第9話 王立学園への入学の日は、最良の日から最悪の日に…
私は就学年齢の10歳になり、いよいよ王立ベルモンド学園に入る事になった。
やっとジュリア姉様からの淑女教育が終わる…
授業での淑女教育はあるんだけどな…
だが、今の私にとっては単なる復習に過ぎないだろう。
ジュリア姉様が一年生の時から毎日、姉様の復習を兼ねた予習をさせられてたんだから。
それより楽しみなのは他の授業♪
剣術や体術の授業で他人に遅れをとる事はないだろうから、それに関しては何も心配する必要は無いだろう。
魔法も毎日グラント侯爵夫人の教育と実践を続けてるから、これも問題は無い。
私が楽しみにしてるのは、それら以外の授業。
この世界では『歴史学』とか言われてる授業。
ベルムート王国や、この世界の歴史には興味がある。
我が国と小競り合いを続けてるアンドレア帝国の事も、少しは学べるだろうし。
私はワクワクしながら学園に向かう馬車に乗り込む。
数人のメイド達が世話係として同乗する。
勿論、専属メイドのシンシアさんも一緒だ。
「いよいよですねぇ♪ これから始まる学園生活が楽しみです♡」
「そ… そう… ですね… 姫様…」
「きょ… 今日は入学式だけの… 予定ですので… 終わり次第… すぐ王宮に… 戻って… 陛下達と… お祝いの… 食事会…」
シンシアさんとメイド長さん以外の同乗者は、何故か極度に緊張している様子。
「皆さん… 何故、緊張してるんですか? シンシアさんやメイド長さんは普通なのに…?」
馬車に乗っているのは、私を含めて六人。
進行方向を向く馬車の後部座席中央に私が座り、左にシンシアさん、右にメイド長が座る。
対面に座るのは、普段は雑務を行っているメイドさん達三人。
十人乗りの馬車だから、かなりゆったりとした席取りだ。
「そんなに緊張しなくても宜しくてよ? ジェニファー様は、貴方達の様な雑務を行うメイドに対しても寛容ですからね♪ 勿論、粗相はいけませんけど… もう少し肩の力を抜いて、普段通りになさい」
眼鏡を拭きつつ、メイド長は優しく微笑む。
「「「は… はいっ!」」」
返事をする三人の表情は堅いままだ。
「緊張… 解れてませんねぇ、メイド長さん…」
「ま… まぁ、普段この様な距離で姫様に接する機会の無い者達ですから、致し方ありませんが…」
眼鏡をクイッと持ち上げる彼女の頬を、一筋の汗が伝う。
「そんなモンですか… ところで彼女達って、シンシアさんと同年代ですか? もう少し年長な気もしますけど…」
軽い会話でもしてれば少しはマシになるかと思い、年齢に話を振ってみる。
「彼女達は全員、シンシアより2歳上に御座います。普段はテキパキ動きますし、普通に喋るのですが… 雑務を担当しているが故に、身分の高い方と接する機会が無いものでして…」
「だからガチガチに緊張してるんですね? そんなに緊張する必要は無いと思うんですけどねぇ…」
私の言葉を聞いたシンシアさんは苦笑い。
「ジェニファー様の考えはそうかも知れませんが… 接する機会の無い者にとっては、緊張するなと言う方が無理なんですよ。毎日ジェニファー様と接してる私でも、両陛下や殿下達と接する時は緊張しますから…」
そんなモンなのか…
身分だ何だって、前世から気にした事なんて無かったからなぁ…
そんな機会が無かっただけとも言えるけど…
そんな事を話してる内に、馬車は学園に到着する。
初めて来たけど敷地の広さはかなりのモノで、さすが王立学園だけの事はあるなぁ…
馬車を降りた私の周りに貴族の子女達がワラワラと集まってくる。
「ジェニファー様、ご機嫌よう♪」
「ご機嫌よう、ジェニファー様♪」
実はレイチェルさんやランディさんと出会って少しした頃、鍛練の噂を聞き付けた貴族の子女達が一緒に鍛練したいと押し寄せて来たのだ。
以来、4年近く一緒に鍛練を続けた馴染みのメンバーだ。
「皆さん、ご機嫌よう♪ これから5年間、一緒に勉学と鍛練に励みましょう♪」
私は思わずカーテシーで挨拶し、馴染みの無い子爵家や男爵家の子女達をどよめかせたのだった。
─────────────────
無事に入学式が終わり、各々が思い思いに帰路につく。
私は王宮に戻って鍛練をしようと思い、レイチェルさんやランディさんに声を掛ける。
「ジェニファー様、今日も鍛練するのか? 俺は帰って父上達と入学祝いのパーティーなんだけど…」
「私も家族と入学祝いの食事に出掛けますわ… ジェニファー様は、陛下や殿下達と入学祝いはしませんの?」
そんな事、考えてなかったよ…
それどころか、鍛練の時間が入学式に取られて勿体無いとさえ思ってたから…
「どこまでも鍛練中心ですのね…」
「ある意味、変態だな…」
誰が変態だ、ゴルァ!
