憧れが君の翼になるんだ。
ドラゴン農家の朝は早い。
夜が明ける前から、朝食の準備を始める。
メインは水気と香りのある果物。季節のものを取り入れている。今の時期なら桃かな。後は根菜で嵩増し。
それから、香草を何種類か。
ドラゴンは香りの強いものが好きだから、色んな種類のものを沢山混ぜてやりたいけど、流石にコストがかかりすぎる。大半は、裏庭で育てているパセリになってしまう。
メニューで判るだろうけど、うちみたいな民間で育てられているのは草食種。肉食種は、繁殖を許されていない。危険が大きすぎるから。
でも肉食種は、うちにいるのんびりした奴らと違って顔つきが精悍だから、憧れてはいる。育てるの怖いけど。
材料をざっくり混ぜ合わせたら、竜舎に持っていく。麻袋に詰めたものを台車に乗せるんだけど、これだけで一頭分だよ。よく食べるだろ?
食事が終わったら、体調のチェックをして、順番に放牧地に連れ出す。
放牧地だとはしゃぎすぎるドラゴンも出てきちゃうから、ベテランの牧童がついてるんだ。
僕はまだ下っ端だから、空になった竜舎の掃除とか修理とかをする。
うん、竜舎でもはしゃぐやつはいるから……。ああ、ここ、床板踏み抜いてる……。
さて、これから、お待ちかねの保育舎に行くよ!
今育ててるのは四頭。まだ両手に乗るサイズなんだ。
赤い鱗と、薄緑の鱗、藍色とオレンジ色。
産まれてしばらくのドラゴンは、こんな風に、鱗に虹がかかったみたいに見えるのが特徴だね。光が当たると、きらきら反射するんだ。
脱皮を繰り返すと、落ち着いた色合いになって、それはそれで綺麗だけどちょっと寂しいかな。
この子たちの食事は、柔らかく煮た根菜や果物。少し潰してから食べさせる。
離乳食みたいなものだね。ドラゴンは授乳はしないけど。
好きじゃないメニューだと、頑として食べないこともあって、赤ん坊っていうのは本当に大変だよ……。
一通りのお世話が終わったら、お散歩の時間。
ドラゴンがほぼ最初から人工保育なのは、親があんまり子育てしないからなんだ。野生だと、大人になる前に死んでしまう子も多いみたい。
だけど、生き方は親の行動から学ぶから、あんまり隔離しちゃってもよくない。
だから、放牧地に見学に連れて行くんだ。
毛布を敷いた籠に、こうして四匹を詰めて……。
これが、歩けるようになると、また逃げ足が早くって困るんだよね。今はまだ大丈夫だけど。
あ、振動が判るようになってきたね。これ、ドラゴンが走ってるところ。
歩く時はそうでもないけど、流石にあの体重で走ると響くから。
この建物を過ぎたら、見えてくるよ。……ほら!
……!
近いでしょ? ちょうど、ドラゴンが飛ぶために助走するコースの真正面なんだ。
また来るよ。どんどん走ってきて、あそこで翼を広げて、飛ぶ!
ここの安全性? 離陸場所からここまでは結構距離があるし、上手く飛び立てなかったら、乗り手がコースを外れさせるから大丈夫。突っこんでくることはないよ。
ね、子供たちが、身を乗り出して見てるだろう?
飛ぶことは、憧れなんだよ。
ドラゴンの降りてくる場所? 放牧地の上を何回か旋回して、反対側に降りるんだよ。
向こうの飛んでるドラゴン?
……おかしい、こっちに向かって来るはずはないんだ。
危ない、伏せて!
うわぁ、びっくりした……。
大丈夫? 怪我はない?
子どもたちは……、三匹? 藍色がいない!
まさか、先刻ので、どっか行っちゃった!?
この辺は開けてるから、あっちの茂み、とか……なに、このちらちら光ってるの。
あ、ああ、うわあ!
飛んでる! 飛んでるよ、あの藍色の子!
こんな時期で空を飛ぶなんて、できるはずがないのに。
見て、あの、羽根のたどたどしい動き。
知らなかった、小さい仔ドラゴンが飛ぶと、あの薄い羽根を透かして、あの鱗に反射して、こんな光が跳ねるんだ……。
この子たちは、他のドラゴンの飛ぶ様子を見て、学んで、真似をして、工夫して、こうして自分で飛べるようになるんだよ。
綺麗で、可愛くて、稚くて、懸命で、ちょっと泣けてきちゃう。
あ、でも高度が維持できてない。落っこちる!
ちょっと、この子たち見ててね!