女
# 過去からの手紙
遥か彼方から届いた手紙だ
背後に悪意は感じないが
彼女は迷子になる事を覚悟で
小さな子供をお使いに出したのか
それとも亡くなる直前に
俺の名前を口にして
残された旦那が仕組んだ企みか
暇な俺はいろんな事を考えた
もし俺が死んでいて
奥さんが微かな秘密の匂いを
感じ取ったら
どうなるんだろう
名前と電話番号は恥ずかしそうに
しかししっかりとそこにある
途方に暮れているように
しかしはっきりとそこに書かれている
俺は俺専用の机の引き出しに
目立たないように仕舞った
日焼けのした便箋に書かれた
ラブレターのようだった
いや あぶり出しのラブレターか
俺の空想は
陽気な方に膨らんでいった
# 時
40年経つ
随分変わった
ヤスコも変わっただろう
残念な事に女盛りの彼女を
知らない
外見は変わっても
中はさほど変わらないと思う
俺がそうだ
相変わらずいい加減で 好き勝手に
楽しくやっている
歳月が流れどんどん変わるのは
形で自分はさほど変わらないんじゃないか
ヤスコに会いたくなった
# 妻
引き出しの中の手紙が
薄桃色に発光していた
あれからもずっと
俺の奥さんは平和に幸せに
暮らしている
子供達が育ってからは
趣味で人形作りをしてたな
フランス料理も
習っていたりしてたかなぁ
女友達と旅行も良く行ってた
最近は近場が多いみたいだけど
俺かい 俺は何にもしてないね
たまにスポーツジムに行くくらいかな
「ねぇ 俺も旅行に行ってもいい?」
「え…珍しいわね」
「うん 身体が動くうちに行っておこうと
思って…」
「行きたくなったんだ」
「いいんじゃない 行ってらっしゃい」
# 旅
「一人で?」
「うん 一人でのんびり色々観て廻ろうと
思って」
一緒に行くと言われる前に
俺は先回りして言った
「たまに俺のいない家でのんびりしたらいいよ
今度 一緒に行こうな…」
「何処に?」
「そうだなぁ ちょっと北の方にでも
行ってみるかな
連絡は取れるところに行って来るよ
気ままに廻ってみる
心配するな」
のんびりというより
妻は寛大なのかもしれない
# 飛行機
俺は鏡を見た
心なしか目に強い光りが
宿っている
数日後
上着の内ポケットには手紙を
小さくまとめた荷物を持った俺は
地方の小都市行きの
飛行機に乗った