第5話 勉強、運動、また運動!
マルグリッド伯爵の娘、レイチェルさんと一緒に稽古を始めて十数日。
伯爵に鍛えられているんだろう。
早くも吊り下げた棒の数が十本に達しようとしている。
「さすがに上達が早いですね♪ やっぱりマルグリッド伯爵から鍛えられているんですか?」
「まっ! まだまだっ! ジェニファー様にはっ! 及びませんわっ! …て言うかっ! 何故っ! この鍛練をっ! しながらっ! 普通にっ! 話せっ! ますのっ!?」
私は迫り来る棒を避け、弾き返しながらも、普通にレイチェルさんに話し掛けている。
逆にレイチェルさんは、必死に棒を避けつつ弾き返しつつ、なんとか返事をしている。
時々身体に当たってるみたいだけど…
「それだけの棒を相手にしながら、話が出来るだけでも凄いと思うんだけどなぁ…」
「ですよね、兄上… 僕達なんて、話をする余裕なんて無いんだから…」
ジャック兄様は五本、ジョセフ兄様は三本の棒を相手にするのがやっとの様子。
疲れたのか、地面に座り込んでいる。
この稽古を始めたのはレイチェルさんと同時期なのに、あっという間に彼女とは差が開いてしまった。
レイチェルさんと兄様達とでは、基礎が違うんだろうな…
ジャック兄様は、学年ではトップクラスの腕前かも知れないが、所詮は同年代だけでの話。
ジョセフ兄様は今までジャック兄様の補佐を目的にしてたから、剣技も魔法も平均的な腕前より少し劣るのかな?
二人共に、あっさりレイチェルさんに抜かれてるのが証拠だろう。
それが悔しかったのか、双方共に稽古に励んではいるものの、差は開く一方なのが見てて哀しい。
「兄様達、マルグリッド伯爵から課されたトレーニングはしていますか? 持久力が上がっていない様に思えますが…?」
「「うっ…」」
こりゃ、サボってるな?
「お父様から課されたトレーニングですか? ジェニファー様、どんなトレーニングですの? もしかして、私と同じなんでしょうか?」
レイチェルさんもトレーニングを課されてるのか…
まぁ、剣士を目指してるんだから当然かな?
「兄様達は腕立て伏せ百回に腹筋百回、この中庭を百周走ってからの素振り千回ですね♪」
「あら、私と同じですわ♪ …って『兄様達は』と言う事は、ジェニファー様は違いますの?」
「えぇ♪ 私には物足りないので、五割増しで行ってるんです♪」
五割増しと聞いて、レイチェルさんの目が丸くなる。
「ご… 五割増しって…」
更に私はレイチェルさんに近付き、彼女にだけ聞こえる様に言う。
(あと、これは兄様達には内緒なんですけど… 夕食後、少し休んでから入浴までに同じ事をしてるんです。)
更に大きく目を見開くレイチェルさん。
(お… 同じ事って…)
(お察しの通りです。部屋で腕立て伏せ百五十回と腹筋百五十回、中庭で百五十周走って素振り千五百回してから入浴するんです♪)
今度は困惑した表情を浮かべ…
(ジェニファー様はバケモノなんですの…?)
私はニッコリと微笑み…
「もう二年以上続けてますから慣れましたね♪ それと最近、入浴後に柔軟体操をしてから寝るようにしてます♪ 筋肉が付いてきた分、身体が固くなってきた気がするので♡」
もう聞かれても大丈夫と判断し、普通に話す。
「柔軟体操まで… 道理で動きがしなやかだと思いました…」
「ジェニファー… お前、どれだけ運動が好きなんだよ…」
「兄上… 僕達もトレーニング頑張りませんか? このままじゃ、何だかジェニファー達に置いて行かれる様な気が…」
「そう… だな…」
もしかして、良い刺激になったかな?
これで兄様達の剣技も上達するかな?
「あ、そうだ! レイチェルさん、お父上は体術には優れていますか?」
「お父様が体術に… ですか? それなりに優れていると思いますが… 帰ったら聞いておきましょうか?」
「お願いしますね♪」
レイチェルさんに頼み、私達──兄様達も──は稽古を続けたのだった。
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「マルグリッド伯爵様に体術を!?」
入浴後の柔軟体操をシンシアさんに手伝って貰いながら、私は彼女と話している。
「えぇ…! 仮にですが… 剣が折れたりしたら… 相手に組み付いて… 倒さなくちゃ… いけません… からね… っ!」
ペタンッ!
「着いたっ♪」
私は両手をシンシアさんに持って貰いながら脚を左右に開き、遂に180度開脚に成功したのだった。
「出来ましたね、ジェニファー様♪ おめでとうございます♪」
「まだまだ… 一人でパッと… 出来る様に… ならないと… 完璧とは言えません… それに…」
さすがにキツくなったので終了。
「それに?」
シンシアさんが先を促す。
「それに、こんなにキツく感じる様じゃ、まだまだ柔軟性が足りないですね…」
「ジェニファー様… 無理をしてはいけませんよ? まだ柔軟体操を始めて数日じゃないですか。たった数日で180度開脚が出来る様になっただけでも、私は素晴らしいと思います♪」
そうか…
前世と同じじゃないんだった。
前世で楽々出来てた事も、今世で出来なくても当然か…
「そうですね♪ でも、焦りは禁物。焦って怪我でもしたら元の木阿弥ですもんね♪」
「元の… 木阿弥…?」
いけね…
この世界に無い言葉を使っちゃった…
「えぇと… 何かの本で読んだか、何処かで聞いたんですよね。一旦良くなったモノが再び元の状態に戻る事を、そう言うんだそうです」
「なるほど… せっかく180度開脚が出来る様になったのに無理して怪我をしては、元の出来なかった状態に戻ってしまいますからね。その様な事を『元の木阿弥』と言うんですか… 木阿弥という言葉が何を表しているのかは解りませんが、勉強になります♪」
なんとか誤魔化せた様だけど、危ない危ない…
前世の記憶があるのは便利だけど、知識はともかく言葉は通じないみたいだから気を付けないと…
とにかく私は充分に身体を解し、快適な眠りに着いたのだった。
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明けて翌日。
朝食の後は、いつも通り魔法の勉強。
最近は中庭で実践も行っており、指導してくれているカーチェ・フォン・グラント侯爵夫人も一目置く程に上達している。
魔法は生活魔法だけで充分と思っていたんだけど、勉強してる内に面白くなっちゃって…
あれこれ試していたら、いつの間にか上達してしまっていた。
昼食の後はレイチェルさんと一緒に剣の稽古に励む。
「ところでレイチェルさん、お父上には体術の事を聞いて下さいましたか?」
「えぇ、勿論です。お父様が仰るには、自分も体術には自信があるそうなんですが、教えを乞うならラルフ・フォン・カーマンという侯爵に相談する方が良いとの事でしたわ」
カーマン侯爵か…
今度、お父様に頼んで紹介して貰おう。
そして私達は、この日も夕方まで稽古に励んだのだった。