第42話 上手くいかなかった様な、上手くいった様な…
「もう少し早く王都を離れるべきでしたわね…」
「あぁ、ちょっと遅かったな…」
「でも、考えてみれば次期国王候補の1人が襲われて、犯人が捕まっていないとなれば… 王都への出入りが制限されるのは当然でしょう」
レイチェルさんとランディさんの愚痴にマニエルさんが答える。
私はと言うと、仕方が無いので毎日筋トレと柔軟体操ばかりしている。
「こんな時でもジェニファー様はマイペースなんだな…」
ランディさんが呆れた様に言う。
「まぁ、王都から出られない以上、他にやる事もありませんからねぇ… それに、状況次第ではカール襲撃第二弾も考えなくちゃいけませんし…」
「「「第二弾!?」」」
私の一言に3人は目を見開き、逆立ちプッシュアップしている私に注目する。
勿論、私はスカートじゃなく短パンを穿いている。
「…当然じゃないですか? カールを襲った賊が王都から出た様子が無ければ、カールを殺し損なった賊が再度カールを襲う事を考えても不思議は無いでしょう?」
私の意見に3人は宙を仰ぎ、やがて納得したのか頷き合う。
「…まぁ、不思議はありませんけど… 警戒も強まってるでしょうし、無理に襲わなくても良くありませんか?」
「そうよねぇ… そりゃ、ジェニファー様なら警戒が強まってても襲撃は成功するでしょうけど、無理に襲う必要はありませんよね?」
ミハエルさんとミーナさんの意見に、私は軽く頷く。
「勿論、無理に襲わなくても良いんですよ。前みたいに植木鉢を落とすとか、矢を射かけるだけでも充分です。まぁ、矢に関しては致命傷にならない場所… 腕とか脚に射ち込んでも良いでしょうけどね♪」
「植木鉢を落とすのは私の役目ですよねぇ…」
「矢を射ち込むのは俺の役目だろうな…」
ミーナさんとミハエルさんが腕を組んで考える。
まぁ、矢を射ち込むのは弓矢の扱いに慣れてるミハエルさんに任せるのが一番だろう。
だが、植木鉢を落とすのは…
「植木鉢を落とすのはランディさんとレイチェルさんでも可能ですよね? ミーナさんは魔法が使えますから、ミハエルさんの補佐で射ち込んだ矢の軌道修正をお願いします」
「「軌道修正?」」
ミハエルさんとミーナさんの声がハモる。
「いくらミハエルさんが弓矢の扱いに長けてるとは言え、予期しない風とかで狙いが反れるかも知れませんからね。致命傷を避ける為にも、軌道修正は必要ですよ」
「「なるほど…」」
納得顔のミハエルさんとミーナさん。
「で、俺とレイチェルが植木鉢を落とす役なのは良いとして、ジェニファー様は何をするんだ?」
「そうですわね。それに、マニエルさん達の役割はどうなりますの?」
ランディさんとレイチェルさんが疑問を呈する。
まぁ、そんな反応も当然だろう。
勿論だが、私にもマニエルさん達にも役割はある。
「マニエルさん達には以前行った様に、カルロスの情報… まぁ、偽情報ですが、流して貰います。私は折りを見て、再度カールを襲撃します。チャンスがあれば、ですけどね」
私が言うと、マニエルさんは難しい顔をする。
「偽情報を流すのはともかく、矢を射かけたり植木鉢を落とすのは無理かも知れません。勿論、ジェニファー様がカールを襲撃するのもです」
マニエルさんの言葉に私は勿論、ランディさん、レイチェルさん、ミハエルさん、ミーナさんも首を傾げる。
「まず、カールの護衛ですが、50人程の大所帯になっているそうです」
「「「「「50人!?」」」」」
私達全員の声がハモる。
「更に、あれからカールは王宮を一歩も出ず、散歩さえ王宮内の廊下… それも、窓の無い場所しか歩かないそうです。なので、矢を射かけるのも植木鉢を落とすのも不可能ですね」
「「「「「……………」」」」」
私達は何も言えない。
「そんな状態ですから、ジェニファー様でもカールを襲撃するのは無理かと…」
マジか…
いや、それでも食堂やカールの自室には窓もあるだろうし、食堂はともかく自室に50人もの護衛は入れない筈だ。
「それが… カールは自室の窓を全て鉄板で塞ぎ、食事も自室で取っているそうです。更に自室のドアの前には、常に護衛が20人体制で固めているとか…」
それはキツいな…
いくら私でも20人の護衛を掻い潜ってカールの部屋へ侵入し、襲撃を成功させて逃げるのは…
…………………
不可能ではない。
それを実行できるだけの実力を身に付けているだけの自負はある。
だが… その場合、カールを殺さずに逃走するのは不自然だ。
少なくとも、カールが重傷を負わなければ不審に思われるだろう。
騒ぎを聞き付けた王宮の者達が駆け付ける前に逃げる為、止めを刺せなかった…
最低でも、そんな状況でなければ余計な疑念を抱かせてしまう。
現在の状況でカール襲撃を成功させた場合、カールに軽傷を負わせる程度だと今までの努力が全て無駄になってしまうのだ。
「詰んだと言うか、お手上げですね… 現状のままだと、私達にできる事は噂として偽情報を王都に広める事だけですね… カルロスが王位継承を放棄し、カールが王位に就くのに都合の良い噂話でも考えますか…」
私の提案に、全員がコクリと頷く。
そして…
「まぁ、それしかありませんわね… ところで…」
「あぁ… ジェニファー様、いつまでそうしてるつもりなんだ?」
話をしながらも逆立ちプッシュアップを続けている私を、全員がジト目で見るのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「噂は広まる一方か…?」
カルロスが側近の1人に聞く。
「はい… 相変わらずカルロス様が王位に就く為に、カール様を排除しようとしているとの噂は跡を絶たない様で…」
カルロスは大きく溜め息を吐く。
「父上とカレンはどうしてる?」
側近は沈痛な表情で語り始める。
「国王陛下は沈黙しております。最早、私の声が聞こえているのかも… カレン様は、特に興味を示されておりません…」
カルロスはソファーに凭れ掛かり、また大きく溜め息を吐く。
「そうか、父上は… もう… 歳も歳だし、致し方無いか… カレンは… そもそも王位に興味は無かったしな… それは私もだが…」
カルロスの言葉を聞いた側近は肩を落とす。
「カルロス様、それでは王位継承は…?」
カルロスはコクリと頷く。
「どうしてもカールが王位に就きたいと言うなら、私は退いても構わん。そもそも私とカールの考え方は似ているのだ。細かな違いは在るだろうが、大筋で似ているのなら、どちらが王位に就いても同じ様な政になるだろう。ならば私は王位継承権を放棄し、ノンビリと余生を過ごした方が良いと言うものだ。双子… 実の兄弟であるにも関わらず、その弟に疑われて責められ… あんなヤツだとは思わなかった… 恐らく、カレンも同じ思いを抱いておるだろうな… もう疲れてしまったわ…」
側近は何も言えなかった。
「カレンを呼んでくれ、彼奴の意見も聞きたい。場合に依っては私はカレンと共に王都を離れる事になるだろうな…」
側近は一礼し、部屋を出るとカレンを呼びに行った。
カルロスの部屋に来たカレンはカルロスと長く話し合う。
そして出た結論は、共に王都を離れると言う事だった。
カルロスとカレン共に、カールの『人の話を聞かず、常に他人を疑う』といった態度に嫌気が差していたのも、2人の行動を後押ししていたと言えるかも知れない。
そして、この結果は図らずもジェニファーの計画を後押しする事になっていたのだった。




