夜会を抜け出そうとしたら、別れたはずの王子が必死に縋り付いてきちゃった……
「それでは、私はこれにて失礼します」
夜会の席にて、アリスはそう高らかに宣言をする。
当然アリスには会場にいた多くの貴族からの視線が向けられる。
「どういうつもりだ、アリス・ノーツ」
夜会の主催であるセネリオ王子は、恐ろしい顔つきでアリスに詰め寄る。
「言葉通りの意味でございます。私はあまり歓迎されていないようなので、お望み通りこのまま帰らせていただきます」
「ならぬ! 俺にはお前が必要だ!」
──よく言うわ。私のことなんでどうでもいいくせに。
アリスは聞く耳を持とうとしない。
かつて恋仲であったアリスとセネリオ王子。しかし、その両思いも過去の話。
セネリオから一方的に別れ話を切り出され、それ以降はまともに会話すらしてもらえていない。アリスもセネリオ王子に対する想いが冷め切ってしまっていた。
「セネリオ王子、貴方は私の顔なんて見たくないでしょう」
「違う! 俺はお前のことを誰よりも大切に考えている」
「嘘つき」
「……っ!」
アリスの冷たい言葉にセネリオ王子は押し黙る。
そのまま、振り返らずにアリスは夜会の会場を去ろうとする。
「待ってくれ、アリス!」
そんなアリスを引き止めようと、セネリオ王子はアリスの腕を掴んだ。
「離して!」
「離さない。もう2度と、お前と離れるなんてことはしたくない!」
「は?」
──貴方が最初に私から離れて行ったのに、今更なんなの?
アリスは怒りに震える。
自分勝手なセネリオ王子の行動をはらわたの煮え繰り返るような思いで、否定する。
「……今更なの? 私と分かれて、口も聞いてくれなかったくせに」
「違う! ……今日までの俺は確かにそうだったが、これからはもうそんなことはしない」
セネリオ王子の本気の眼差しには、切迫したものがあった。
「どうしてよ……もう、これ以上私を惑わせないでよ!」
叫ぶアリスをセネリオ王子は強く抱きしめた。
これまでの空虚な日々が嘘かのようにその体温は暖かくて、アリスの体中に巡り抜ける。
「ごめん……でも、俺は未熟者のままじゃアリスの横に立たなかった。だから相応しくなるまで……今日まで待った」
アリスの瞳からは涙が零れ落ちる。
セネリオは、アリスの赤く腫れた目を拭う。
「俺は、王になるよ。……だから、俺と婚約をして欲しい。生涯俺は、お前だけを愛すると、誓う!」
まさかの告白であった。
予想していなかった展開にアリスは狼狽える。
「何を……」
「俺は本気だ。だからこそ、完璧な王になろうと努力してきた。アリス、君の婚約者として隙のない王になるために!」
「どうして、言ってくれなかったの」
「王位を継げないあの頃の俺は、アリスに依存していたんだ。でも、それじゃあダメだった。アリスの横に立つ資格がなかったんだ」
セネリオ王子は過去、兄のレオン王子に王位継承権を保たれていたため、次期国王になれないはずだった。けれども、今はどうだろうか。
医療問題、財政難の克服、戦争の終結など、多くの功績を残した彼は、兄のレオン王子に代わって王位継承権を獲得した。
──それが、全部私のためだって言うの⁉︎
アリスはセネリオ王子の熱い胸板に力なく拳を振りかざした。
「……私は、貴方が相応しいとか相応しくないとか考えたことなんてない。ずっと隣にいて欲しかったの!」
「すまない」
「今から、償って」
「ああ、一生を賭けて、アリスのことを幸せにする。……だから、俺の婚約者になれ!」
セネリオ王子は、アリスを引き寄せ熱い口づけをした。会場には多くの貴族がおり、その現場を終始静かに見守っていた。
「皆んな、見てるのに……」
「これくらいしないと、アリスが逃げてしまうと思って。もうお前を離す気はない。だから、頼む」
セネリオ王子はアリスに懇願する。
婚約者として、王になる権利を得た自分と結ばれて欲しいと。
──こんなはずじゃなかったのに。
終わった恋であった。
そのはずだったのに、アリスの心臓の鼓動は速くなるばかり。
終わっていなかった。
ただ、認めたくなくて、記憶の奥底にその想いを沈めていただけだった。
──もう、そんな顔で言われたら、断れるはずがないじゃない。
「返品はできないわよ」
「もちろん」
「私、結構重いわよ。それでも、いいの?」
「いい! 逆に一途なままでいてくれるアリスを愛おしく思っている!」
アリスは諦めたように微笑んだ。
それは悲しいからではない。幸福が強引に舞い込んできたことへの無抵抗を意味していた。
「じゃあ、分かったわ。……今度こそ、私のこと離さないでね」
「ああ、好きだよ。アリス」
「私もよ。セネリオ」
すれ違い続けた2人の恋路は、今後も交わり続ける。
その日は、アリスとセネリオ王子にとっての記念すべき日となった。