667 得意、不得意
不安なのは兄アーシェスも同じらしく、アーリャのサポートに回る様だ。
現状、包丁とか凶器になる様な物はないが、ボウルがアーリャに向かって飛ぶかもしれない。
万が一もないとは言い切れないし、アーシェスが側にいてくれるなら、これ以上の被害はないだろう……と莉奈は安心し、さらに説明を続ける。
「で、卵黄に薄力粉を混ぜたら、今度は取り分けた卵白を、魔法でシャーベット状に」
デザートを作る予定などなかったので、冷やした卵白など用意していないし、冷凍庫で冷やすにはそれなりに時間が掛かる。
待たせる訳にはいかないし、冷やした卵白の方が泡立てやすいので、魔法を使う事にした。
しかし、まだまだ魔法を使いこなせていない莉奈は、スッとエギエディルス皇子にボウルを渡す。
冷やすと言ってもカチコチに凍らせると、そもそも泡立てられないので、シャーベット状態がベストだ。だから、エギエディルス皇子に頼んでみた。
「お前……サラッと難しい事を言うな」
急な魔法の要望に、エギエディルス皇子は目を見張った後、眉間にシワを寄せる。
魔法は、加減知らずのド派手な魔法の方が楽で、どっちつかずの様な中途半端な方が難しい。
ただ単に凍らせるのであれば、氷の魔法を対象物にフルで使えばイイから簡単だ。
しかし、シャーベット状は凍る一歩手前。魔力の加減をしなければならないので、難しいのである。
「料理に魔法を使うのか」
アーシェスや護衛にフルサポートされながら、卵を卵黄と卵白に分けていたアーリャの手が止まった。
料理は初めてだったが、魔法を使うとは想像していなかったのだ。
「では、リナのは私が」
魔法でよければ手を貸すと公言していたシュゼル皇子が、パチンと指を鳴らせば、莉奈のボウルが白く凍っていた。
ボウルがここまでキンキンなら、卵白もガッツリ冷えていそうだ。
「ありがとうございます」
「は? 俺のは?」
莉奈がお礼を言う隣では、エギエディルス皇子がツッコんでいた。
ついでなんだから、やってくれと文句を言っている。
「頑張りましょうね?」
魔法の練習だとシュゼル皇子が微笑んだ。
やってあげればイイのに、シュゼル皇子もフェリクス王と同じく、中々の鬼教官である。
「マジかよ。ちぇっ」
口を尖らせながら、エギエディルス皇子は卵白が入っているボウルを魔法で冷やしていた。
なんだかんだ言っても、エギエディルス皇子も兄2人に鍛えられているので、魔法の使い方は上手い。
シュゼル皇子のやったのを見て、卵白に直接氷魔法を掛けるより、ボウルをキンキンに冷やした方が効率的だと考えたらしく、器用に魔法を使っている。
「燃やすのは得意なんだが……」
エギエディルス皇子を見ていたら、アーリャの物騒な呟きが聞こえた。
エギエディルス皇子が上手く魔法を使っている隣で、うぬと唸っている。どうやら、氷魔法は苦手らしい。
しかし、"燃やすのが得意"という言い方が、何とも気になる。ならば、普段は一体"何を"を燃やしているかと。
ーーピシッ。
一瞬、ラップ音みたいな音がしたなと思ったら、何故かアーシェスと護衛2人の足元が凍り付いていた。
莉奈の足はギリギリセーフだったが、冷凍庫を開けた様なヒヤリとした冷気が足元に漂う。
「誰が足を凍らせろと言ったのよ」
それを見ていたアーシェスの頬が引き攣っている。
やはり、火魔法は得意でも氷魔法は苦手なのだろう。
唸っているアーリャの後ろでは護衛達が、青ざめながらパキパキと小気味良い音を奏で、地面から足を引き剥がしていた。
「もう一回やってみよう」
「やめてちょうだい。凍死したくないから」
護衛と同じく、足を地面から引き剥がしたアーシェスが止めている。
今は足で済んだが、今度は身も凍らせられるかもしれない。シフォンケーキが完成する前に、氷の彫像が何体か出来そうだった。
「大袈裟だなアーシェスは、料理も魔法も練習だ」
「他所でやってちょうだい」
ハハハッと笑うアーリャに、アーシェスが全力で止めていた。
料理の失敗なら、食べなければ影響はないが、魔法の失敗は命懸けである。練習するにしても、人がいない所でやれと、アーシェスは言う。
アーリャはアーシェスの言葉に不満そうだったが、周りの何とも言えない視線に諦めるのであった。




