第25話 私の能力だけが突出していてもダメなんですね?
レイチェルさんが精神的ダメージを食らってから早くも3日。
未だに立ち直れていないらしく、まるで鍛練に身が入っていない様子。
「まったく… ジェニファー様の調子が戻ったと思ったら、今度はレイチェルかよ… 3日ぐらい前の朝から様子が変だったけど、何があったんだ?」
鍛練が満足できる内容でない日が続いているからか、ランディさんが不機嫌そうに聞いてくる。
「ま… まぁ、色々あるんじゃないですか? 男性には理解できない女性ならではの悩みってのもありますし…」
私は思わず言葉を濁す。
さすがにハッキリ言うワケにはいかないからなぁ…
「ジェニファー様と王妃様だけは普通だったけどな… シンシアさんも様子が変だったし、夕食の時には他のメイド達も様子が変だったぜ? 何か皆、知られたくない事を知られたみたいな雰囲気でさ…」
結構、観察してんだな…
そうでなきゃ、体術だけで学園一つ支配するなんて無理か…
人心掌握術とまでは言わないが、それなりに人の心の機微を穿つ事ができなければ、人を支配下に置くのは不可能。
人の心が解らないヤツは、人を支配下に置いているつもりになっているだけ。
いつかは裏切られる事になる。
いや、裏切りとは違うかも知れない。
人の心が解らないヤツに、心から従ってる人は居ないだろう。
従ってるフリをしてるだけで、実は利用してるだけとか、いつかは出し抜いてやろうとか追い落としてやろうと思ってるんだろう。
それを考えると、今のアンドレア帝国の国王は人の心の機微を理解しているのだろう。
だからこそ、私達を含めた侵略した国の国王一家に対して優遇措置を取っているとも言える。
たからこそ私は、今のアンドレア国王が在位中はクーデターを起こすのを躊躇っているとも言える。
さすがに恩を仇で返す真似はしたくない。
恩とは言うまでも無い。
私達家族を平民に墜したのはともかく命は助けてくれたし、辺境の地とは言えども大きな土地付きの家を無償で与えてくれた事だ。
更には日々の生活費まで保証してくれている。
それだけの事をして貰っていながらクーデターを起こして新たに国を興すなど、人道に悖ると言わざるを得ない。
だからこそ、私は自重しているのだ。
単に子供達だけでは戦力として不足しているからとも言えるが…
とにかく私は精神的ダメージから立ち直れていないレイチェルさんを放置──無情──して、ランディさんとの鍛練に彼が満足するまで励んだのだった。
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「ところでジェニファー、宿題は進んでるの?」
「ふぇっ? 宿題?」
朝の鍛練を終え、昼食を食べている私にジュリア姉様が問い掛ける。
「何、変な声出してるのよ…? 学園から夏期休暇中の宿題、出てるでしょ? 毎日鍛練ばかりしてるから気になってたんだけど、その様子だと全く手を付けていないみたいね…」
その言葉にランディさんやレイチェルさんも反応する。
「そう言えば宿題、出てたよな… 忘れてたよ…」
「ここに来た事で舞い上がって、すっかり忘れてましたわ…」
か… 完全に忘れてた…
まぁ、焦る必要は全く無いんだけど…
学園に通い始めて最初に思った事は、異世界の勉強のレベルが低い事。
文明自体が中世程度だとは思っていたけど、学園での授業の内容が小学校レベル。
ジュリア姉様の教科書を見せて貰った事があるけど、最上級生の5年生でさえ前世での中1レベルなんだから。
そんなこんなで、今日からは夕食後と入浴してから寝るまでの間、リビングで宿題をする事になった。
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「えぇ~っとぉ… うぅ~ん… これがこうなって…」
「煩いですねぇ…」
「ジェニファー様の仰る通りですわ。ランディ、もう少し静かにできませんの?」
唸りながら算数の宿題をするランディさんに、私とレイチェルさんからクレームが入る。
「そんな事言われても、難しいんだよ…」
おいおい…
たかが二桁の足し算と引き算だろ…
そんな程度の問題で悩むなよ…
「難しいのは解ってます。 けど、唸らなくても良いと思いますわ?」
難しいんかい…
暗算で計算できる問題だぞ…?
「「アンザン?」」
そんな事も知らんのかい…
「頭の中だけで計算する事ですよ。二桁なら余裕ですし、三桁でもできますよ?」
ランディさんとレイチェルさんは驚愕の表情。
おぉ~い…
「な… なら、12ページの問3は?」
「問3ですか? 58-29なら、答えは29ですよ? 問4なら、35-18だから17ですね」
パッパッと答える私を二人は目を丸くして見ていた。
「なら、ジェニファー… 2x=3+xの場合、xは何?」
「x=3ですね。てか、姉様… いきなり最上級生の問題ですか?」
しれっと答える私にジュリア姉様は呆れた表情を浮かべ…
「ジェニファー… あんた、学園に通う必要あるの?」
いや、だって中1レベルの数学なんて簡単過ぎるだろ…
こちとら前世では高3だったんだから。
言えんけど…
「なんで簡単に答えられるんだよ… 俺なんて、今の問題の意味さえ解んねぇってのに…」
「それは私もですわ… ジュリア様、今の問題って…?」
「学園の最上級生… 5年生で習う高度な計算問題よ? 興味本意で教科書の最後の方を見てみたけど、複雑な計算式が書いてあって『xが2の場合のyの値を求めよ』なんてのもあったわね…」
それって単なる連立方程式なんじゃ…
そんなのが複雑って…
異世界の文明って、前世の中世より低いんじゃ…?
まぁ、前世の中世の文明がどの程度だったのか、私も詳しくは知らないけど…
「ワケが解りませんわ… xだけでも意味不明ですのに、yまで出てくるなんて…」
「俺… 学園を卒業できるのかな…? なんか自信が無くなってきたぜ…」
私は今すぐにでも卒業できそうだけどな…
てか、今の話から考えると、前世と言うか地球の文明って進み過ぎなのか?
いや、たまたま異世界の文明が遅れてるだけだろう。
それを考えると、私の知識はチートなのかも知れない。
嬉しいと言えば嬉しいけど、知識だけ突出してても新たな国を興すなんて夢物語だろう。
剣術も体術も、まだまだ最強とは言えないだろうし、魔術だって同様だろうしな。
「まだまだ勉強と特訓が必要ですね… この程度で満足してられません。各学園を支配している元・ベルムート王国の元・貴族の皆さんを招いて合宿形式で鍛練と勉強ができる様に、合宿所の建設をお父様に頼みましょう!」
力説する私を、ジュリア姉様は変な物体でも見るかの様な目で見ながら…
「ジェニファー… あんた、この家の何処にそんなお金があると思ってんの…?」
あ… つい王宮に住んでた頃のつもりになってたよ…
しかし、新しい国を興す為には実力の底上げは必須。
勿論、私だけが突出していても無意味。
私に追随してくれる全員の実力を上げる必要があるし、その為にも合宿所の建設は必要な事なのだ!
多分だけど…
ただ、ジュリア姉様が言う様に、先立つ物が無ければダメなのも事実。
だったら私がやるしかない!
そう思った私は、ある事を実行に移す事にした。




