664 今、作るとは言ってなかったのに……
ーー結局。
何やかんやとあったものの、フェリクス王は虹色の玉を切ってくれた。
しかも、なるべく溢さない様に配慮してくれたのか、玉の上部にスプーンが1つ入る程度にスパンと。
フェリクス王は基本的に大雑把だけど、こういう所は細やかである。
フェリクス王の持つ三日月刀の美しさもさる事ながら、その見事で精密な刀技に、アーリャ達も見惚れていたくらいだった。
だが、正直なところ、そんな玉に刀技を使うのではなく、魔物と戦う姿が見たい。豪快かつ、優雅に戦うんだろうなと、護衛2人は想像する。
世界最強と謳われるフェリクス王の刀技を、思いっ切り見たいという欲望が湧くのを、抑えられないのであった。
アーリャ達がそんな事を考えている中、莉奈とシュゼル皇子の興味はもっぱら虹色の玉だ。
斬ってもらった虹色の玉からは、トロリとした虹色の液体が、少しだけ溢れ落ちている。
「どんな感じかな〜」
味見をしなければ、何も作れない。
莉奈は躊躇いもなく、切れた玉にスプーンを突っ込み、蜜を掬った。虹色をした蜜はスプーンで掬うと、ハチミツくらいにトロンとしていて、濃厚そうに見える。
ーーパクッ。
「お前、よく平然と口に入れたな」
エギエディルス皇子が驚愕していた。
シュゼル皇子が【鑑定】したとしても、普通は躊躇うものだ。しかし、莉奈は好奇心が勝るのか、勇気があるバカなだけか、微塵も躊躇わない。
相変わらずの強靭な精神に感服しつつ、エギエディルス皇子が見ていれば、莉奈の身体がピカッと一瞬光を放った。
これには、さすがの莉奈もビックリである。
「は?」
エギエディルス皇子が、今のは何だと目を擦っていた。
昼間なら、そこまで気にならない光だとしても、今は夜。
莉奈がピカッと光ったのは、誰の目からでも明らかだった。
「身体はどうですか?」
【鑑定】したシュゼル皇子には、莉奈に何が起きたのか分かっているらしい。微塵も驚かずに、冷静である。
「何か、身体がスゴく軽いです」
キズやケガをしていないので、治癒効果があるのかまでは分からないが、舐める前と舐めた後では、身体がまったく違う事だけは分かった。
まるで、凄腕のマッサージ師に身体を解してもらったかの様に、身体が軽い。これからまた歩けと言われたら、再び歩けそうなくらいに、気分爽快である。
「マジかよ」
エギエディルス皇子が驚いていた。
「マジだよマジ」
治癒能力や疲労回復効力があるだけでなく、甘くて美味しいのだから不思議な蜜である。
砂糖のガツンと来る強い甘さとは違い、ふんわりとした上品な甘さで、クセがない。何より、口に含むと鼻から仄かに花の香りが抜け、それがまたアクセントとなってクセになりそうだ。
ハチミツとメイプルシロップ、その中間みたいな感じで、とにかく美味しい。
「シフォンケーキに掛けて食べたら最高かも」
ふわっふわのシフォンケーキに、濃厚なバターや生クリーム。
そこに、この蜜をたっぷりと掛けたら、最高のデザートになるだろう。
莉奈が想いを馳せていたら、シュゼル皇子とエギエディルス皇子がこちらを見ていた。
「シフォンケーキって何だ?」
「え?」
「パンケーキや、ショートケーキとは違うんですか?」
「え?」
「「"シフォンケーキ"」」
「……」
オカシイな……口に出した覚えはないのだが、身体が軽くなったのと同時に、口も軽くなっていたらしい。
「エド、お腹いっぱいじゃなかった?」
「さっきはな」
シレッとそう言ったエギエディルス皇子。
お腹がいっぱいだと言って、ダンバルエリゼは食べられなかったのに、今は入るのか。
「よろしくお願いしますね?」
チラッとシュゼル皇子を見たら、暗闇でも分かるくらいの眩しい笑顔で、お願いされてしまった。
「え、いや、屋外ですし?」
「外だと作れないのか?」
「……」
エギエディルス皇子にそう訊かれた莉奈は、思わず黙ってしまった。
だって、バーベキューコンロを持ってきちゃったから、火元があるから作れてしまう。
莉奈は言い訳を考えてみたが、エギエディルス皇子のキラッキラの瞳と目が合えば、嘘が吐けなかった。
焼き肉なんてしたせいで、火がありませんとは言えないし、たとえ氷菓子だとしても、魔法が使えるシュゼル皇子がいるのだから無駄である。
材料がないと、言い訳でもしようか? と思ったけど、シュゼル皇子の笑みが怖い。もはや、何を言っても無駄な気がする。
「"魔法"が必要な時は遠慮なく言ってくださいね?」
「ワカリマシタ」
まぁ、そんなに難しくないし、作りますかと莉奈は諦めた。
さっき味見した虹色の蜜のおかげで身体も軽いし、肉体的には苦痛ではない。何より、自分より疲れているだろうエギエディルス皇子のために、頑張って作るかと気合いを入れたのであった。




