668 基礎があるからこそ、成り立つ説明
ーー結果。
アーリャの魔法に不安を覚えたシュゼル皇子が、仕方ないとばかりにアーリャのボウルにも氷魔法を掛けていた。
エギエディルス皇子も近くにいるので、また魔法を使った時、末弟に何かあったらと心配だったのかもしれない。
「卵白には砂糖を大さじ1杯入れて、そこにある泡立て器で角が立つくらい泡立てて下さい」
莉奈がそう説明したら、泡立て器を初めて見たアーリャが、首を傾げていた。
「泡立て器? 何だか面白い道具だな」
「攪拌させたり、泡立てたりする時に使うのよ」
アーシェスは何度か王宮に来た事があるので、泡立て器の存在は知っていたらしく、アーリャに使い方を説明している。
「"角が立つくらいまで"とは、一体何の角をここに立てるつもりなんだ?」
「はい……え?」
「ユニコーンの角か?」
「……えっと?」
そんな質問をされるとは思わなかった莉奈は、言葉に詰まる。
メレンゲをツノが立つくらいに泡立てるのであって、ツノを実際に立てるのではない。
王宮にいる料理人達は、普段から料理に携わっていたので、莉奈の説明で何となく理解していた。(何の角かは訊いていたけど)
だが、完全な初心者アーリャは、ツノが立つという比喩表現すら分からないらしい。莉奈が普段何となくしていた説明は、基本を知っているからこそ、成り立つのだと思い知る。
「どうせなら、立派な角を立てたいな」
「……」
至極真面目にそう言うアーリャに、エギエディルス皇子は唖然だ。
ツノが立つくらいと言ったせいで、泡立てて固くなったメレンゲの中に、何かの動物のツノをブッ刺すとでも思ったみたいである。
残念ながら、卵白をいくら泡立てても、メレンゲの上には角は立たないだろう。いや、虫の角くらいなら立つかもしれないが……今のところ立てる予定はない。
「立派な角って……あなた何を言っているのよ?」
「え、何って、立派な角を立てたいなと?」
いたって真面目なアーリャに、アーシェスは盛大なため息を吐いた。
「ねぇ、リナ。角が立つくらいって、しっかりと泡立てるって意味でイイのよね?」
莉奈も唖然としていれば、料理経験のあるアーシェスが、何となく理解出来たらしく訊いてきた。
突拍子もない事をするのが莉奈だ。万が一もありそうだし、一応確認したかったらしい。
「あ、そうですね。泡立て器で持ち上げられるくらいにしっかりと」
「ボウルをか?」
「もう、卵白に決まっているでしょう!?」
アーリャが疑問を口にしていれば、アーシェスがツッコミを入れていた。
しっかり泡立てれば、ボウルも持ち上がるかもしれないが、試した事はないので頷けない。アーリャの発想には莉奈も驚くばかりである。
とにかく、莉奈がする説明を、アーシェスがアーリャに説明し直す事で落ち着いた。
アーリャはお嬢様を通り越して、厳重な箱に入れられて育った王女様で、現公王。何も知らないのは仕方がない。
「ボウルの下に、濡れたフキンを敷いて置くとズレないので使って下さいね」
莉奈は濡れたフキンを、エギエディルス皇子とアーリャに渡した。
攪拌する時に手で押さえているより、濡れたフキンを敷くとボウルが固定されるので、泡立て器に力が入りやすいので楽になる。
なるほどと、アーシェスがボウルの下に濡れたフキンをしいていた。
「では、頑張って泡立てて下さい」
莉奈はとりあえず説明を終えると、魔法鞄から"豪神ナックルダスター"を取り出し装着する。
これを着けると補正効果のおかげで、戦闘能力が爆上がりになるのは検証済。
その数ある補正の1つ"瞬発力"が、もしかしてメレンゲ作りに役立つのではと考えたのだ。
「……お前」
何をやるつもりだ? と不審がるエギエディルス皇子を横目に、莉奈は泡立て器を手に持ち、卵白に集中する。
ーーシャカシャカシャカシャカシャカ!!
想像通りに、莉奈の手が素早く動いた。
その速さは……まるでハンドミキサーが如くである。
「……」
エギエディルス皇子は、高速に動く莉奈の手を見て、口をポカンと開けていた。
まさか、武器をそんな風に使うとは思わなかったのだろう。
「……イカレた使い方をしやがる」
その武器をあげたフェリクス王も、呆れ笑いをしていた。
自由に使えばイイと渡したが、そんな使い方をするとは想定外だ。
もちろん、ナイフや斧など、武器の中には違う用途に使う事もある。しかし、それは元からそう使う物を、武器として活用しているだけ。
拳を護り打撃を強化するための武器"ナックルダスター"は、どう転んでも武器から逸脱しない物だと考えていた。だが、それは固定観念だったと、フェリクス王は思い知る。
補正効果があるとはいえ、ナックルダスターを調理補助として使用するのは、後にも先にも莉奈だけだろう。
「面白い事を考えますね」
同じ様に、驚き感心していたのはローレン補佐官だ。
莉奈の発想は、いつも斜め上で感服さえする。ナックルダスターの補正を上手く利用しているなと、納得していた。
「リナらしいですね」
シュゼル皇子も、にこやかな表情で感心していた。
物騒な武器を、平和的な使い方もあると見せたのだ。それが何とも莉奈らしいなと、フェリクス王達は思うのであった。




