第31話 無能な息子を持ったアンドレア国王には同情しますが、我々にとっては朗報なのかも?
マニエルに連れられて彼の家へと戻ったミハエルとミーナは、よほど空腹だったのか無言で夕食を胃に落とし込む。
「夕飯時を随分と過ぎましたから、無理もありませんね… シチューのお代わり、要りますか?」
マニエルが尋ねると、2人は無言──食べ物を口いっぱいに頬張っている為──で何度も頷く。
マニエルは苦笑しつつ、キッチンへと向かう。
数分後、シチューを鍋ごと持ってきた彼は、2人の皿にレードル──おたまの事──で2人の皿にシチューを追加する。
2人は追加されたシチューもアッと言う間に平らげ、気付けば鍋は空になっていた。
「いやぁ~… こんなに腹を空かせたのも、腹いっぱい食ったのも初めてですよ… ゲフッ…」
「自分で思ってた以上に食べちゃって… 太らないか心配だよぉ…」
ミハエルもミーナも腹を擦り、満足しながらも少々苦しそうだった。
「ところで、日が沈むのを待って王宮に忍び込むとの事でしたが、想定外の迷子で予定が狂いましたね? どうなさいますか?」
マニエルが言うと、ミハエルとミーナは硬直する。
「そ… そうだった… 本来なら今頃は…」
「王宮に忍び込んで… 調査を始めてる筈よね…?」
みるみる青褪める2人にマニエルはニッコリと笑い…
「ジェニファー様から聞いていた通りですね… お2人は人が良くて好感が持てるけど、隠密としては少々の問題アリと…」
マニエルの言葉に俯く2人。
そんな2人を宥める様に、マニエルは言葉を続ける。
「ただ、実力に関しては信頼しているそうですよ? 少々遅くなってしまいましたが、今からでも忍び込んでは如何ですか? 落ち込んでいてもジェニファー様の期待には応えられません。行動する事こそ、肝心だと思いますよ?」
その言葉に2人は顔を上げ、互いに頷き合う。
「ですよね… よし、行くぞミーナ! ジェニファー様の期待を裏切るワケにはいかん!」
「オッケー! 少しでも役に立つ情報を手に入れなきゃね!」
言うが早いか、2人はマニエルに礼を言って王宮に向けて駆け出したのだった。
「やれやれ… ヌケてはいるが褒めて伸びるタイプなので、口先三寸で上手く扱える… ジェニファー様の仰る通りでしたね…」
ジェニファーが遠く離れた場所に居る部下をも間接的に動かす術を持っている事に肝を冷やし、マニエルは絶対にジェニファーを裏切らない事を改めて心に誓ったのだった。
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「あの2人、上手くやってるかなぁ…?」
私は誰に言うでもなく、完成したばかりの合宿所兼練武場の談話室で独り言ちる。
「それなりに手練れみたいだから、そこそこ上手くやってるんじゃない?」
「うわぁおおぅっ!」
か… 完全に油断してたわ…
居たのか、ジュリア姉様!
「驚かさないで下さいよ… てか、いつの間に…?」
「さっきから居たわよ? ジェニファー、考え事してたから気付かなかったんじゃない?」
あぁ…
あの2人、デキるんだけどヌケてるから心配だったんだよな…
まぁ、マニエルさんにはコントロールの仕方を教えておいたから大丈夫だと思うけど。
「戻ってくるのって、いつ頃なの? あんまり短い日数じゃ、欲しい情報が集まらないかも知れないわよ?」
「一応、3ヶ月を予定してますけどね。ミハエルさんはともかく、ミーナさんは卒業式には参加する様に言ってますから…」
「………………なるほど。同級生だもんねぇ…」
少し考えて、姉様は納得して頷く。
隠密とは言え、思い出作りはさせてあげたいからな。
「甘いわねぇ… 隠密って影でしょ? 影に情は禁物よ? ま、嫌いじゃないけどね♪」
逆だと思うけどな…
影だからこそ、情が必要なんじゃないかな?
