第10話 待機と言う名の避難と、フォローにならないフォロー
突然アンドレア帝国が攻めて来た。
お父様やお母様、兄様や姉様は驚き、戦々恐々としているが、私にとっては想定内。
いつか攻め込んで来るとは思っていたからな。
「まさか、アンドレア帝国が攻めて来るとはな…」
「小競り合いで済むとばかり思ってましたが…」
「私、6年前から危惧してましたけどね…」
ジャック兄様とジョセフ兄様の会話に、私はボソッと割って入る。
「…確かにジェニファーは可能性を指摘しておったな。私にしても、まさかと思っておったのは間違い無い… これは私の失態だろう。ジェニファーの意見を一笑に伏してしまった私の落ち度だ…」
そして、お父様と兄様達は会議室へと向かい、女子供は侍女やメイド達と共に別邸での待機を命じられた。
別邸はベルムート王国南端の街に在り、海が近く漁業の盛んな街だ。
そんな所で待機するとは…
私達は馬車に乗り込み、別邸を目指して出発する。
「…これって、待機と言うより避難なのでは…?」
私は向かいに座る護衛の騎士に尋ねる。
「申し上げ難いのですが、ジェニファー殿下の仰る通りだと思っております。私達は皆様を別邸まで送り届けた後、そのまま警護の任に当たる事になっております」
「警護…? 引き返して防衛戦に参加しないんですか?」
私の問いに、三人の騎士は互いに顔を見合せ…
「そうしたいのは山々なのですが、我々は防衛戦に参加するには経験が不足しておりまして…」
「馬車を囲む騎馬の騎士達も同様にございます。姫様達の護衛を務める騎士は皆、去年から軍に入った者達ばかり…」
「つまり、まだまだ訓練半ばの半端者… とても防衛戦に参加できるだけ実力を要していないと判断された次第です…」
口々に言う護衛の騎士達。
つまり、まだ若過ぎて敵を迎え撃つ戦力としては期待されていないって事か…
「ジェニファー… 貴女、どうして落ち着いていられるの? アンドレア帝国が相手だと、ベルムート王国は負ける可能性が高いのよ? 負けたら私達、どうなるか…」
ジュリア姉様は青褪めた顔で震えている。
お母様は毅然とした雰囲気だが、やはり不安そうな面持ちだ。
「負けたら… ですか…? 私達国王一家は、良くて国外追放でしょうね… 他の貴族も同様に追放… 最悪の場合、捕まって斬首の可能性も…」
「斬… はぅっ…」
斬首の一言に、姉様は失神した。
「ま… まぁ、最悪の場合は… ですからね… そう… 最悪の場合… えぇ、最悪の場合…」
お母様は真っ青な顔をして、うわ言の様に何度も繰り返し呟く。
まぁ、簡単に殺されてやるつもりは微塵も無いけどね。
勿論、捕まってやるつもりも無い。
「大丈夫です! 私も護衛の騎士さん達と共に、お母様と姉様をお守りしますからね!」
言いつつ私は立て掛けておいた剣を取る。
これは鍛練用の木剣ではなく、本物の剣。
王立学園の入学前に、お父様から『入学祝いに欲しい物は無いか』と聞かれ、ならばと以前から欲しかった真剣をリクエストしていたのだ。
それもスタンダードな両刃の直剣ではなく、私自身がデザインした事にした片刃で湾曲した剣。
所謂〝日本刀〟を、王都でも高名な武器職人に製作を依頼したのだ。
前世でも私は刀に興味を持っており、あらゆる書物で知識を得ていた。
その知識を全て伝えて武器職人に作って貰った至高の逸品。
この世界の剣の様に、溶かした鉄を型に流し込んで作った量産品とはワケが違う。
真っ赤に焼けた鉄を、何度も何度も叩いて伸ばし、折り返してはまた叩いて伸ばしを繰り返して製作した極上の刀。
それだけでは無く、材料にも拘っている。
砂鉄
それが私の選んだ材料。
勿論、材料まで集めろと言うのは気の毒なので、幼少期から刀を作る為に集めていた砂鉄を提供したのだ。
その結果、私の知る限りで最高の刀──少なくとも、この世界で──が完成したのだった。
その切れ味たるや、伝説の〝蜻蛉切り〟にも負けずとも劣らずと言っても過言ではない。
ちなみに〝蜻蛉切り〟とは、徳川家康の家臣『本多平八郎忠勝』が使った槍で、古今無双の名槍として知られている。
諸説あるが『飛んできたトンボが槍に触れたら真っ二つに切れた』とか『槍の穂先に止まったトンボが真っ二つに切れた』等の謂われがあり、それが名前の由来になったとか。
ちなみに私の刀は、刃を上に向けた状態で一枚の紙を落としたら切れてしまった。
もしかしたら、〝蜻蛉切り〟より切れ味が良いのでは無いだろうか?
「ジェニファー様… つかぬ事をお聞きしますが、ジェニファー様は人を斬る事に抵抗は…? いや、私は人を斬った事が無いものでして… 勿論、ジェニファー様も無いでしょうが… 私は騎士となったからには、国を守る為に敵を斬らねばならない事も重々承知しております。ですが、いざとなると本当に人を斬れるのかと自問自答してしまうのです…」
他の二人の若い騎士も頷いている。
その言葉を聞いたお母様も、心配そうに私を見つめている。
ジュリア姉様は失神したままだ。
「どうでしょうねぇ…? 殺さなくても戦闘能力を奪えば済むとは思いますが… 腕を斬って剣を振れなくしたり、脚を斬って歩けなくするだけでも良いとは思いますが…」
騎士の兄ちゃん達は、なるほどと言った表情で私を見る。
「確かに戦闘能力を奪うだけなら、罪悪感も軽減されるな…」
「殺してしまうと夢見が悪そうだが、殺さずに済むなら…」
そんな簡単にはいかないだろうけどね。
「確かにそうでしょうけど… 殺さずに戦闘能力を奪うだけとなると、それなりの技量が必要ですからね… 下手に戦闘能力だけを奪おうとすると、却って自身を危険に曝す事に成りかねませんよ?」
戦闘能力を奪うには、それなりに深傷を負わせる必要がある。
失敗して浅傷だった場合、逆に自身が深傷を負う事になるし、最悪の場合は死ぬ事に成りかねない。
「やはり、簡単にはいかないんですね…」
「まぁ、姫様の言う通りだな… 自身の身を守るのに精一杯な我々に、敵の命を心配している余裕など無いだろうからな…」
「やっぱりジェニファーは物騒よね… 達観してると言うか、とても10歳とは思えないわよ…」
意識を取り戻したジュリア姉様が、頭を振りつつ言う。
「しかしジュリア様、ジェニファー様の仰る事は、理に適っております。さすがはマルグリッド伯爵やカーマン侯爵が認めていらっしゃるだけの事はあります」
「それだけ王女らしくないって事でもあるのよねぇ…」
「ジュリア… それは言っちゃダメよ? 確かにジェニファーには王女としての自覚も無いし、剣術や武術にばかり興味を示しているし… 発言は物騒だし、お転婆なんてモンじゃないし… でも、間違った事は言ってないんですから…」
お母様…
それ、フォローになってませんから…
とにかく私達は10日掛けて別邸へと辿り着き、そこで更なる試練を迎えるのだった。




