第3話 すれ違う思いと、アンドレア帝国への危機感。
国の軍事や防衛に関して、お父様に何て言おうか…
遠回しに言い過ぎると意図を汲んで貰えないかも知れないし、かといって直接的に過ぎるのも不興を買いそうだし…
いや、それより4歳児の言う事を本気で考えてくれるかどうか…
幼児の戯れ言と、相手にして貰えない可能性の方が高いかもな…
アンドレア帝国とは小競り合いを続けてはいるものの、いつ本格的に侵攻して来るか…
多くの小国が同じ様に小競り合いを続けているからと言って、ベルムート王国とも小競り合いだけで済むとは限らない。
相手は侵略性国家なんだから…
コンコンコン
「姫様、夕食の用意が調いました」
「は~い♪」
ドアを開けて廊下に出ると、そこに居たのは私の専属メイドのシンシアさん。
彼女は私の5歳上で、先日から私に仕えてくれている。
「お迎え、ご苦労様です♪ じゃ、食堂に行きましょうか♪」
「ひ… 姫様… 何度も言いますが、私なんかに敬語は止めて下さいませ…」
青褪めて頭を下げるシンシアさん。
「良いじゃないですか? 私の方が5歳下なんですし、歳上の人に敬語で話すのは普通の事だと思いますよ? それと、私の事は『姫様』ではなく『ジェニファー』と呼んで下さいね?」
シンシアさんは諦めた様な、困った様な表情で溜め息を吐く。
「まぁ、姫様が… ジェニファー様がそう仰るのでしたら… 私は従うしかありませんので…」
なんかゴメン…
でも、私の精神年齢は実年齢+18歳だからなぁ…
下手に話すとボロが出そうだから、誰に対しても敬語を使う様にしてるだけなんだよね。
それに、王宮の中では私が一番若いからな。
食堂に着くと、既に皆は席に着いていた。
「お待たせしました♪」
明るく振る舞い、席に座る。
そして手を胸の前で組み…
「「「「いただきます♪」」」」
雑談しながら食事を楽しむ。
いつ切り出そうかな…?
私の話は食事の楽しい雰囲気をブチ壊す事になりかねない。
重苦しい空気になるかも知れない。
しかし、事実は事実。
ベルムート王国の軍事力では、アンドレア帝国との小競り合い程度なら何とか耐えられても、本格的な侵攻には耐えられないだろう。
勿論、ベルムート王国の軍事力を詳しく知ってるワケじゃないから、断言は出来ないけど…
「ジェニファー、どうした? 何やら難しい顔をしているが… 食事が口に合わなかったか?」
「いえ! 食事は美味しいです! ただ、ちょっと考え事をしていて…」
もしかしたら、今が話すチャンスかも…
「考え事…? 何か気になる事でもあるのか?」
「えぇと…」
私は意を決して話し始める。
この国の防衛力を含めた軍事力の事。
アンドレア帝国と続いている小競り合いの事。
いつ本格的に帝国が攻めて来るか。
現状で攻められたら、まず間違い無く我が国は負ける…
とまでは言わないが、かなり厳しい事。
「フム… だがなジェニファー、アンドレア帝国と言えども一ヶ所に集中する事はできまい。下手に集中すれば、他が手薄になる。さすれば小競り合いを続けていた小国に攻め込まれる危険性もある。簡単には攻めて来ぬよ」
お父様は食事の手を休め、私を諭す様に言う。
やっぱり本気にはしないか…
「そうだよ、ジェニファー。帝国が攻めて来るなんて、考え過ぎなんじゃないか?」
「そりゃまぁ、小競り合いは続いてるけどさ。ちょっとした嫌がらせみたいなモンだって聞いてるよ?」
ジャック兄様とジョセフ兄様も、やはり本気にはしていない様子。
「それよりマルグリッド伯爵が褒めちぎっておったぞ? 私の知らぬ間に、随分と剣の腕を上げた様だな♪」
お父様の話に目を丸くするお母様とジュリア姉様。
「あのマルグリッド伯爵が褒めてたんですの? 凄いわ、ジェニファー♪」
「ジェニファー… お転婆も程々にしないと、何処にもお嫁に行けなくなりますよ…?」
素直に褒めてくれるジュリア姉様と、困った表情で窘めてくるお母様。
「まぁ、良いではないか。ジェニファーも年頃になれば落ち着くだろう。それより食事を楽しもう」
言って食事を再開するお父様。
私はアンドレア帝国の事が気になり、悶々としたまま食事を終えると部屋に戻って少し休む。
「予想通り… かな…?」
「姫様… いえ、ジェニファー様… 一つお聞きしても宜しいでしょうか?」
私の世話をする為に付いて来たシンシアが聞いてくる。
「何でしょう? あ、もしかして、私がお父様に話していた事ですか?」
コクリと頷くシンシアさん。
物騒な話だし、アンドレア帝国が攻めて来た場合、シンシアさんにも身の危険が迫るだろうから気になったのかな?
