第11話 聞くのも辛い報告、涙、そして決意
王都から10日掛けて別邸に到着すると、そこには多くの貴族の子女達が集まっていた。
勿論、レイチェルさんやランディさんも居る。
逆に、カーマン侯爵やマルグリッド伯爵の姿は無い。
「ジェニファー様! ベルムート王国はどうなるんですの!? まさか私達、アンドレア帝国に連れて行かれて…!」
私はレイチェルさんを抱き締め、背中を擦る。
「大丈夫ですよ。確かに今はベルムート王国の危機です。ですが、王国が滅んだワケではありません。仮に滅んだとしても、私が再興させてみせます!」
私は拳を握り締め、天に向かって突き上げる。
「さすが、ジェニファー様だな♪ こうなりゃ俺も、地獄の底まで付き合うぜ♪」
言って、自身の拳をもう片方の掌にパシンッと打ち付けるランディさん。
「わ… 私も付き合いますわよ! ジェニファー様とは何年も一緒に鍛練した仲ですもの!」
力強く私の手を握り締め、レイチェルさんもアンドレア帝国に対する抵抗の意志を固めた様子。
「お… 俺だってジェニファー様に付いて行くぜ!」
「私もですわ! まだまだ未熟ですけど、帝国には屈しません!」
口々に叫び、多くの貴族の子女達がアンドレア帝国に対する抵抗の意志を示す。
だが、次々と寄せられる戦況報告は、どれも絶望的な内容ばかりだった。
国境を超えて攻めて来たアンドレア帝国軍は、ベルムート王国軍を次々と撃破。
国境付近の領土は侵略され、防衛に当たっていた貴族達は捕虜となっていった。
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私達は別邸の食堂に集まり、届けられる報告を重苦しい雰囲気で聞いていた。
「どうなっちまうんだよ… このままじゃ、国が滅ぼされちまうんじゃ…」
ランディさんが悔しそうに言う。
可能性は高い。
しかし、現状では私達には何も出来ない…
「友好国からの援軍は無いんでしょうか…?」
レイチェルさんが不安気に聞くが…
援軍を寄越そうにも、度重なる小競り合いの影響で疲弊しているだろうからな…
小競り合いを繰り返し、多くの小国を疲弊させてから何処かの国へ一点集中で攻め込む。
予想はしていた…
が、まさかベルムート王国がターゲットに選ばれるとは…
「…ジェニファー様の予想が外れたって事ですか?」
「予想が外れた…? いや、ジェニファー様の予想では何処かの国へ攻め込むって事だから、まるっきり外れたワケじゃないよな… その何処かの国が、ベルムート王国だったって事だろ…」
レイチェルさんの疑問に、ランディさんが考えながら答える。
いや、たまたま選ばれたとは思えない。
ベルムート王国より小さな国は抵抗力を奪われており、復興するだけでも何年も掛かるだろう。
なら、ベルムート王国より大きな国は?
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残念ながら無いとも言える。
似た様な規模の国は、確かに存在している。
だが、上回る国は存在しない。
在る事は在るが、遠く離れた国ばかりだ。
近くに在るのが小さな国ばかりで、ある意味では孤立した抵抗力を残した国。
それがベルムート王国だったのだ。
「もっと警戒していれば…! 国境の軍を増強して、アンドレア帝国に対する抗戦の意志を見せ付ける様に進言していれば!」
バァンッ!
私は拳を握り締め、力一杯テーブルを叩く。
ぱたっ ぱたたっ
ワナワナと震える私の拳とテーブルに水滴が落ちる。
「ジェニファー様… 泣いてらっしゃるんですの…?」
レイチェルさんに言われ、私は自分が泣いている事に気付く。
「あ… あれっ…? なんで…?」
慌てて涙を拭うが、次から次へと涙が溢れて止まらない。
まだ負けたワケじゃない。
負けが決まったワケじゃない。
なのに、涙が止まらない。
「ど… どうしちゃったんですかね、私… なんで… こんなに… 涙が…」
そんな私の頭を隣に座ったお母様がソッと撫で、ハンカチを渡しながら言う。
「ジェニファー、気負い過ぎてはいけませんよ? 貴女は王女とは言え、まだ10歳なんですからね?」
「お母様…!」
思わず私はお母様の胸に顔を埋め、肩を震わせて泣いてしまった。
「お母様の言う通りですよ? 10歳のジェニファーが悩む問題ではありませんよ?」
お母様の胸に顔を埋める私の頭を撫で、ジュリア姉様も私を慰めてくれる。
「ジュリア姉様は14歳なんですから、少しは悩んで下さい… ここに集まった子女の中では、最年長者の一人なんですし… 更に言えば、姉様も王女なんですから…」
「泣いてても減らず口は叩けるのね… まぁ、それでこそジェニファーなんだけど♪」
15歳以上の成人を迎えた子女達は、男女を問わず防衛の任に当たっている。
なので、別邸に集まっているのは未成年の男女と貴族の夫人達、そして各貴族の使用人達だ。
もっとも、戦場に赴くのは殆どが男子で、私みたいなバトル系女子は少数。
大部分の成人女子は、各貴族の王都邸で後方支援の任に当たっている。
もっとも、戦場で実際に戦っているのは平民達だ。
兵役は義務ではないが、殆どの国民は志願して二年間の兵役に就く。
自営業を営んでいる家庭では、家業を継がない次男以降は軍隊に残る場合が多い。
跡継ぎの居ない自営業者は、次男や三男を婿養子に貰ったりするので、全ての次男以降が軍隊に残るワケではないけれど…
それでも多くの国民が軍隊の一員として国防の任に当たっている。
だが、それはアンドレア帝国も同じだろう。
違うのは、国の規模が違い過ぎる事。
アンドレア帝国は、アンドレア王国を名乗っていた数百年前から他国への侵攻を繰り返し、その版図を拡げてきた国だ。
侵略後の反乱も幾度となく退け、現在の『帝国』へと成長を成し遂げた国。
一筋縄では行かない、手強い相手である事は間違い無い。
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ひとしきり泣き、落ち着きを取り戻した私は全員に向かって宣言する。
「今までの報告や状況を鑑みれば、この戦争でのベルムート王国の敗北は間違い無いでしょう! ですが、仮にベルムート王国がアンドレア帝国に滅ぼされたとしても、ここに皆さんが居る限り復興は可能です! 私、ジェニファー・ベルムヘルムが宣言しましょう! 何年… いえ、何十年掛かるかは判りませんが、私は皆さんと共にベルムート王国を復活させ、アンドレア帝国を凌ぐ超大国にしてみせます!」
私の言葉に全員がどよめく。
信じる者。
半信半疑の者。
そんな事は不可能だと諦めた者。
様々な想いを抱いた者達の視線を感じ、私は一つの魔法を全力で発動する。
魅了
この魔法に依り、全員が私の意志に同調する。
反則と言うなかれ。
強大な敵に対するには必要不可欠な方法だろう。
全員の意志を一つに纏めなければ、勝てる相手にも負けてしまうのだから。
しかし、そんな私の努力も虚しく、数日後には最悪の結果が別邸にもたらされるのだった。




