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卒業 その参

 次の日の放課後。高田は部室に行くか迷った。土方と二人だと気まずいというのが高田の考えだった。教室から高田以外の人が消えても、高田だけは椅子に腰掛けて考え込んでいた。

 結局、行くしかない。高田は椅子から立ち上がって文芸部部室に向かった。

 二年三組教室から文芸部部室に行くまでは、以外と時間がかかる。その間は、普段なら新島と話しながら行くからあっという間だが、独りだと寂しく感じられる。放課後だけあって、周囲も静かだ。

 大切な物は失ってから大切だと気づく。どこかで聞いたような言葉だが、まったくその通りである。

 さて。高田は腹をくくって部室の扉を右にスライドさせた。そして、右足を踏み込んだ。途端、部室の中に景色が移り変わった。そこには、当然土方がいた。ソファで横になっていた。

「高田。今日は遅かったな」

「そうっすね。......新島がいないと、寂しいんすね」

「ああ、まったくだ。新島の存在価値を思い知ったよ」

「......」

 高田はソファの隣りにある椅子に座った。

「もうすぐ、私は卒業だな」

「ですね」

「引っ越しはしないから安心しろ」

「じゃあ、演劇部のシナリオは嘘じゃなかったんすね!」

「私が嘘をつくように見えるかな?」

「見えなくもないっすよ」

「そうか?」

 高田は、土方の顔色をうかがいながら安心した。どうやら、土方の持つオーラが部室の空気を(なご)ませているようだ。

「部長の将来の夢は何だったんすか?」

「幼稚園の頃は、キャビンアテンダントだな」

「過敏なペンダント?」

「何が過敏なんだ?」

「感覚?」

「感覚過敏かっ! 私が言ったのは客室乗務員だよ」

「今も過敏なペンダントになりたいんすか?」

「いや、やだな。私はそこそこの会社の会社員になるよ」

「なるほど......。まあ、数学が出来ないと駄目っすね」

「そうだな」

 高田は数学、という単語が引っかかったようで、頭に片手を当てた。

「今日の数学、ほとんど寝ていたんすけど──」

「寝ていたのか!?」

「まあ、そうっす」

「駄目じゃないか」

「で、最後に目を覚まして黒板を見たら、5p+79=19

の式が大きく書かれてて、意味がわかんないんすよ」

「数学教師は八代か」

「そうっす」

「だったら、p=-12というわけだ」

「5p+79=19の下に7p+29=11なんす。pが-12だったら、7p+29=11が成立しない......」

「確かにそうだな。つまり、その二つの式は見間違えたかしたんだろう。寝起きだったんだろ?」

「そうなんすかね......」

 高田は紙に二つの式を書き出した。


 5p+79=19

 7p+29=11


「見間違えたような気がしないんすけど」

「なら、厄介だな。......新島なら簡単なんだろうが、あいにく学校にはスマートフォンその他電子機器持ち込み厳禁なんだ」

「じゃあ、俺と部長の二人で答えを出す必要があるっす」

「そのようだ」

 二人は紙に書き出された式を見つめた。それから、土方は腕を組んだ。

「難しいな」

「そうっすね。p=?で、こんがらがるっす!」

「笑顔で言うな」

「はいっ!」

「眉間に(しわ)をよせるんじゃない」

「はいっ!」

「よ、ろ、し、い」

「なんで、式にαとかχじゃなくてpを使ったんでしょうか?」

「八代に聞いてみるか?」

「いや、俺が寝ていたことがバレちゃうっす」

「すでにバレてるんじゃないか?」

「そうは考えたくないっすね」

「そうか......。非常に難しいな」

「今日の帰りに、済生会病院に寄って新島に聞いてみるっすか?」

「そうしようか?」

 部活が活動できる六時を過ぎると、放送室から音楽が流れる。その音楽が流れると、部活はその場で切り上げて、帰路につく。

 二人も音楽を聴くと、帰りの支度を始めた。それからバス停で済生会病院行きのバスを待って、バスに乗りこんだ。


 土方は新島が入院する個室をノックした。

「どうぞ」

「失礼する」

「先輩と高田か」

 高田は胸ポケットから、二つの式を書き出した紙を出した。

「実は、意味不明な式を見つけたんで、新島に解いてもらおうと」

「数学は苦手だぞ」

「まあ、見てみろ」

 新島は高田から紙を受け取った。

「この紙に最初から書かれていたのか?」

「いや、俺が見た式をその紙に書いただけだ」

「なら、簡単だ。おそらく、5p+79=19の79の9と7p+29=11の29の9はQの小文字だろ。つまり、『q』だ。5p、7pのpの次はqだからな。発音も『9』『q』は同じだから間違えて当然だ。正しくは


 5p+7q=19

 7p+2q=11


 p=1

 q=2


 だろう」

「ああ、なるほどな」

「な? 簡単だろ?」

「本当に簡単だったな」

 新島は高田に紙を返した。

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