考え方は人それぞれだろうけど…
ま、此方は此方でクーデターを起こす時に備えて準備しますか♪
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「…てな感じでしたね。オレの見立てでは、どちらも似た様な考え方ですが…」
「同感… やっぱり双子だよねぇ… どっちが国王になっても、クーデターを起こすのに問題は無さそうかな…?」
「まぁ、まだ3日です。結論を出すのは早計でしょう。もう少し調査を続けましょう」
ミハエル、ミーナ、マニエルがそれぞれの意見を述べる。
マニエルの呼び掛けで集まった面々は、互いに目配せして頷き合う。
「マニエルの言う通り、結論は先送りにしよう」
「あぁ… 似た様な考えでも、微妙に違うだろう。より我々に都合が良い方が王位に着く方が望ましい」
「幸いなのは、どちらも現国王とは正反対の性格ってトコか…」
「結論が変わらなければ、ジェニファー様には吉報だろうな♪ クーデターを起こす大義名分が出来るんだからな♪」
マニエルの呼び掛けで集まった、元ベルムート王国の下級貴族の子息達が色めき立つ。
「では、オレとミーナは引き続き調査を進めます。皆さんは情報を纏め、ジェニファー様に報告をお願いします」
一同は頷き、情報を纏める会議を始める。
ミハエルとミーナは立ち上がって一礼し、王宮に向かうべくマニエルの家を後にした。
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「じゃ、お兄ちゃん。しばらく1人になるけど頑張ってね♪ 卒業式が終わったら、すぐに戻ってくるからね♪」
「任せとけ♪ それと、ジェニファー様に頼んで追加の資金を貰ってくるのを忘れるなよ? 王都の物価がこんなに高いとは思わなかったからな…」
「さすがのジェニファー様も、物価の違いには気付けないよねぇ… じゃ、行ってくるね♪」
言ってミーナは駆け出した。
その後ろ姿を見送ると、ミハエルは王宮へ向かうべく裏通りに身を滑り込ませた。
その僅か30分後、ある一室の天井裏にミハエルの姿があった。
アンドレア帝国国王の部屋である。
まだ理由は判らないが、次期国王候補の2人も居る。
(後継者についての話か? それとも単なる親子の会話か? 国王と息子2人しか居ないトコを見ると、込み入った話では無さそうだが…)
ミハエルが考えを巡らせていると、ベッドに寝たままの国王が口を開く。
「ワシはもう長くないじゃろう… お前達のどちらかに王位を譲り、静かに命が尽きるのを待つつもりじゃが…」
王位を譲るとの言葉に、2人はピクッと反応する。
(まぁ、やっぱり気になるよな… どちらも食い付き気味なのは笑えるが…)
笑えると思っても、思うだけでミハエルは全くの無表情で、感情は全く動いていなかった。
下手に感情を動かしては、気配を悟られる危険がある。
普段はヌケているが、彼は隠密として活動中だけはプロだった。
「だが、お前達はワシとは真逆の考えを持っておる様じゃな… 理由を聞こうか…?」
言われて息子2人は顔を見合わせる。
そして互いに頷き、父親である国王に話し始める。
「父上の政策… とりわけ国土を奪った国の王族に対する処置は甘いと言わざるを得ません」
「兄上の言う通り、王族だった者の生活を全て国費で賄うのは納得できません。余計な出費を強いるだけではありませんか?」
「そうです。他の貴族だった者と同様に、ただの平民として扱うべきです」
「世は弱肉強食。我が帝国に負けた国は、どの様な扱いを受けても文句を言う権利はありません」
息子2人は父親に対して不満を口にする。
(やはり、どちらも同じ様な考えか… だが、より不満の大きい方が国王の座を継いだ方が望ましい… が、今の時点では似たり寄ったりか…)
ミハエルは心の中で大きな溜め息を吐き、無能な息子を持ったアンドレア国王に同情していた。