「確かにアンドレア帝国と我が国は、今は小競り合い程度で済んでいます。けど、その現状が収まるとも限りません。このまま… 小競り合いのままで済むのか、それとも帝国が本格的に侵攻して来るのか… それらを考えた場合、最悪の事態を想定しておかなければ、いざと言うときに最適な行動が執れないと思ったんです」
シンシアの頬を一筋の汗が流れる。
「ほ… 本当にアンドレア帝国が攻めて来るんでしょうか…?」
「攻めて来ないとも限らない… としか言えませんけどね。お父様の言う事も一理あるんです。確かに帝国は多くの小国と小競り合いを続けています。今の状態で一ヶ所を攻めれば、対象国に戦力を集中した隙に幾つかの小国は帝国に攻め込む可能性も考えられます」
「で… では、やはり陛下の仰る通り、帝国は攻めて来ないのでは…?」
私はシンシアさんの言葉に首を振る。
「攻めて来ないでしょうね… ただし、今のままの状態だったらですけど…」
「今のままの状態?」
私は話しながらクローゼットに向かう。
「帝国が多くの小国と小競り合いを続けている状態です」
クローゼットから運動着を取り出し、着替えながら話を続ける。
「多くの小国と一進一退の小競り合いが続いてる間は、帝国も一ヶ所に集中して攻める事は無いでしょう。問題は、小競り合いを続けている小国が徐々に疲弊していく事です」
「疲弊… ですか…?」
首を傾げるシンシアさん。
「戦争とは、どんな小さなモノでも費用が掛かります。勿論、人員も。小競り合いとは言え、戦争なんですから人死には避けられません。徐々に国費は削られ、兵士も減っていきますよね? 私の考えですが、帝国はそれを待ってるんだと思うんです」
シンシアさんの顔が青褪めてくる。
「ベルムート王国は、小国の中では比較的大きい方ですから、ある程度は持ち堪えられる方でしょう。他の多くの小国は、小競り合いすら出来なくなる程に国力を削られていきます」
「で… ですが、それなら抵抗力を無くした国から侵攻するのでは…?」
私はフルフルと首を振り、彼女の希望を打ち砕く。
「抵抗力を無くした小さな国を侵攻するより、抵抗力が残っている国から侵攻する方が得策なんです。失った抵抗力を取り戻すには何年も… 長ければ十何年も掛かります。ならば、多少の苦戦をしても抵抗力の残った国に侵攻して、攻略してからでも遅くはありません。上手くすれば、抵抗力を取り戻す前に侵攻する事が可能ですから。それが逆なら、どうなると思いますか?」
シンシアさんは腕を組んで考え、ハッとした表情になる。
「小さな国を攻略している間に、大きめの国は抵抗力を取り戻す… 大きめの国を先に攻略できれば、小さな国は抵抗力を取り戻す前に…」
「そう言う事です。一種の賭けになりますが、アンドレア帝国の規模なら賭けに負けても損失は小さいでしょうね。まぁ、それでも賭けに出るまで数年は掛かるでしょうから、準備しておくに越した事はありません。お父様は聞き入れてくれませんでしたけど…」
言いつつ私は腕立て伏せを始める。
「ひ… 姫様… じゃなくて、ジェニファー様!? 何をなさってるんですか!?」
私が腕立て伏せをするのを初めて見たのか、シンシアさんが慌てた様子で聞いてくる。
「これは私の日課ですから気にしないで下さい。腕立て伏せと腹筋運動を百五十回した後、中庭を百五十周走ります… あ、シンシアさんは見ているだけで構いませんよ?」
「わ… 私なんかに〝さん〟付けはお止め下さいませ! と… とにかく、タオルをお持ちしますので!」
顔を真っ赤にして部屋から出ていくシンシアさん。
私より5歳上だが、なんか可愛いと思ってしまうのは私だけだろうか?
その後、私は日課を済ませてから浴室で汗を流し、心地好い疲れと悶々とした思いの中で眠りに着いたのだった。