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日本海軍、特別陸戦隊の編成・末期 4


 日本軍・海軍陸戦隊の派遣部隊・TVゲームでの末期の編成



《1》小銃


 三八年式海軍銃✖8    


《2》短機関銃(機関短銃) 各種散弾銃


 百式機関短銃✖1


《3》軽機関銃 (自動小銃的な役割)


 九六式軽機関銃✖1


《4》 機関短銃・拳銃。


 ベ式機関短銃(ベルグマンMP18)✖1 ルビーウルトラプラス、各種散弾銃


《5》 騎兵銃・拳銃


 MP34(ス式機関短銃)✖1


 十四年式拳銃


 軍刀


《6》軽機関銃


 一一式軽機銃✖1


《7》擲弾筒


 八九式重擲弾筒✖1


《8》軽機関銃 (汎用機関銃)


 一式旋回機関銃 (MG15) ✖1 九七式七粍七固定機銃《きゅうななしききゅうななみりこていきじゅう》、九九式二〇粍機銃きゅうきゅうしきにじゅうみりきじゅう




【誰がどの銃か】



 三八式歩兵銃✖8人    


 百式機関短銃✖1 下士官用散弾銃


 ベルグマンMP18短機関銃✖1人 ルビーウルトラプラス、隊員用散弾銃。


 九六式軽機関銃✖1人


 MP34&十四年式拳銃(ストック付き)&軍刀銃✖1人


 一一年式機銃✖1


 八九式重擲弾筒✖1人


 一式旋回機銃 (MG15) ✖1 九七式七粍七固定機銃《きゅうななしききゅうななみりこていきじゅう》、九九式二〇粍機銃きゅうきゅうしきにじゅうみりきじゅう




【解説】




 ⭕️ 三五年式海軍銃。



 前にも書きましたが、海軍には、陸軍の三八式・九九九式小銃も混在していました。


 また、旧式化した三五年式海軍銃の一部は、タイ王国に販売されました。



 他、日本軍に味方した、汪兆銘政権下の南京国民政府など、中華民国むけに販売された。


 これは、7、92ミリ、モーゼル弾仕様だった。



 理由は、親日軍罰や政府組織から自警団まで、モーゼル系小銃が普及していたからである。



 それらは、レシーバー後部=クリップを挿入する溝の後ろにあるレシーバー・ブリッジにだが。


 タイ王国の紋章=charkaが打たれている事から、容易に判別が可能である。



 その他、三十五年式海軍銃。



 戦争末期には、三十五年式海軍銃の未組立機関部と銃身にだが。


 九九式小銃型模擬銃のストックを組み合わせた品。


 =英語名、02/45 Rifleが非制式に沖縄戦で使用されたと言われています



 また、三五年式自体も戦地に運ばれた物を含めて、全部を新型小銃に更新は出来なかったかと。



 さらに、末期海軍・陸戦隊では慢性的な銃器不足から、イ式小銃やモ式小銃が配備されたとも。



 しかし、7、92ミリのモ式小銃は、主に中国大陸で使用されました。


 滷獲・輸入・満州生産型~~などと、各種のモーゼル小銃が存在します。


 これらは、全て満州国で使用されました。



 ですが、日本軍の前線部隊でも国民党軍と使用する弾薬が同じ、モ式小銃を使用したかと。


 その方が、弾切れを心配する必要性が無くなりますからね。



 また、末期海軍・陸戦隊にも配備されたと噂が存在しますが。



 それが、フィリピン方面か、硫黄島&沖縄か、支那大陸の部隊に配備されたかは不明ですね。


 一番、有りそうなのは支那大陸で駐屯する陸戦隊ですね。


 陸軍と同じく、敵と同じ弾薬を使用しており、満州などでは生産もされてましたから。



 と、思ってたんですけど。



 流石に、耐用年数が過ぎていたのか、日本海軍内では前線に配備されなかったようですね。



 ⭕️ 下士官用散弾銃。



