第4話 レイチェル・フォン・マルグリッドとの出会いと複雑な想い。
あれから二年が経ち、私は6歳になった。
姉のジュリアは10歳になり、兄達と一緒に学園へ通い始めた。
長兄のジャックは学園の五年生に、次兄のジョセフは三年生になった。
就学年齢に達していない私は毎日昼まで部屋で魔法を勉強し、昼食後は夕方まで中庭で剣の稽古に励んでいる。
マルグリッド伯爵は、変わらず私の剣を指南してくれている。
もっとも、伯爵は我が国の軍隊の司令官──の一人──でもあるので、私に付きっきりというワケでは無い。
ほぼ5日毎に王宮に来て、指導したり相手してくれている。
そして、今日はその日。
私が前世で読んでいた本を参考にした鍛練をしていると…
「フム、ジェニファー殿下の剣技は相変わらず見事ですな♪ それにしても、その鍛練… 如何にして考えたのですかな?」
私が行っていた鍛練。
それは狭い空間に十数本の棒を木の枝からロープで吊り下げ、木剣で叩き飛ばし、戻ってきた棒を避けたり木剣で弾き返すモノだ。
勿論、前世でも行っていた。
前世では、やり始めた当初はロクに避けきれず弾き返せず…
全身が痣だらけになったモンだけど…
身体と言うか、魂が覚えてるんだろう。
不規則に動く棒は私の身体に掠りもせずに避けられ、弾き返されていた。
それを見ていたマルグリッド伯爵が、心底感心した様子で聞いてきたのだ。
「複数の敵と戦う事を想定した鍛練の方法を考えてみたんです」
私は身を屈め、全ての棒を避ける。
棒同士がカラカラと音を立てながらぶつかり合い、徐々に動きが小さくなる。
「複数の敵… なるほど、敵は一人とは限りませんからな。それに、何処から襲い掛かって来るか判らないのも確かです。この鍛練、理に適っておりますな」
言って、まだ揺れている吊り下げられた棒を見つめるマルグリッド伯爵。
「それにしても面白い物を考えられましたな。レイチェルにも試させてやって下さいますかな?」
「レイチェル…?」
誰だ?
名前からして女性だと思うけど…
「これは失礼… レイチェルとは私の娘の事でしてな。ジェニファー殿下の話を聞かせたところ、是非とも一緒に鍛練したいと… 構いませんかな?」
マルグリッド伯爵の娘さんか…
どんな女性か知らないけど、一緒に鍛練できる仲間が増えるのは嬉しいな♪
「それはもう、願ってもない事です♪ 是非、一緒に鍛練したいです♪」
そう言うとマルグリッド伯爵はニヤリと笑い…
「姫様の許可が下りた! レイチェル、来いっ!」
へっ?
近くに居るの?
周りをキョロキョロと見回す。
すると、少し離れた木の陰から一人の少女が姿を現す。
歳の頃は私と同じくらいだろうか?
私より濃い目の金髪──ちなみに私はプラチナ・ブロンド──をポニーテールにした、気が強そうな感じの美少女。
片手に木剣を携え、ライトアーマーに身を包んでいる。
「お初にお目に掛かります。レイチェル・フォン・マルグリッドと申します。姫様と同じく6歳ですので、ジェニファー様とお呼びしても宜しいでしょうか?」
言いつつカーテシーで挨拶するレイチェルさん。
「勿論です♪ こちらこそ初めまして、レイチェルさん♪ ジェニファー・ベルムヘルムです♪」
言いつつ私もカーテシーで挨拶する。
「ちょっ…! 臣下に対してカーテシーはお止め下さいっ! 〝さん〟付けもお止め下さいっ!」
あ、そうか…
カーテシーって、普通は目上の者に対しての行為だっけ…
でも、〝さん〟付けはクセだからなぁ…
今さら直せないし…
「〝さん〟付けはクセみたいなモンですから気にしないで下さい。あ、敬語もクセですから気にしないで下さいね♪」
「そ… そんなに軽くて良いんでしょうか…? 姫様… 王女様ともあろう御方が…?」
オロオロするレイチェルさんの頭を、マルグリッド伯爵がポンポンど軽く叩き…
「これがジェニファー殿下だ。人の上に立つ生まれでありながら、まるでそれを感じさせん。この様な人物こそが、真に人を導く存在に成るのやも知れんな」
買いかぶり過ぎだと言いたいが、言える空気じゃないな…
何故かレイチェルさんは真っ赤だし…
「と… とにかく! ジェニファー様が考案なさったその器具を試させて下さいませ!」
言いながらレイチェルさんは剣を構え、十数本の吊り下げられた棒に囲まれた位置に付く。
「…で、ジェニファー様、ここからどうするんですの?」
…初動は見てなかったんですね?
