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辞書の紛失 その肆

 三人は部室のある七階に上がると、職員室前に職員がいることに気づいた。右手に本を持っていて、三人とすれ違って階段を降りていった。

「何だ? あの職員......」

 新島が気になって階段を見ていると、土方が話し始めた。

「あの職員な、七不思議の七番目でカイロに着火した片岡が今指導してる(かがみ)って職員だよ。片岡は八坂中学校に来てもう一年だからな」

「なるほど。だから、あの職員には片岡と似たように偉そうだったのか」

「ああ。私の偏見だが鏡もまた何かやらかすかもしれない」

「だな」

 部室に入ると、土方はテーブルに置かれているみかんを一つ口に運んだ。

「そもそも、辞書を盗む理由は何だろうな」と高田が言うと、椅子に座りながら新島は反応した。

「それがわかったら苦労はないよな」

「そうだな」

 新島もみかんを手に取ると、皮をむいた。

「みかんがみずみずしいな」

「どれ。俺も一口......」

 高田もみかんを口に放り込んだ。

「まあ、みかんは水だけどな」

「そうだな」

 新島はみかんを食べ終えると、皮を持って椅子から立ち上がった。部室の隅にあるゴミ箱に歩いて行くと、皮をゴミ箱に入れた。それから、また椅子に向かって歩いて腰を下ろした。

「辞書を探すにしても手掛かりがなさすぎるんだよ」

「だよな」

 三人は沈黙して、考え始めた。


 それから一時間ほどして、高田が話し始めた。

「この沈黙が超つまんないんだけど? ってか、新島はまだ閃きがないのかよ?」

「ちょっと待ってろ。情報が少なさ過ぎるんだよ」

「情報ね。...そういえば、隣りの職員室に新しい本棚が入ったらしいよ。これ、新情報な。多分生徒なら誰も知らない」

「そういう情報じゃないんだよ」

「そうなのか?」

「ああ、そうなんだよ」

「でな、その本棚には教科書とか並べるらしいけど、並べる担当が鏡なんだとよ」

「あの片岡の弟子か」

「ああ」

「無駄な情報だな」

「そうか?」

「もういい」

 新島は立ち上がると、隣りの空き部屋に入った。机を調べて、壁や床を丁寧に確かめた。だが、何も出てこないから廊下に出ると扉を調べ始めた。すると、扉の上のプレートに紙が差し込まれていることに気づいた。その紙を手に取ってから裏返すと


 『旧図書蔵書室』


 と書かれていた。新島はその紙を持って部室に入り、二人に見せた。

「あの空き部屋が前の図書蔵書室だったのか。図書室と繫がっている今の図書蔵書室の部屋が数年前に図書蔵書室になったというのは有名だが、前の図書蔵書室の部屋は知られていなかった...。だが、まさか文芸部の隣りの空き部屋が旧図書蔵書室だっとというわけか。ってか、新島!」

「どうしたんだよ、高田」

「その情報、辞書の紛失と関係あるか?」

「高田の言っていた職員室に新しい本棚が来たっていうよりはましだろ? あの空き部屋を調べてたらその紙が出てきたんだからしょうがない」

「まあ、そうだな」

 新島は椅子に座ると、目を閉じた。それから自分の頭を叩くと、本棚を見た。

「高田の無駄な話しも、俺の無駄な発見も意味があったようだよ」

「つまり、わかったのか!?」

「よくわかった」

「犯人は誰なんだ?」

「行こうか」

 新島は部室を出た。二人も後を追った。新島は隣りの職員室の扉をノックした。すると、扉が開いた。

「どうした?」

「職員室の本棚の中に月始社の最新版の辞書はありませんか?」

「確か、あるよ」

 その職員は本棚から辞書を持って、戻ってきた。

「最後のページに土方波と書いてあるはずです」

「ああ、書いてあるよ」

「それは先輩のです。返してください」

「ほらよ」

 新島は辞書を受け取って戻ってきた。高田は驚いていた。

「なんで職員に?」

「簡単だ。まず、鏡とかいう職員は右手に本を持っていて。その本は新潮文庫のもので、天アンカットになっているはずの本だ」

「なんだ? 天アンカット?」

「私は知っている。わざと天を裁断しないでいる奴だろ? 本の上の側面がデコボコしてるんだ」

「そう。天アンカットは本を美しくみせるものだ。だが、鏡が持っていたのは天アンカットがあるはずの本だけど天アンカットのデコボコはなかった。ヤスリで削って平らにしたんだろう。つまり、性格は几帳面。

 几帳面な鏡が本棚に本を並べるのを担当していた。そして、少し本が足りなくて本棚の一部にすき間ができたんだろう。それを埋めるために厚い本が必要だった。そこで鏡は職員室の地図を見た。おそらく、職員用の地図だから空き部屋に旧図書蔵書室と記入されていたのだろう。で、鏡はそこに本があると思って空き部屋に入った。そこでまた扉を見つけた。その扉を開けると本棚があり、辞書を取っていったんだろう。まあ、勘違いか魔が差したかのどちらかだ」

「なるほど」

「よくわかったな」

「それほどじゃない。実に簡単なパズルのピースがちゃんと集まっただけだ。俺はそれを組み立てたにすぎない」

 新島は土方に辞書を渡した。土方はそれを受け取ると、三人で部室に戻った。高田は何か用事があるようで、カバンをつかむと部室を出た。

「にしても」高田は独り言を走りながらつぶやいた。「これで、部長とやる最後の謎解きなのか。味気ないな」

 高田は家の鍵をカバンから出そうとすると、鍵を部室に忘れてきたことに気づいた。急いで階段を駆け上がって部室の前まで戻った。すると、話し声が聞こえてきた。盗み聞きは悪いことだとわかっていても、気になるようだ。

「先輩...」

「ん? どうしたんだ」

「これからも一緒にいてくれ」

「何当たり前なこと言ってるんだ?」

「やっぱり言わないと駄目か」

「何をだ?」

「卒業しても、俺と一緒にいてくれないか?」

 高田の体は固まった。

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