 末期、銃器不足と短機関銃の代わりを欲していた、海軍が民間から徴用した。



 自動散弾銃ブローニングオート5や、高級品である英国製水平二連散弾銃など。


 これらの散弾銃が、下士官には装備された。



 ⭕️ 隊員用散弾銃



 末期不足する銃器を補うために、下士官と同じく、陸戦隊員にも散弾銃が配備された。



 村田式、左右二連式、火縄銃、旧式の洋式銃などを改造した散弾銃が、使用されていたと思われる。



 村田式は、単発ゆえに連射はできないが、素早い排莢と弾込めができた。



 それに、塹壕内や洞窟にジャングルて使用されたら厄介だっただろう。



 米軍に、滷獲された物には刻印がされていたが、実戦で使用されていたかは不明である。


 使用した地域が分からず、また海軍は水際防御や陣地防衛に固執していた。


 それ故、歩兵同士が戦う前に、砲撃で吹き飛ばされていた可能性がある。



 こう言った、海軍の根拠地隊による陣地防衛は、各地で陸軍や住民に迷惑をかけた。



 マニラに陣取り、米軍による砲撃で、フィリピン人に被害が出た。


 陸軍は、市民を巻き添えにしたくなかったので、早々に山岳地帯へと撤退していた。



 また、硫黄島でも陸軍は、山岳地帯で地中陣地を構築した。


 対して、海軍は水際防衛を主としたため、初戦で上陸してきた米軍に殲滅された。


 これは、硫黄島からの手紙でも描かれた。



 ⭕️ 九九式二〇粍機銃きゅうきゅうしきにじゅうみりきじゅう



 太平洋の諸島各地で、台座として、三脚などに載せられて使用された。



 ゲームなどでは、米軍が使用する.30AN/M2スティンガーのライバル役に使えるかも知れない。



 陸軍が使う謎の20ミリ機関銃には、三脚が大型・小型とも言えない中型程度の物が存在した。



 しかし、九九式二〇粍機銃きゅうきゅうしきにじゅうみりきじゅうは、様々な三脚に搭載したようだ。


 その中には、四脚に一本だけ機銃マウントを搭載した物も存在した。



 だが、インドネシアなどに現存している物は、多くは三脚がない。


 これは、地上用として、日本兵やインドネシア独立軍兵士に使用されたからだと思われる。



 この銃は、左側に装着したドラム弾倉が、銃を置いた時に、二脚として役割を果たせる。


 ドラム弾倉により、銃身が斜め上を向くからだ。



 因みに、某アニメでも少女が使用した。



 アメリカ海兵隊



《1》小銃


 M1903✖8 ジョンソンM1941小銃


《2》短機関銃 


 トンプソンM1以前✖1人 M1、M1A1 下士官用散弾銃


《3》自動小銃


 M1カービン改造、M2、コルト・モニター


《4》短機関銃・拳銃


 M3グリースガン✖1人 M3A1、M50、M55 隊員用散弾銃


《5》騎兵銃・拳銃・軍刀


 M1カービン✖1


 コルトM1911


 軍刀


《6》軽機関銃


 BRA1918✖1人 ジョンソンM1941


《7》小銃擲弾


 M9 HEAT ライフル・グレネード✖1



【誰がどの銃を持つか】


《1》小銃


 M1903✖8人 ジョンソンM1941小銃


《2》短機関銃 各種散弾銃


 トンプソンM1以前✖1人 M1、M1A1


《3》自動小銃


 M1カービン改造 M2、コルトモニター


《4》短機関銃・拳銃 各種散弾銃


 M3グリースガン✖1人 M3A1、M50、M55 


《5》騎兵銃・拳銃・各種ナイフ


 M1カービン✖1人


 コルトM1911


 各種ナイフ


《6》軽機関銃


 BRA1918✖1人 ジョンソンM1941


《7》小銃擲弾


 M9 HEAT ライフル・グレネード✖1


《8》軽機関銃 (汎用機関銃)


