暦坂トンネル
『あれ、こんなとこにトンネルなんてあったか?』
いつものように山菜採りしようとしていた男はいつも見かけないトンネルを見つけた。一体なんだろう。もしかして自分の所有する山で誰か悪戯をしたのでは…そんなことを思っているとそのトンネルに人影が入っていった。
『こら君!待ちなさい!』
男は追うようにトンネルに入って行った。出てくるものは何もなかった。
…
俺はこの春大学生になった三吉陽太。大学では陽気なサークルに入っていて、毎日楽しく過ごしてる!…訳もなくサークルの車役をしている。それが楽しかったらいいんだが、これがまたブラックで…
…まぁそれはいいや。今日はサークル内で旅に行くとかでその話し合いをしている。さてどこまで走らされるのだろうか。
『さァサークル恒例の行き先決めの時間だ!夏と言ったら…ってとこ頼むぜ!お前ら!』
コイツは与志木。サークルの中心で俺をパシリにしている張本人だ。
「やっぱり海じゃないかな」
『無難!もっと捻ろうぜ?』
いま却下されたのが更木。イマイチわからないキャラだが人に危害を加えるような奴ではない。確か与志木の幼馴染みだっけか?
『某はほらー?というものを所望する』
『心霊系か…大学生ぽいな!』
…あの濃ゆいのは武蔵。幼い頃から武道を嗜んでたらしくキャラが濃い。塩分過多だ。
『じゃ、心霊系で。なんかあるかな…っとこれどうよ!』
俺には聞かないのね。そう思ったが声にはしない。今は与志木の出す携帯を見る。
「へー入ったものは出てこられない魔のトンネル、暦坂トンネルね。どーせ反対から出てきました!ってオチでしょ?」
『某気になるでござる!いきましょう与志木殿!』
『じゃあココ決定!明後日か?車頼んだぜ三吉?』
『え、分かったよ…ところで燃料代って…』
『ないだろ?俺ら友達だもん!』
腹立つわー
どれだけ嫌だと願っても時は過ぎるもので…俺は今真夜中の山道を運転してる。昨晩雨が降ったからかロケーションは最悪。真夜中の暗さも相まって気を抜いたらタイヤを持ってかれそうだ。
『まさかここまで最高な日だと思わなかったぜ!』
今すぐ異様にテンションの高い与志木を殴って帰りたいがそれを堪えて車を進める。
『おおぉぉ!これこそ某が求めた絶好のほらーですぞ!』
「落ち着け落武者」
みんないつものテンションだ。怖い物知らず過ぎるだろ。
『なぁ…やっぱり今日はやめにしないか?帰り上手く運転出来る自信ないんだけど…』
『何ビビってんだよ。ここまで来てやめられないだろ?てかもっと早くできないのかよ!』
ドガ!そんな効果が似合うぐらい凄まじい勢いで椅子を蹴る与志木。マジ無理。
『ま、まぁ。ここまで来たからには行くよ…ところ今回行くところってどんな所なの武蔵…凄い今更感するけど』
『魔のトンネルでござろう』
…え、それだけ?武蔵さん?なんか呪い的なのがあって何も知らずかかるの嫌だよ?
「全く…今回行く所は町外れのもう使われてないトンネル。異常現象的なのは、咀嚼音みたいな奇妙な音だったり、入った人が出てこなかったりすらから人喰いトンネルとも言われてる」
『なんかありきたりだったな、まぁ初めは軽い方がいいのか。ナイスチョイス!俺』
『お!これは第二弾を期待してもよろしいのでござるな!?』
『あたぼうよ!これは俺たちオカルト研究会の記念すべき最初の心霊スポットだぜ!もう次のも考えたりしててーーー』
与志木と武蔵がゾーンに入った。誰も止められない。てかオカルト研究会だったんだここ。
それにしてもなんで夜の森ってこんなに怖いんだろうか…到着するまで何事も起きないことを願おう。
そんなことを考えてた時だ。車のハイライトに照らされた何かが見えた。なんだアレ…
『ッ!あれって人!?』
俺は急いでブレーキを踏む。しかし雨で水を含んだ所為か思うように止まらず、急いでハンドルを切った。
ガシャン!!!運良く車は木に衝突出来た。
『お、おい!一体どうした!?』
『どうしたも何も前に人が--』
説明しようと前を指さすがそこには何も無かった…
『まさかこんな山奥で事故とか…マジついてねーな…』
『ななな!何かあったんでござるか?!』
"ねぇ、丁度あそこに洞穴があるよ。少し雨宿りさせてもらおう"
更木の指差した先には見るからに不気味な横穴があった。
中を覗く。暗い、入り口から5M先は暗すぎて見えなくなっている。スマホの光も俺らの声も闇に吸い込まれるように消える。
『って!ここ圏外かよ!助けも呼べねぇーじゃねぇーか!!』
『与志木殿落ち着くでござる。日が昇ったら歩けばいいんでござるよ』
『落ち着いてられるか?!この状況で!圏外だし!目的も達成できないし!てか三吉!何してんだよお前は!』
『ごめんて…だって人影が見えたんだ…』
「そういえばそろそろ到着だった筈だよね。もしかしたら霊現象かもしれないね」
『だとしてもだ!この事故は許せねぇ!"偶然"洞穴があったから良かったものの無かったら凍え死んでたz(与志木殿静かにするでござる。何か聴こえるでござる)
瞬間武蔵は与志木の口を塞ぎ黙らせる。
雨音だけが響く。だがまばらな雨音の隙間に確かに別の音があった。
グ…チ…グ…チ
更木は小声で(なんか聴こえるね…ねぇもしかして僕ら偶然じゃなくて何かにここに誘われてたんじゃない?)