さすがに聞き捨てならんぞ!?
そう思うが早いか、私はランディさんにハイキックを食らわせていた。
マトモに食らい、ランディさんはダウンする。
「口より先に手が出ますのね、ジェニファー様は…」
「いや、レイチェルさんだって変態呼ばわりされたら、この程度の事はやっちゃうでしょ?」
レイチェルさんはジト目で私を見つめ…
「少なくともハイキックの様な、はしたない真似はしませんわね…」
「はしたない?」
意味が解らず、私は首を傾げる。
「理解してませんのね… ランディさん、見えましたでしょ?」
「ん… 見えた… ピンク…」
「パンツ見たんかぁあああいっ!」
ぐしゃぁあああああっ!
私は仰向けに倒れるランディさんの顔面を踏みつける。
「自業自得ですわよ… ドレスでハイキックなんか出したら見えますでしょうに…」
うっ…
それは確かに…
そうかも知れないけど…
「そこは、見えない様に気を付けるのが紳士の嗜みと言うか… とにかく、この場合は見た方が悪いって事で…」
「それは無理だと思いますけど…」
苦笑いするレイチェルさん。
私は足元でピクピク痙攣しているランディさんを見つめ…
「これ… どうします…?」
「放っといて構わないと思いますわ。その内、目を覚まして勝手に帰るでしょうし♪」
それは冷たいかな~と思いつつ、ランディさんだから良いかと思う私だった。
────────────────
王宮に戻ると、やたら豪勢な昼食が用意されていた。
考えてみれば、ジョセフ兄様やジュリア姉様の入学式後の昼食も豪勢だったな…
さすがにジャック兄様の時は、まだ私は2歳だったから知らないけど…
「入学おめでとう、ジェニファー」
「おめでとう、ジェニファー♪」
お父様とお母様が、お祝いの言葉を述べてくれる。
「私が淑女教育をしてたから、そっちに関しては大丈夫よね?」
えぇ、かなりキツかったですけどね…
「魔法、剣術、体術… どれも大丈夫だと思うけどね…」
「ジェニファーの身体能力なら、何の問題も無いでしょうけどね…」
呆れ顔のジャック兄様とジョセフ兄様。
そんなに私の身体能力って普通じゃないんだろうか…?
そんな事を思いつつ、食事を進めていた時…
ウゥウウウウウウウウウウウ~ッ!
突然響くサイレンの音。
何だ!?
何のサイレンだ!?
バァンッ!
食堂のドアを勢いよく開けて飛び込んできたのは侍従長。
「へ… 陛下! 一大事に御座います! 突然アンドレア帝国が… 大挙して攻め込んで来ましたっ! その数、50万は下らないとの事っ!」
「なんだとぉおおおっ!」
入学祝いの食事会は、一瞬にして和やかな雰囲気から殺伐とした雰囲気に変わったのだった。




