男の声
# 電話
男から電話があった
低い落ち着いた
静かな声だった
電話の向こうの相手から
出たのがヤスコではなく
男の俺の声だったので
一瞬ためらった様な
気配を感じた
ヤスコが既に亡くなった事
生前、その手紙を
送りたいとヤスコが思っていた事
彼女の代わりに
自分が送ったなどと
自分が仕掛けたのを
上手い具合に変えて伝えた
そうですか
男は余計な言葉を言わず
こちらの出方を
待っている様だった
俺は妙な親近感を
覚えた
こいつもヤスコを好きだったのか
そしてヤスコに一番好かれた男なのか
男の声に嫌味はなかったが
嫉妬が
胸の奥の方で
石の様に小さく
固まり始めたので
俺も余計な事を言わず
ただ
手紙は届いたんですね
と短く言った
そして残念ながら
ヤスコはもういないのです
と伝えると
そうでしたか
と言いその後俺の言葉を
待っていた様だが
俺が無言でいると
それでは失礼します
と言って電話を切った
ヤスコの男は
物静かな男であった
# 電話の向こう
思わぬ男の声に
戸惑ったが
自分宛に手紙を受け取ったのは
事実なので
自分の名前を名乗った
声の主は
ヤスコの亭主だったらしく
ヤスコは既に亡くなったと言う
全く不思議な手紙であったが
亭主の説明に納得した
余計な事を言わずに
電話を切った
短く言葉を交わしただけだったが
俺は亭主に自分と似たものを感じた
数日虚しい滞在をする事になる
ヤスコのいないこの街で
会うことのない俺の女たちの事を
思い出しながら
一人で飲む事になる