ここが本命の人喰いトンネルという最悪の状況を想像する。
(な、なわけ訳ないだろ!この音も気のせ
-グチャ!
だめだこれアウトだ…そう思わせる奇妙な音が無常にも洞穴に響く。
(確か噂通りなら入った人は出られない筈。だったら今すぐ逃げれば…)
「『却下』」
『いいでござるか?三吉殿。我ら、おか研たるものここで未知なる者を確認せずして何になるのか。後悔しか残らぬでござるよ』
『偶にはいい事言うな!確かにその通りだビビってねーで行くぞ!三吉!』
そうして無理やり奥へ進まされる。入口から離れて行くのを感じる。明らかに空気が変わった。スマホのライトの光も飲み込まれていく暗闇に俺たちも飲み込まれているのではないかと思ってしまう。足元も不安定でいつのまにか周りより足元を見ていた。
『流石にスマホのライトじゃあキツいか…おい!みんないるか?』
『いるよ』
『いるでござる』
…あれ?3人?
『おい!更木!悪い冗談はよせ!姿見せろよ!』
与志木の呼び掛けに応えるものはなかった…
グチャ!!一際大きなあの音が暗闇に響く
『な、なぁ与志木。帰ろうよ。1人いないしね?』
『ビビりすぎだって…アイツもきっと小便漏れちまったんだよ!あれでいてビビリだからさ!入り口に戻ってんだよ』
アイツも、ね。
『そうでござるよ!更木殿は恥ずかしかったから声をかけれず戻っただけでござるよ!』
『っておい!あそこになんかあるぞ!』
先には異様に古びた看板が落ちていた。
[暦坂トンネル]
俺らは息を飲んだ…
『お、おお!や、やっぱりあたりでござったか!』
『こんな偶然あるんだな…!』
2人は平然を装うが実際はかなりビビっていることだろう。
「ねぇ」
!!!!!!!後ろから声が聞こえて3人して振り向く。
『って!更木!オメェどこ行ってたんだよ!心配したんだぞ!』
「ごめんごめんちょっと催しちゃって戻ってたんだ」
「ところでこのトンネルってやっぱり反対側もあって人がそこから出るから帰ってこないって子供騙しらしかったよ?」
『ホ、ホントでござるか?!!じゃ、じゃあ安心出来るでござるな!』
『何よりの朗報だな!』
更木の情報を聞き喜ぶ俺たち。いつのまにか常に聴こえてたなくなっていた。
『しかし…それではあの音の正体は説明できないでござる。某は何か見てみたいでござる』
あぁ…こいつの頭の辞書、度胸しかないんだろうな…
『どうせ怖いものなんて無いんだ!行こう!』
更木…さっきまでビビって漏らしてたくせに大丈夫とわかった途端これだよ。
「うん、夜明けまで時間もあるし見てみよう!」
『よし決定!早速行こう!三吉!オメェが先頭だ!』
『…え』
まただ…また無理やり。
俺が先頭、武蔵、与志木、更木の順となった。
帰ったら絶対殴る。そう心に固く決め警戒しながら前へ進む。
ーーーまて、俺らどんくらい歩いた?1時間近く歩いてるぞ?
