666 簡単、ふわふわシフォンケーキ作り
ーー星々が煌く夜空。
エギエディルス皇子にホッコリしたところで、光魔法で辺りを照らす街灯の下、莉奈はシフォンケーキを作る事にした。
夜に屋外で作るシフォンケーキは、まるでキャンプみたいな感じがして、ちょっとテンションが上がる。
面倒だなと思っていたけど、これはこれであり。
とりあえず、魔法鞄から、さっき串焼きを焼いた大きなバーベキューコンロをドカリと取り出し、作業台の近くに置く。
その上に今度は網や鉄板ではなく、中に石を敷き詰めた大きな鉄鍋を、炭の上に直接乗せた。本当なら中敷きは網なんだけど、鍋用の網を作ってもらう時間がなかったのだ。
だから、中敷き代わりに小さな石を用意した。これなら、石焼き芋も作れるし、中敷き代わりにもなるしイイかなと。
石の入った鉄鍋の蓋の上に熱々の炭を載せて置けば、準備をしている間に熱くなるだろう。ならなければ、魔法で強制的に熱くしちゃえばイイ。
蓋に炭を置く前に石は偏っていないかなと、鉄鍋の蓋を開けて確認していたら、隣にいたエギエディルス皇子が眉間にシワを寄せていた。
「お前、とうとう石まで食うのか」
「食べないよ!」
どうやら鍋底に敷き詰めてある石を、煮て食べるとでも思ったらしい。
小竜もエギエディルス皇子も、一体私を何だと思っているのか。
「直火だとすぐに焦げるから、石を敷いて蒸し焼きにするんだよ」
もちろん、コレは蒸すと言っても水はいれず、熱で蒸す感じ。
軍部の倉庫に鉄鍋があったので、ダッチオーブンみたいにして、使えるのではと考えたのだ。
せっかく外にいるし、キャンプ料理っぽい方が絶対楽しい。
「ふ〜ん」
基本的に、莉奈の言う事をあまり信用していないエギエディルス皇子が、生返事をしていた。
国境の町マヨンで、ゴーレムの変異種イブガシアンを、削って食べるのかと訊いたせいもあるだろう。あの岩の魔物ゴーレムでさえ食おうとするなら、ただの石もありえると思っているのかもしれない。
食べるつもりで【鑑定】していた訳ではないのに、とんだ勘違いである。
「今回のシフォンケーキの材料は、卵、砂糖、薄力粉の……3つ。それらを混ぜて焼いたら、出来上がります」
作るまでに工程がいくつかあるが、簡単に言えばそんな感じだ。
牛乳や生クリームを入れたり、バターを入れたりする作り方もあるが、アーリャも参加するので、今回は材料が少ない簡単な方法にする。
先程、作業台に出した材料を改めて並べ、莉奈はとりあえずザックリと説明した。
「なるほど」
そう頷いたアーリャの背後には、護衛2人がしっかりと付いている。
だが、今は莉奈が何かするかも……という心配からではなく、普通に興味があるので、一緒に見ているというのが正解だろう。
「まずは、卵を割って卵黄と卵白にーー」
莉奈が説明していたら、パキッと小気味良い音がした。
「あれ? 卵って意外と脆いんだな」
見ればアーリャの手から、卵の中身がデロンと垂れている。
力加減が分からなかったのか、卵が手の中でグシャグシャになっていた。
「……」
まさかのそこから。
莉奈は衝撃を受けながら、アーリャに手洗い用の水をボウルに入れ、タオルと一緒に差し出した。
大抵の場合は、家庭科の時間や親の手伝い、テレビなどを観たりして料理は何となく学ぶもの。だが、アーリャは王族だ。
親が料理をする事がないのだから、それを手伝う事もないのだ。
そうなると当然、料理作りに参加や見学する機会などなかっただろう。基礎とか基本とかいう以前に、素材も調理器具の扱い方も、まったく知らないのかもしれない。
「すまないな」
「……いえ」
これは、弟とやった時よりも手こずりそうだ。
莉奈が改めて気合いを入れていれば、隣で卵を割っていたエギエディルス皇子が鼻で笑っていた。
「卵くらい俺でも割れるぞ」と。
そんなエギエディルス皇子の手元を見て、莉奈は小さく唸った。
「残念〜、エドもやり直し」
「え?」
「黄身が割れてる」
エギエディルス皇子が割った卵は、卵黄が割れて卵白に混じっていた。
