673 夜の静けさは、嵐の予感?
「ちょっと!」
二人が答えてくれないので、アーシェスが急かせば、フェリクス王がものスゴく悪そうな笑みを浮かべて、こう言った。
「時間の問題だ」と。
「「「……っ!!」」」
もちろん"時間の問題"とは、良い方へではなく悪い方へだろう。
アーリャ兄妹も護衛2人も、その言葉に目を見開き再び絶句した。
フェリクス王の表情からして冗談には思えないし、彼がそう言うのだから、この町が滅亡するか否か本当に時間の問題なのだろう。
「キラーアントなんか放っておけば、そうなるだろうよ」
「それも町から数キロ程度の距離ですからね、巣なんてもう町の下に広がっていてもおかしくありません」
フェリクス王は鼻で笑い、シュゼル皇子は憐れんでいた。
その辺にいる小さな蟻でさえ、巣の規模は深さ長さ共に数メートルと大きい。しかも、中にはスーパーコロニーと呼ばれる超巨大な巣を作る蟻もいる。その距離はなんと、100キロメートル。
……となれば、それより遥かに大きな個体である、魔物キラーアントの巣は、数キロメートルなんて可愛いサイズな訳がない。絶対、超超超巨大であるに決まっている。
餌場に至っては、この町はすでに範囲内だと考えて間違いなさそうだし、何なら今まで襲われていなかった方が不思議だし、奇跡だ。
「個体数も百ですめばイイ方ですよね」
まるでトドメを刺す様なローレン補佐官の言葉が聞こえた。
うつらうつらと眠りに入りながら訊いていた莉奈も、そうだろうなと思う。
蟻は基本的に単体で生活しない。小さい頃、蟻の巣を見つけて穿った事があるが、パッと見ただけでも数十匹はいたし、巣の中にはもっといる。
そもそも、出入りしている穴を1つ埋めたところで、他にも出入り口はあるだろうし、破壊したところで蟻達はすぐに修復する。
たとえ巣を潰せたとしても、蟻自体が生きていれば、違う場所に新しく作るだけ。小さな蟻でさえそうなのだから、大きな蟻の魔物なんて、到底人の手には負えないし、壊滅状態にするなど至難の技に違いない。
「アリクイがいても食べきれなさそう」
この世界にアリクイがいるか知らないが、たとえいたとしても、あんな巨大な蟻なんて食べ尽くせないだろう。
頑張っても精々数匹でお腹がいっぱいになりそうだ。
「リナが食べきれねぇんだから、終わりじゃね?」
「エード」
この世界にもアリクイがいるのか、または"蟻食い"だと勘違いしたのか、とにかく莉奈の言った意味は理解した様だ。だが、莉奈は"アリクイが"と言ったのであって、"私が"とは言ってはない。
エギエディルス皇子は、一体 莉奈を何だと思っている。
そもそも、莉奈は1度もキラーアントを食べると言った事はない。食べるのは腹部の蜜だけだ。莉奈がそう頬を膨らませれば、2人のやり取りを訊いていたフェリクス王達は笑っていた。
「キラーアントを捕食する魔物なんているのかしら?」
キラーアントの表皮は、一般的な魔物とは違い皮膚ではなく、外骨格と呼ばれ、ものスゴく固い。それでも食べる生き物がいるのであれば、現状打破に繋がるのではとアーシェスは考えたのだ。
なにせ、人が倒すには限界がある。ならば、魔物を利用すればイイ。
「"オルミディ"なら、蟻系の魔物を好んで食べると聞いた事はある」
「ですが、その魔物をどうやってキラーアントの下へ連れて来るのか、連れて来たところで殲滅まで追い込んでくれるのか……」
フェリクス王の言葉に、アーシェスは一瞬望みが見えた気がしたが、すぐ続いたシュゼル皇子の言葉に肩を落とした。
言われてみれば確かに、生きたまま連れて来るのは至難の技だ。食べるにしても、どこまで捕食してくれるかなんて、誰にも分からない。
ましてや、数キロ程近くに町があるのだ。
万が一にでも視界に人が入れば、襲って来る可能性すらある。なんなら、襲われ始めたキラーアントが逃げたりして、このモルテグルに向かって来るかもしれない。
そして、そのキラーアントを追って、オルミディとやらも来る可能性も充分ある。そうなれば、モルテグルは完全に終わりだ。
「……はぁ」
浅慮だったなと、アーシェスは深いため息を吐く。
「やはり、モルテグルの生きる道はなさそうだな」
希望が見えた様な気がしたアーリャも、やはりないのかとため息を吐いていた。
「ちょっと! そんな簡単に諦めないでよ!!」
「そうは言っても、地中深くまで討伐にはいけないし、あの数となれば殲滅は不可能だろう。半年ほど前に巣が見つかった時点で、このモルテグルは捨て他の町に移転するつもりで考えていた」
「え!?」
「間引いていたのは……キラーアントの寿命が尽きるまで……と一縷の望みに賭けていただけだ」
安易な考えだったなと、アーリャは再び深いため息を吐く。
アーリャ達が、キラーアントの巣があるのに気付いたのは、およそ半年前。だが、発見時にはすでに数が多く、殲滅は不可能だと感じた。
やるだけやる手も考えたが、変に刺激して町へ来られたら、それこそ終わりだ。
他の町へ移転しようと準備はしながらも、ギリギリまで諦めず、抵抗していただけに過ぎない。
もはや、キラーアントの寿命が尽きるか、我々の足掻きが勝つか、賭けみたいなモノだった。
「……そんな」
アーシェスはあまりの衝撃に、声が震えていた。
モルテグルには何度となく訪れた事がある。その懐かしく見知った町が、今まさに終わりを告げようとしていたのだ。
それがどこか無性に寂しかったし、まるで心にポッカリ穴が開く様な虚無感に襲われていた。
「フェリクス」
アーシェスは堪らず、友人でありヴァルタール皇国の王フェリクスに縋る。
フェリクス王なら、この状況を打破出来ると分かっているからだ。
だが、フェリクス王は一暼すらせず一蹴した。
「俺はこの国の王じゃねぇ」と。