「ぶら下がった棒を、適当に弾き飛ばすだけです。後は、戻ってくる棒を避けたり弾き返したりするだけです。まぁ、最初は全身が痣だらけになると思いますけど…」
「きゃぁあああああああっ!!!!」
弾き飛ばした棒が戻ってくると、レイチェルさんの身体にべしばし当たる。
なにしろ吊り下げた棒の高さは、一つとして同じでは無い。
顔面の高さから膝の高さまで、全てバラバラなのだ。
当然だろう。
敵の攻撃の位置や高さが同じワケは無い。
それでも必死に迫り来る棒と格闘するレイチェルさんだったが…
数分も経たない内に、充分過ぎる程の打撃を棒から受けたレイチェルさんは、呆然と佇んでいた。
「こ… こんなに難しかったんですの…?」
「最初は二~三本から始めた方が良いと思いますよ? いきなり十数本は多過ぎですからね♪」
言って私は木陰に置いていた脚立を取り出し、少し離れた別の木にロープで棒を吊り下げる。
「それ… もしかして私用の…?」
聞くレイチェルさんに、私はニッコリと微笑み…
「ハイ♪ まず最初は三本から始めてみて下さい♪ 慣れてきたら、一本ずつ増やしていきましょう♪」
「姫様自ら用意して下さるとは… レイチェル、この様な気遣いも覚えておくが良い」
言われてレイチェルさんは、ビシッと直立不動の姿勢をとり…
「承知しました、お父様!」
凛とした声を中庭に響かせる。
と、そこへシンシアさんがティーポットを持ってやって来た。
「ジェニファー様、お茶の用意ができました。そろそろ休憩なさっては如何ですか?」
「ありがとうございます、シンシアさん♪ レイチェルさん、マルグリッド伯爵、ご一緒にどうぞ♡」
二人は私をポカンとした表情で見つめ…
「ジェニファー様… そちらの方は、どう見てもメイドですな…? いや、違ってたら失礼」
「違いませんよ? 彼女は私のメイドでシンシアさんと言います♪」
私の答えにレイチェルさんの目が点になる。
「もしかしてジェニファー様… 私達だけでなく、メイドにも敬語を…?」
「ハイ♪ 私のクセみたいなモノなので、気にしないで下さい♪」
「クセって…」
レイチェルさんは少し考えてからマルグリッド伯爵の顔を見上げ…
「お父様… 私も我が家のメイド達に気遣い… 敬語で話した方が良いのでしょうか…?」
聞かれて伯爵も考え込む。
「あの~… 習慣まで無理に私と同じにしなくても良いのでは…?」
「ジェニファー様の仰る通りだと思いますよ? 突然敬語で話し掛けられては、お屋敷の方々が驚かれ、何かあったのかと心配されるかも知れません」
シンシアさんが、すかさずフォローしてくれる。
感謝♪
「私も最初は困惑していましたが、ジェニファー様にお仕えして二年… 最近、ようやく慣れてきた気がします」
フォロー… なのか…?
「毎日ジェニファー様から敬語で話し掛けられていても、二年経ってようやく慣れてきた気がするんですのね…?」
「我が家のメイド達には、今まで通り接した方が良さそうだな…」
そんなに深く考えないで欲しいんだけど…
前世の記憶と経験がある分、変な言動をしない様に敬語を使ってるだけなんだから…
こんな事、誰にも言えないけど。
「これは私の考えなんですが… ジェニファー様は、本当は奥ゆかしい方なんだと感じるんです。確かに、ご家族からは『お転婆が過ぎる』とか『何かと物騒な事を言う』とか『歳に似合わない言動をする』とか、散々に言われております。ですがジェニファー様は、ご自身より歳下のメイド見習いにさえ敬語で話し掛けられるんです。疑問に思った私はメイド仲間やメイド長、侍従長や執事の皆さんにも伺いましたが… ジェニファー様の様に、誰に対しても敬語で話し掛けられる王族や貴族を存じないとの事でした」
なんか、途中で聞き捨てならないセリフを聞いた様な…
勿論、シンシアさんが言ったセリフじゃないけど…
釈然としない思いを抱きつつ、私はシンシアさんの淹れたお茶で稽古の中休みをマルグリッド伯爵父娘と過ごしたのだった。