第2話 危機感、そして決意。
あの後、私達はマルグリッド伯爵の指導で基礎トレーニングを行ったのだが…
メニューは腕立て伏せ百回と腹筋百回の後、中庭を百周ランニング。
そして休憩する間も無く素振り千回。
勿論、私は余裕でクリア。
ジャック兄様はヘロヘロになりながらも、なんとかクリア。
ジョセフ兄様は、全てのメニューを終えた途端に気絶してしまった。
二人共、4歳の私に対する意地だけで最後までこなしたって感じだな…
「ジェニファー… なんで平気なんだよ…」
地面にへたり込み、肩で息をしながらジャック兄様が聞く。
「この程度、何て事はありません。部屋と中庭で毎日行ってますから♪」
「ま… 毎日だって…!?」
驚き、目を丸くするジャック兄様。
「ハイ♪ 夕食の後、入浴の時間まで部屋で筋力トレーニングと素振りを、中庭でランニングしているんです♪」
「き… 気付かなかった…」
まぁ、前世からの習慣だし、コッソリやってたからな。
最近は多少だけど物足りなくて、全部のメニューを五割増しでこなしてるけど…
「ご… 五割増しって… 腕立て伏せと腹筋を!?」
更に目を丸くして驚くジャック兄様。
「素振りとランニングもです♪ 千回を千五百回に、百周を百五十周に増やしました♪ ですので、先程マルグリッド伯爵が課したメニューでは少し物足りませんね♪」
「あれで物足りぬと仰られますか… 確かに… 息一つ乱れておりませんな」
まぁ、慣れてるからなぁ…
それでも前世でこなしてた回数には、まだまだ満たない。
前世では腕立て伏せと腹筋は三百回、素振りは三千回こなしてた。
ランニングは毎日10㎞走ってたからな。
中庭一周の距離が判らないから何とも言えないけど、走った感じでは50mって感じかな?
そんな話をしている内に、ジョセフ兄様が意識を取り戻した。
「あ… あれ…? 僕は…」
「ジョセフ兄様、気が付かれましたか? 今まで気絶されてたんですよ?」
「き… 気絶…!?」
言われてジョセフ兄様はジャック兄様の方を見る。
まだ息が乱れているジャック兄様を見た後、全く息が乱れていない私を見つめ…
「なんでジェニファーは平気なんだ…?」
「ジョセフ殿下、実はジェニファー殿下は…」
私の代わりにマルグリッド伯爵が説明する。
まぁ、私から聞くよりマルグリッド伯爵から聞いた方が、真実味があるだろうな。
話を聞き終えると、やはりジョセフ兄様も目を丸くして驚いていた。
二人は意気消沈したまま王宮に戻り、夕食もそこそこに部屋へと戻って行った。
私は疲れも見せずに充分な量の食事を取り、更に普段通りのトレーニング・メニューをこなしてから入浴。
心地好い疲れの中、グッスリと眠ったのだった。
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予定通り、翌日からジャック兄様とジョセフ兄様は学園から帰ると、私と共にマルグリッド伯爵の指導の元で体力トレーニングと剣の稽古を行う事になった。
どうやら私に負けたのが悔しかった様子で、二人共かなり真剣な表情。
だが、私と同じメニューをこなすには、まだまだ体力が不足している様で…
まず、ジャック兄様は前日と同じメニューの回数、ジョセフ兄様は半分の回数で、必要最低限の体力を付ける事を目標に頑張る事になった。
私は腕立て伏せと腹筋を百五十回こなしてから中庭を百五十周走り、素振りを千五百回。
その後、人を型取った丸太を使って打ち込み稽古。
更にマルグリッド伯爵を相手に、竹刀モドキを使って実戦稽古を行う。
その間、二人は息を調えながら私の稽古を見学する。
なんか悔しそうだな…
そう思い、チラッと二人の方を向いた瞬間…
「隙ありっ!」
マルグリッド伯爵の竹刀モドキが上段から振り下ろされる。
しかし…
ガシィッ!
「なんとっ!?」
私は柄の部分でマルグリッド伯爵の竹刀モドキを受け止める。
そして…
パァンッ!
素早く手首を捻り、マルグリッド伯爵の兜に竹刀モドキを叩き込んだ。
……………………………………………
しばし、沈黙の時が流れ…
「う… 嘘だろ…!? 今の一撃… 止めた上に反撃して勝った…?」
「あ… 兄上… ジェニファーは今、間違い無く僕達の方を向いてましたよね…?」
…そんなに驚く事か?
マルグリッド伯爵、やっちゃいけないミスをしたんだけどな。
そのミスさえ無かったら…
「ジェ… ジェニファー様… よく私の攻撃を止めた上に、反撃までするとは…」
おいおい…
アンタも解ってないのかよ…
仕方無いから教えてあげるか…
「マルグリッド伯爵… この稽古って、実戦を想定してるんですよね?」
「え… えぇ、そうですが…」
「なら… 何故、私が兄様達の方を向いた時に『隙ありっ!』なんて言ったんですか? 実戦なら、相手が隙を見せたら確実に仕留めないと、逆に自分が危険に晒されますよね? それなら相手に気付かれる様な事は避けるべきです。ですので私が兄様達の方を向いて隙を見せたなら、無言で竹刀を叩き込むべきです。そうすれば、私は負けていたでしょう」
私の指摘にハッとするマルグリッド伯爵。
兄様達も、顔を見合わせている。
やっと気付いたみたいだな。
実は前々から疑問に思っていたのだ。
よく、弟子が師匠に『隙ありっ!』なんて叫びながら木刀なんかで襲い掛かる描写がある。
何故、わざわざ叫んで相手に気付かれる様に襲い掛かるのだろうか? と…
黙って襲い掛かりゃ良いじゃん。
相手──師匠──は『隙があれば、いつでも掛かって来なさい』って言ってんだし。
わざわざ叫んで『今から襲いますよ』って教える必要は無いと思うんだけどな。
「確かに… ジェニファー様の仰る通りですな… まさか指南役である私の方が諭されるとは…」
ちょっとショックを受けているマルグリッド伯爵。
なんかゴメン…
「なるほど… それが実戦での考え方なんだな…」
「兄上… ジェニファー考え方は、僕達より遥か先を進んでますね…」
いや、私の感覚としては、この世界の考え方が実戦に対する考え方として遅れてると言うか、ズレてると言うか…
もしかしたら、この世界と言うより『この国の考え方』がズレてるのかも知れない。
ベルムート王国は小国ではあるものの、戦乱とは無縁と言っても良い程に平和な国だ。
故に、戦闘や戦争に対する免疫が無い国だとも言える。
南は海に面しているので心配は無い。
東西を挟む国も、規模の大差無い小国だから攻め込まれる心配は無い。
問題なのは北に面するアンドレア帝国。
友好的とは言い難く、侵略性国家である事から小競り合いが続いている。
まぁ、それはベルムート王国だけの問題では無いんだけど…
とにかく北のアンドレア帝国は、常に周囲の小国を侵略しようと目論んでいる様子。
自国に取り込もうとしてるのだろうか、国境での争いは日常茶飯事。
我が国は勿論、隣国を含めた多くの小国が被害を被っている。
そんな中、兄様達やマルグリッド伯爵は危機感が足りないのではないかと不安になる。
まぁ、私一人が危機感を持っていても、超巨大国家のアンドレア帝国相手ではどうにもならないだろうけど…
抑止力にすら、ならないだろうなぁ…
いや、国王陛下に相談すれば何か考えてくれるかも?
そう考えた私は空気を潰すのを覚悟の上で、夕食時に進言する事を決意したのだった。