回送電車
よくあること。
『――回送電車が通過いたします』
八月の、午後六時四十九分。
夕方といっても、空はまだ明るい。
『――危ないですから、黄色い線までお下がりください』
バイトを終えて、家まで帰る。
今日も疲れた。
世の中は勤労男子学生に厳しい。重い商品の品出しは、だいたい自分に任される。レジ打ちもあるし。
「時給上げてほしーなー」
ホームでぼうっとしていたら、ライトを点けた銀色の車体が見えた。オレンジ色の行先表示は回送。この電車に乗れたら、十分早く家に帰れるのに。
パァン、と警笛を鳴らし、電車が速度を落とした。目の前を通過する。
十両編成の四番目。
乗客の一人の男と目が合った。
にたぁ、と男が笑う。
気持ち悪いやつだな、と思った。
ホームを完全に通過するまで、ずっとこっちを見ていた。
風を巻き起こし、電車が通り過ぎる。
遠く小さくなっていく、最終車両のオレンジ色の表示が目に入る。
行先は回送。
ぞっと背筋が凍った。
『回送電車』