後で卵黄と混ぜ合わせるとはいえ、卵黄が少しでも入ってしまったら、油分が邪魔をして上手く泡立たない。もちろん、ボウルに水分が付いていても同じである。
ハンドミキサーかフェリクス王なら、多少卵黄が入っていようが、全卵だろうが泡立つだろう。だが、エギエディルス皇子には無理だ。
「……ちょっとくらい」
「殻も入ってるよ?」
「……」
妥協したい気持ちも分かるが、ふわふわのメレンゲが出来なければ、シフォンケーキもふわふわにはならない。残念だけどやり直しである。
自分は出来ると、ちょっと自慢したかったエギエディルス皇子は、ガックリと肩を落とす。卵を潰した訳ではないが、使えなければ同じだ。
「あ、でも、それは後で私が泡立てるから、エドはもう一回割ってみる?」
残念そうにしているエギエディルス皇子に、新しい卵とボウルを渡す。
せっかくエギエディルス皇子が割ってくれた卵を、使わないのは何だか気が引ける。
そこで秘策を思い付いた莉奈は、エギエディルス皇子の割ってくれた卵も使う事にした。
「イイのか?」
「誰だって失敗はあるからね? それに、これはエドが割ってくれた卵だもん。ちゃんと使うよ」
と莉奈が笑えば、エギエディルス皇子が照れ臭そうに笑い返してきた。
エド、かわゆす。
莉奈の疲れは、さらに吹き飛んで行く。
エギエディルス皇子が2度目に挑戦した卵は、力加減もしっかりしたおかげでキレイに割れ、黄身も割れずに卵黄と卵白に分けられた。
そんなエギエディルス皇子が、「へへっ」と誇らしげに見て来るから、莉奈の口元は緩んでしまう。可愛過ぎて、思わず頭を撫でてしまいそうだ。
しかし、そんな事をしたら、絶対嫌がるのは分かっているから、理性を抑えるのに必死である。
「んじゃ、その取り分けた卵黄に、そこにある薄力粉を大さじ1杯くらい入れて、良く混ぜておく」
「このくらいか?」
「うん、そのくらい」
エギエディルス皇子が、スープ用のスプーンで掬った薄力粉は、摺り切りよりちょっと多いくらいだった。
しかし、極端に多いとか少ないとかでなければ、多少の誤差は大丈夫なのが、このシフォンケーキのイイところ。
なので、エギエディルス皇子が掬ったザックリ1杯でも問題なし。
初心者ならスープ用スプーンではなく、計量スプーンでやった方が確実だが、普通のスプーンでも山盛りや特盛にしない限り、大さじと大体同じくらいになるので、家庭でやるなら厳密に計る必要はない。
ちなみに、料理に興味がない人は、大さじの基準も知らないので、お玉かな? と思う人もいるそうだ。だから、しっかりと基本は学んだ方がイイ。
現に説明を聞いていたアーリャも、大さじが分からなかったらしく、キョロキョロとした後に、近くに置いてあったココット皿を手に取っていた。案の定、"大さじ=大きな何か"と誤変換した様だ。
静観していたアーシェスが、慌ててスプーンを手渡している。まぁ、ボウルでないだけマシかもしれない。
「どうなるまで混ぜるんだ?」
「粉っぽさやダマがなくなるまでしっかり」
あまり混ぜないのは良くないが、混ぜ過ぎで困る事はないので、ガンガン混ぜて貰ってイイ。
ちなみに、これから作る簡単シフォンケーキのレシピは、卵1個に対して薄力粉が大さじ1杯。
卵1に対して薄力粉も1杯なので、卵2個なら薄力粉も2杯だ。
このレシピは覚えやすくて簡単だから、莉奈の【技量】がなくても頭に入っている。
ーーカンカラカン。
エギエディルス皇子の混ぜ方を見ていれば、派手な音がした。
何だ何だと見てみれば、作業台の端にボウルが転がりクルクルと回っている。
「悪い、手が滑った」
「滑るも何も、あなたまだ何もしてないじゃないの!」
アーリャが何かしたらしい。
空っぽのボウルがクルクル回り、作業台の上で悲しく割れた卵があった。
何をすればボウルが吹き飛ぶのかと、アーシェスにツッコまれている。
アーリャは料理がどうこう云々より、不器用なのかもしれない。後ろで控えている護衛2人も、手伝うべきかどうするべきかオロオロしている。
そんなアーリャを見て、莉奈はシフォンケーキが出来るまで、一体何個の卵が犠牲になるのか、不安しかなかった。