なんの変化もない無機質な岩場の道を歩いてるからかもう精神的に辛い…
『みんな、やっぱりここおかしいって!長すぎるよ!』
もう戻らないか?と言おうと振り返ったらその光景に思わず口を噤んでしまった。
俺だけではない、与志木も武蔵も硬直してしまったままだった。
『…な、なんでござるか。更木殿その顔は特殊めーくとやらでござるか?』
武蔵のような巨漢でさえ恐れてしまった原因は更木にあった。あろうことか本来の整った顔つきではなく鼻目口が福笑いのようにグチャグチャになっていた。
更木?『いやぁーいつの時代も君たちは愚かだよなぁ〜すぐ好奇心に心を奪われちゃって』
『どうゆうことだよ…調子乗んなよ!更木!』
反射的に与志木は叫ぶ
更木?『どうしたもこうしたもないさ。人間ってのはいつも自分達が食物連鎖のトップにいると思ってる。自分達より恐ろしいものはないと思ってる』
更木の顔がどんどん変貌していく。人間から離れ、最終的には爬虫類のような異形の姿になっていた。その大きな目で俺たちを品定めするかのように凝視している。
『更木殿!正気に戻るでござる!気を取り戻しt』
え、うそ。更木が虫を払うかのような手つきで払った瞬間、武蔵の上半身はベチャという音を立てて壁にぶつかった。
『うーん。君、前の時代人みたいな口調でうざい』
『お、おい。しっかりしろよ。武蔵早く起きてあの音調べるんだろ?なぁ…』
与志木は虚な目になり、返事のない武蔵の半身に声をかけている。
『ハハ、威勢張ってた割には折れるのが早いね君。じゃあ残りは君だね。どうしようかな』
ああ次は俺の番だ。もう腰が抜けて立てない…化け物が俺に近づいてくる。明確な死のビジョンが見えた。腹を裂かれる。頭を潰される。
『う、うぁぁぁああああぁ!!』
最後の力を振り絞りトンネルの先へ走っていく。
もう無理だ…死ぬ!俺は長いトンネルの奥深くで意識を失った。
ー
いつものようにベッドから体を起こす。あーそういえば今日はサークルの…めんどくさいなーどうにかして休めないかなあ。
んそういや何かあったかな、なんだっけ。思い出そうとすると少し頭が痛くなって来た。まぁ大したことじゃないか。車の支度をする。集合は駅前、俺が車に乗っていくと3人がいた。
『遅いぞ!三吉!!』
『まあ、時間通りでござろう』
「じゃあ乗ってもいいかな、蒸し暑い」
『ごめんごめん。今開ける』
『てかさ、今更だけどやっぱりいくのやめない?ほんとに怖いんだけど』
一応は打診してみる。
「『却下』でござる」
ですよねーってあれこの感じ…
ーズギン!!!ー
『うわァァァァァァァァ!』
今日1番の頭痛だった。そしてそれと共に思い出してはいけないことを思い出してしまった。
『どうした!?三吉!大丈夫か?』
珍しく与志木が俺の心配をした、あいつにも人の心があったんだな。…でもあそこにだけは行っちゃ行けないんだ。
『ごめん、今日はもう帰らせてくれ…頼む』
『オイオイ!お前がいなくなったら誰が運転すんだよ!ふざけんな!』
撤回こいつはクソだ。
『ま、まぁ与志木殿。三吉殿にも事情があるのでござる。焦らせて事故でも起こったら大変でござろう?』
武蔵が与志木を諫めてくれた。
「そうだね、今日はここで帰ろう。三吉、今度なんなのか聞かせてね」
『…わかったよ。ごめん皆』
Uターンして駅へ帰る。
『ちくしょー腹立つなー!おい武蔵、更木!飲みいくぞ』
与志木の王様っぷりもなかなかだな。2人はやれやれ…という面持ちでついていく。
『…でもこれでみんな助かったんだな…』
「ねぇ、三吉」
『?!どど、どうした。更木』
どうやら戻って来たらしい、忘れ物かな。
『忘れ物か?』
「忘れ物…そういえばそうなるかもね。ちょっと言い忘れた事があったんだ」
更木は歯切れの悪い言い分から続けて言う。
「君、なんで僕が生かしたのか分かる?」
あ、あ、そんな。俺が見ていた更木の顔が変わっていく。それは俺が叫んだ原因、俺たちを襲ったあの爬虫類のような顔に変わった。ギロリとあの目で俺を見つめる。
『僕のような化け物はね、うまく人間社会に溶け込めないんだ。
だからたまたま僕を見つけた人間を生かして、僕について話して貰うんだ。人間は好奇心の塊だからね、噂を聞いて僕の所に来る。その人間を僕が食べる。こうして僕は生きて来たんだ。人を釣り餌にしてね』
ヤツは子供をあやすような優しい口調で話すが、あの目のせいで落ち着いて聞いていられない。
『でもねーつい最近まで生かしてた人間がね、死んじゃったんだよーだから人も来なくなって死にかけだったんだ。で、たまたま来た君ら。お陰で満腹だし人も見つけた』
ヤツは俺を指差して
『君には僕の元に人を連れてきて欲しいんだ、できれば月1人』
『お、俺に死神の真似事をしろと?いy
『別に断ってもいいんだけど、そうしたら我慢できずに君を食べちゃうかもね〜ま、拒否権なんてないんだけど』
『更木殿ー?早くするでござるよ!』
「あ、うん。今行くー!』
『じゃあ頼んだよ死神君♪』
ーー最初から詰んでいたんだ。あの日トンネルに行ってから、ちんけな噂に惹かれて向かってから。俺から君らに言うとするならば好奇心に負けて、自ら闇に入る事はやめておいた方がいいってことぐらいだ。
『おい!あそこに洞穴があったぞ!あそこで雨宿りしよう!』
俺は車が故障したと言い、○○人目となる人をトンネルに置いていった。