  ブローニングM1919A6✖1人 ブローニングM1917A1 .30AN/M2スティンガー




 【解説】



 ⭕️ M3グリースガン、M3A1グリースガン。



 1944年6月、ノルマンディー上陸作戦の際だが。


 第82および第101空挺師団による空挺作戦において用いられた。



 これが最初の実戦投入と言われている



 まるで、工具であるグリースガンその物のような兵器らしからぬ外見だが。


 これは、最初に支給された兵士たちからは奇異に受け止められたが。



 実戦において取り回しが良く、信頼性の高い銃であることが実証されると。


 多くの兵士たちから愛用されるようになった。



 M3は故障が大変少なく、携帯性にも優れていた。


 トンプソンM1の全長は813ミリメートル

 M3グリースガンは571ミリメートル。


 比べて見ると分かるが、本銃の全長は30センチほど近く短い。


 それゆえ、歩兵以外にも戦車兵の自衛用火器などとして使用された。



 一分間当たりの発射弾数は、M1より少なかったが。


 その分射撃中は、コントロールが容易。



 反動が少なく、集弾が散らばりにくく、短い訓練時間で使いこなせる~~と言うメリットがあった。



 そのため、熟練した兵士や扱いに慣れた者たちだが。


 彼らは、フルオート射撃専用の銃であるにもかかわらずにだが。


 一瞬だけ引き金を引き、擬似的なセミオート射撃を行った者もいたと言う。



 一方、欠点もいくつか指摘されていた。



 本銃のコッキングレバーは、一般的なボルトではない。


 レシーバーに外付けされたハンドル型の回転式である。


 また、安価な金属素材から成形されていた。


 それゆえ、ぶつけたり手荒に扱うと容易に変形したり外れてしまうのである。



 バレルラチェットパッド=銃身止めや、リアサイトも破損しやすかったほか。


 マガジンリリースが誤って押されることも多かった。



 1944年4月、これらの報告を踏まえたモデルがM3E1として設計された。



 このモデルでは、ハンドル型コッキングレバーを廃止した。


 そして、ボルトの凹みを直接指をかけて後方に引くことで撃発準備を行うように改められた。


 また、その都合上、排莢口エジェクションポートと開閉蓋が前後に拡大された。



 加えて、従来は後付改修の一環だった、側面ガード付きリアサイトが標準的に設けられていた点。


 左側面に取り付けられていた油差しブラケットが廃止された。


 そして、代わりにより大型の物がグリップ内に収められていた点。


 ストックが各種作業用の工具として、利用できるようにされた点が重要な改良と見なされた。



 M3E1だが。



 同年12月21日に、制式名称Submachine Gun, Caliber . 45, A3A1として採用された。


 以後は、M3A13のみが調達された。



 また、交換部品を調達する事が困難な戦地で、M3のコッキングレバーが破損した際にだが。


 レシーバーに切り込みを入れて、ボルトに間に合わせのコッキングレバーを取り付ける。


 ~~と言う、現地改修を行う兵士もいた。



 M3とM3A1は、アメリカ軍に広く配備されたほか。


 ソビエト連邦や中華民国にも供与され、第二次世界大戦中は、ほぼ全ての戦線で運用された。


 第二次世界大戦を通じた生産数は、M3が606694丁、M3A1が15469丁であった。



 ⭕️ 下士官用散弾銃。



 散弾銃は、日米両軍とも、様々な種類を用いた。



 海兵隊の場合は、ブローニングオート5やポンプアクション式ショットガンを多用しただろう。


 第一次世界大戦中のポンプアクション式は、わざと暴発させて、連射ができた。


 しかし、後に製造された物は安全性を考慮して、

暴発連射スラムファイアできないように安全装置が装着された。


 だが、第一次世界大戦頃の物や、海兵隊員が改造した物なら暴発連射ができただろう。



 しかし、ポンプアクション式で、史実では連射できる物や改造された物があったかは不明。


 また、日本の陸海軍兵士が暴発連射できる事を知っていたかは不明。



 記録上では、イサカM37散弾銃はスラムファイアできたようだ。



 ⭕️ 隊員用散弾銃。



 隊員たちも、ポンプアクション式を使用しただろうが。


 上下二連、左右二連、二連ソードオフなど、非常に多種多様な銃を使用しただろう。


 戦前から海兵隊は、散弾銃を基地内で警備用に配備していた。


 また、太平洋各地で日本に対して使用した。



 ある島の戦いでは、日本軍が伝書鳩を使っていると思われて、散弾銃が多用された。


 しかし、実際には使われてなかった。



 ⭕️ .30AN/M2スティンガー。



 .30AN/M2。



 M1919の航空機搭載型。



 もっとも、開発経緯としてはM1919の原型であるM1917だが。


 これを、航空機関銃用に改良した、M1918の発展改良型である。


 それ故、M1919とは同系列ながら開発されたルートが異なる。



 "AN"とは"Army / Navy"、“陸海軍・共通”を示す。


 なお、.30口径・航空機銃で、M1およびAN/M1という制式番号の物は存在してない。


 アメリカにおいて、当初から.30口径の航空機用機関銃としてだが。


 開発・制式化された機関銃としては、AN/M2が最初の物だった。


 しかし、M1とすると、原型のM1918M1との混同を招く。


 ~~として、M2の制式番号が与えられている。



 M1919とは機関部前端の形状が異なることと。


 バレルジャケットを含めた、銃身部が細いことが識別点である。



 バレルジャケットとレシーバーの板厚を薄くするなどして全体を軽量化している。



 M1919A4=14Kg、AN/M2=11Kg。



 これにより、発射速度は毎分1200-1500発に向上している。



 また、給弾口を部品の交換で、左右任意に切り替えられるように設計変更されている



 スティンガー。 .30AN/M2 "Stinger" 。



 AN/M2に、銃床と二脚を装着して軽機関銃として、用いることができるようにしたもの。



 太平洋戦線で戦う海兵隊員だが。


 その中には、M1919A4よりも軽量かつ強力な軽機関銃を求める者がいた。



 彼らは、ガダルカナル島で、戦いの最中に墜落したドーントレス爆撃機に向かった。


 そこから、AN/M2を引き上げて、地上戦転用の可能性を探った。



 1943年11月1日。


 ブーゲンビル島上陸の際には、台座に据え付けた状態で、AN/M2が支援に用いられた。



 第9海兵連隊の機関銃手、ウィリアム・H・コルビー、一等兵。


 William H. Colby。



 彼は、AN/M2に、二脚を取り付ける改造を初めて行った。



 ブーゲンビル島の戦い。


 その最中だが。


 パラマリーンズに所属するメル・J・グレビッチ軍曹とフィリップ・グレイ中尉たちが居た。


 彼らは、引き上げられた、AN/M2にだが。



 M1ガーランドの銃床。

 M1918A2の二脚。

 M1918A2のリアサイト


 ~~等々の部品を取り付け、引き金にも改造を施した。



 この銃は、実戦に用いられなかったが。


 グレビッチには、後に硫黄島侵攻への参加が決まった際にだが。


 上官の許可を得て、出発までに自分が使う物と、ほか5丁のスティンガーを作り上げた。


 そして、それぞれを彼が信頼する5人の機関銃手に託した。



 その一人、トニー・スタインはスティンガーを用いた戦闘により、名誉勲章受章者となった。



 これは、6個しかない特別な品である。

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