍛練をスラスラ喋りながらなんて…」
「まぁ、慣れですね♪ レイチェルさんだって結構な腕前なんですから、慣れれば私と会話しながらでも可能ですよ♪」
「そ… そうですか…? まぁ、お父様にも勝ったジェニファー様が仰るのですから、自信を失わなくて済みますわね…」
何故か赤くなるレイチェルさん。
その時、私は殺気を感じて剣を構えつつ振り返る。
「ど… どうなさいましたの!?」
「そこに隠れているのは判っています! 出て来なさい!」
私はレイチェルさんを制しつつ、油断無く一点を凝視する。
すると…
「フム、さすがはジェニファー殿下ですな。レナードから聞いていた通り、かなりの腕前をお持ちの様で…」
屋敷の陰から姿を現したのは、ガッシリとした体格の男性。
もしかして、この人が…?
「お初にお目にかかります。姫様からご指名を受けて参上致しました、ラルフ・フォン・カーマンにご御座います」
早っ!
早過ぎるだろ!
お父様に頼んだのは今朝だぞ!?
まぁ、行動が早いだけなのかも知れないけど…
「なんだ… カーマン侯爵でしたのね? …って、ジェニファー様? いつまで剣を構えていらっしゃるんですの?」
「もう一人… 隠れています…」
「えっ!?」
驚くレイチェルさん。
逆に感心した表情になるカーマン侯爵。
「出来る方とは聞いていましたが、よもやこれ程とは思いませんでしたな… おい、バレてるぞ。観念して出て来なさい」
「ちぇっ、甘やかされて育った王女の戯れだと思ってたのに…」
ムッとした表情で現れたのは、私達と変わらない歳と思しき一人の少年。
「まだまだ気配を隠し切れていない様だぞ? まぁ、相手が噂に聞くジェニファー殿下ではな。相手が悪かったと言う事か…」
どんな噂なのか気になるけど…
私は剣を納め、カーテシーで挨拶する。
「初めまして、カーマン侯爵♪ ジェニファー・ベルムヘルムです♪ 無理を聞いて頂き、感謝します♪」
「こ… これはご丁寧に…! まさか臣下である私にカーテシーで挨拶して頂けるとは… 恐縮に御座います!」
右手を胸に、片膝を突くカーマン侯爵。
いけね…
レイチェルさんにも言われたが、カーテシーは目上の者に対する挨拶だっけ…
私にとっては、どうでも良い事なんだけど…
「相変わらずですわね、ジェニファー様は…」
呆れ顔のレイチェルさん。
「ほら、お前も挨拶せんか! 突っ立ったままでは無礼だぞ!」
言われて少年は片膝を突き、ムスッとした表情で胸に手を当てる。
「こ奴の名はランドルフ、私の一人息子です。気軽に『ランディ』と呼んでやって下さい。体格は近い方が組み手の相手に丁度良いと思い、連れて来ました」
「お気遣い、感謝します♪」
今度はカーテシーではなく、深々と頭を下げる。
「とても王族とは思えない腰の低さですわね… まぁ、それがジェニファー様なんですけど…♪」
「誰に対しても丁寧に接する方とは聞き及んでましたが… やはりレイチェル嬢に対しても?」
カーマン侯爵に尋ねられ、コクリと頷くレイチェルさん。
「私達の様な貴族だけでなく、ジェニファー様専属メイドのシンシアと言う方にも敬語で話されてますの。勿論、王宮の使用人全てに対してもですわ」
「それは何と言うか… 見習おうかとも思いましたが、むしろ家中の者達を困惑させてしまいそうですな…」
その言葉に、またもレイチェルさんはコクリと頷く。
「私も見習った方が良いのでは… と考え、お父様に聞きましたわ。お父様の結論は、カーマン侯爵と同じでしたわね」
「今まで通りに接するのが無難… と言う事ですな。王宮の使用人達は慣れてるでしょうが…」
「なにしろジェニファー様ときたら、ご自身より歳下のメイド見習いにまで敬語で話されるそうですから…」
今度は呆れた様な表情になるレイチェルさん。
「ま… まぁ、これは私のクセみたいなモノですから、お気になさらないで下さい」
「そんな事より父上、そろそろ稽古を始めませんか? 話し込んでいると、稽古の時間が少なくなってしまいます」
言いつつ立ち上がり、こちらを横目で見るランドルフさん。
なんか見下されてる様な気がするけど…
「そうだな… では、まずは拳撃から始めましょう。ランディ、手本を」
言って膝立ちになるカーマン侯爵。
両手を開いてパンチング・ミットの様に構える。
拳撃ってパンチの事か…
そしてランドルフさんは軽快に左右のパンチを繰り出す。
時折カーマン侯爵が反撃すると、ランドルフさんは身体を反らしたり屈めたりして避ける。
「よし、そこまで!」
体感時間で三分ってトコか…
息を弾ませ、こちらを見るランドルフさん。
その目は『お前に出来るか?)とでも言いたげにニヤニヤ笑っている。
ナメられたモンだな…
「まぁ、こんな感じですな。ジェニファー殿下、どうぞ」
私に向かって構えるカーマン侯爵。
その隣では、ランドルフさんが変わらずニヤニヤしながら見ている。
「では、お願いします!」
パパパパパパパンッ!
「おっ…! こ… これは!」
「なっ…! 早い!」
驚くカーマン侯爵とランドルフさん。
カーマン侯爵は反撃しようとするが、その兆候を察した私は素早く反対側に回り込む。
その為カーマン侯爵は反撃する事も出来ず、こちらを振り向いて防御するのがやっとの様子。
そして…
「そ… そこまで!」
三分経ったか…
カーマン侯爵とランドルフさんは、呆然としている。
私は息一つ乱しておらず、余裕綽々で構えを解く。
「ジェニファー様って… 剣術だけでなく、体術でもバケモノですのね…」
私の後ろからレイチェルさんが冷たい一言を発し、カーマン侯爵とランドルフさんは顔を逸らして笑いを堪えていたのだった。