第12話 ベルムート王国の滅亡と、再興への誓い
魅了で別邸に集まった貴族夫人や子女の皆さんの意志を統一したのは良いとして…
アンドレア帝国のベルムート王国への侵攻が、余談を許さない状況なのは変わりない。
私は王都から遠く離れた別邸で、何も出来ずにイライラしてるだけ。
戦況等は一日数回の報告で聞かされるが、リアルタイムではなく四~五日前の情報。
早馬で知らされる情報を順に整理し、近況を予想するしかない。
そしてそれは…
「状況は芳しくありませんね… これまでの情報から察するに、アンドレア帝国軍は王都に攻め込む一歩手前かも知れません」
食堂兼会議室に集まった全員に緊張が走る。
「王都が落ちたらどうなるんだ? この街もヤバいんじゃ…?」
「王都から離れてるから、すぐに攻め込まれる事は無いでしょうけど… それも時間の問題ですわね…」
ランディさんやレイチェルさんも不安そうにしている。
「王都が落とされた時点で、ベルムート王国の負けは決定しますけどね… お父様や兄様達は捕らわれて… 簡単に殺される事は無いでしょうけどね。そんな事をすれば、ベルムート国民の怒りが帝国軍に向くのは間違いありませんし… そうなると、帝国軍が王都を掌握するのが困難になります」
「では、例え負けても陛下達が殺される事は…」
私を見つめるお母様の表情が、少しではあるが穏やかになる。
「はい、お母様。幽閉されるに留まると思います。勿論、他の貴族達も同様でしょう。ただ…」
「ただ…?」
「身分は剥奪される可能性が高いですね… そうなると私達全員、平民に落とされる事になるでしょう… そうする事で、アンドレア帝国の王は慈悲の心を持っていると、ベルムート国民にアピールする事が出来ます」
実際、アンドレア帝国の歴史を見ると、侵略された国の王族や貴族達は、身分を剥奪されて追放されるに留まっている例が多い。
徹底抗戦を主張し、自ら戦った王族や貴族は別だが…
「なら、素直に負けを認めて降伏すれば、命だけは助かるって事か…」
「命あっての物種ですからね… 陛下なら、自分達や貴族達は勿論ですが、国民の命を守る為にも徹底抗戦は選ばないと思いますわ」
そうなってくれる事を祈るしかない。
侵略され、国が滅ぶのは悔しいが、今はとにかく生き残る事が最優先だろう。
生きてさえいれば、いつかは国を再興させる事も可能だ。
何十年掛かるかは不明だけど…
「現状、私達にできる事は何も無いですけどね… せいぜい、祈るだけでしょう」
「祈るしかできないってのは歯痒いけどな…」
拳をギュッと握り締め、ランディさんは悔しそうに呟く。
「仕方ありませんわよ… 私達が剣を取って王都に向かっても、何の役にも立たないのは確かなんですから…」
レイチェルさんは冷静さを取り戻したのか、淡々と自分達の実力を分析している様だ。
「私はお父様や兄様達に手紙を書きます。無理に抵抗して兵士達… 国民に犠牲を出さない事が、何より優先される事ですから」
私の言葉に、今まで黙って聞いていた貴族夫人達や子女達は、何かを決意したかの様に目を閉じて頷いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数日後、ジェニファーからの手紙がベルムート国王の元に届けられた。
「あの娘の事だ。きっと私の不甲斐無さに憤慨しているか、逆に冷静沈着な意見を書いているかのどちらかだろうな…」
自虐気味の笑みを浮かべるベルムート国王。
「4歳の頃から、歳に似合わない発言ばかりでしたからねw」
苦笑いするジャック。
「さすがに徹底抗戦しろとは言わないでしょうね。父上… ジェニファーなら、どうすると思いますか?」
やはり苦笑いし、なんとなく内容を予測している様なジョセフ。
「ふっ… ジェニファーなら、無理に抵抗して国民を危険に曝すよりは降伏を勧めるだろうよ」
「ですね、僕も同意見です」
「いつもジェニファーは僕達の遥か先を見てましたね… 幼いからと、意見を蔑ろにしたのを後悔してますよ…」
そして封筒の封を切り、手紙を取り出す。
そこにはジェニファーの忌憚の無い意見が書かれていた。
『ハッキリ申し上げて、報告を聞く限り我が国の敗北は免れないでしょう。無理に抵抗しても、国民の犠牲を増やすだけでしかありません。アンドレア帝国の侵攻を止められるだけの力は、ベルムート王国には無いと言っても過言ではありません。アンドレア帝国は侵略性国家ですが、徹底抗戦せずに降伏した国の王族や貴族を無慈悲に殺す国でもありません。もっとも、それは侵略した国の国民を取り込む為のアピールに過ぎませんが… 王位や爵位は剥奪され、平民に落とされますが、生きてさえいれば再興は可能です。敗北と位の剥奪は甘んじて受け、いずれ再びベルムート王国を復活させましょう!』
手紙を読み終えたベルムート国王は、その手紙にソッと火を付け燃やした。
「ジェニファーの意見は尤もだな… だからこそ、この手紙をアンドレア帝国に見られてはならん。下手に見られては反意ありと疑われ、降伏しても信じられんだろうからな」
「ですね… こんな危険な意見、ジェニファーならではでしょうw」
「まったく… この手紙が敵の手に渡っていたらと思うと、ゾッとしますよw」
三人は苦笑いし、その日の内に降伏する旨を記した手紙をアンドレア帝国軍に送ったのだった。
それと同時に、ジェニファー達の居る別邸にも同様の手紙を送ったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
お父様に手紙を送った十数日後、王都ベルンから手紙が届いた。
食堂兼会議室に貴族夫人達や子女達が集まった中、代表して私が手紙を読む。
「それが最善でしょうね… アンドレア帝国の方針として、降伏した国の王族や貴族には慈悲を与えますから… 徹底抗戦する場合は無慈悲ですけど…」
手紙を読んで発した私の言葉に、全員が安堵の溜め息を吐く。
「…って事は… ここに居る全員、平民に落とされるって事か… まぁ、殺されるよりマシか…」
ランディさんは悔しそうだが、半ば諦めた様に肩を落とす。
「ですわね… それに、ジェニファー様が仰っていた様に、生きてさえいれば再興は可能ですわよ」
レイチェルさんは前向きに捉えている様だ。
勿論、私だってこのままで済ますつもりは無い。
何年、何十年掛かろうが、絶対にベルムート王国を復活させてやると宣言したのだ。
これから様々な屈辱を受ける事になるだろうが、それらは全てベルムート王国復活への糧としてやる!
それから数日後、私達の元にベルムート王国が敗北し、アンドレア帝国に吸収される旨が知らされた。
ベルムート王国の王族や貴族は身分を剥奪され、平民に落とされる事になった。
別邸に集まっていた貴族夫人達や子女達は、それぞれが治めていた領地に戻り、新たな領主の元で平民として過ごす事になった。
私達王族はアンドレア帝国の辺境へと送られ、やはり平民として過ごす事になったのである。
だが、私は絶対に諦めない。
いつかアンドレア帝国に反旗を翻し、ベルムート王国を再興させてやると心に誓ったのだった。




