卒業 その陸
「心の準備は出来ている」高田は抹茶を口に運びながら言った。
「俺には兄がいた。今も生きていれば中学三年生、一つ年上だ。名前は誠。長男と言うだけあって、両親は兄を溺愛した。だが、兄は心臓に爆弾を抱えていたらしい。それこそ、いつ死んでもおかしくないほどだった。不発弾よりひどいものだ。自衛隊はいないからな」新島の口元は優しく微笑んではいたが、目の奥は鋭く尖っていた。幼い頃の嫌な記憶を、怒りをおさえて懸命に思い出しているようだ。「父は兄を助けるべく、手を尽くした。だが、手術には莫大な金がかかる。闇金に手を出して、返済が滞り、殺された。父の死に母が憔悴していたら、そこにつけこんで義父が母に近寄った。再婚し、義父は新たなる手を考えた。適合する心臓すら見つかっていない現状を打破する策だ。適合する心臓を持つ人間を創る。つまり、クローンというわけだよ」
「まさか......!」高田は口を大きく開けた。
「そのまさかだ。俺が、そのクローンなんだ」
「......っ!」
「父は生前に、精子を保管していた。義父はそれを使って、体外受精を行い、適合する心臓を持つ人間を生もうとしたんだ。だが、それには少なからず医者の協力も必要だ。そこで、義父は先輩のお父さんに会いに行った。先輩のお父さんは、闇医者なんだよ」
土方はコクり、とうなずいた。
「先輩のお父さんも協力し、計画を進めた。結果、俺が生まれた。俺を育てたのは、先輩のお父さんだ。義父は、俺を育てたら、手術の時に情がわくと言って、俺を育てることを放棄した。幼い頃から俺は先輩を姉だと思っていたんだが、違ったというわけだ」新島はココアを飲み干して、コップをテーブルに置いた。「手術が行われる際は、俺は生きたまま心臓を取られる予定だった。取るのは当然、先輩のお父さんだ。だが、手術実行の十日前。兄は急に体調を崩し、死んだ。だから、俺は生きている。そして、義父が大嫌いだ。
なぜかわかっただろ? 所詮、俺は兄を生存させるために生まれた心臓の代用品に過ぎなかったんだ。その事実は、先輩のお父さんから聞かされた。十歳の時だ。齢十歳にして、俺は生まれてきた真実を知った。その時の憎悪は忘れられないよ。俺の身内に味方は一人もいなかったんだ。実の母にすら殺されそうにもなった。わかるか? 俺の、あの時の失望? わかるわけがない......。自分がクローンだと、急に言われて受け入れられると思うか?」眉間に皺を寄せて、歯を食いしばった。
「その......すまなかった。悪いことを聞いたな」
「大丈夫だよ。もう受け入れた過去だ。で、俺が大きくなってからの話しをしようか。
義父は小説家だった、と言ったことがあるが、まあ事実だ。プロットを考えるのはいつも、俺の役目だった。義父は高田の言うとおり、推理小説家だ。プロットを作っているうちに、雑学を知るようになった。無駄な知識が頭に入ってきた。それが、文芸部では大いに役に立ったがな。
高田。俺がクローンとして生まれてきた後で、義父が俺になんと言ったと思う?」
「さあ?」
「『正常に心臓が鼓動しているようだ』と言ったんだ。母はそれにこう答えた。『これで、息子は助かるわ』とね。俺が死ぬ、ということは頭の片隅にすらなかった。いや、息子とすら認識していなかったのだろう。だから、そのように答えたのだ。嫌気がさして、家を出た。その頃は小学校六年生だったな? あの頃は義父と母が住む家にいて、そこを出てから先輩の家に向かった。先輩の家の人達は、俺を一人の人間として扱ってくれた。だが、義父は俺が先輩の家にいることは知っているから、たまにプロットを頼みに会いに来た。会いたくもないから、俺は逃げた。で、死んだ父の持ち物であるこの家に辿り着いたんだ。俺は生まれてから、愛情を受けたことがない」
高田は、下を向いて黙った。
「重い話しをしてしまったな。すまなかった。では、空気を変えるために、何か面白いことをしようか?」
「面白い話し?」高田は首を傾げた。
新島も、面白い話しは考えていなかったらしく、眉をひそめた。
「なら、七不思議の話しがあるんだが......」土方が腕を組みながら言った。
「七不思議!」
「ああ。以前、高田が話していた、七不思議の三番目である窓ガラスが割れるあの件だ。私も調べてみたが、三番目が実行されているのは旧館らしい」
旧館、とは以前の校舎だ。木造、ではないがかなり古い。新館と繫がってはいるが、近寄る人物は希だろう。
「旧館か! あり得るな」
「だろ? だが、八坂中学校がなぜ窓ガラスを割るのか、それとそのトリックはわからない」
「なるほど」
「で、目撃者の証言があるのだが、窓ガラスが割れる前に何か音がしたらしい」
「音?」
「低く小さい音だとよ」
「低く小さい音?」
新島は腕を組んで考え込んだ。だが、すぐに顔を上げた。
「まったくわからんな」
「新島でもまだわからないか」
「情報が少ないからだろう」
「確かに、そうだな」
三人は声を出してうなった。
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