652 いざ、実食!
1人はヒュージャーピッグ串、もう1人はブラッドバッファロー串だ。
味付けは、肉の味をダイレクトに感じてもらいたいから、塩胡椒オンリーの物を出した。美味しい肉は、無駄な味付けなどいらない。むしろ、シンプルな方が肉の旨みを感じて、美味しいと思う。
「「……っ!?」」
皆が見守る中、2人は勢いよくひと口齧り付けば、カッと目を見開き止まった。
炭焼き特有の香ばしい香りと、鶏肉のしっかりした旨みが溢れるロックバードのジュース。ほどよい塩味が、さらにロックバードの旨みを引き立てる。
ブラッドバッファローの牛串は、外はカリッとしているが、噛み締めると牛肉の旨味が溢れてきた。塩と胡椒が合わさると、旨味がさらに口いっぱいに広がって幸せだ。
ヒュージャーピッグは、それよりもさらに香ばしい香りがする。
外側がカリカリッと焼かれているからだろう。しかし、その焦げに近い焼き色がちょうどイイ。程よく脂が抜けた脂身が、カリッとして甘くて美味しい。
噛み締めれば噛み締めるほどに、旨味が出てきて、思わず口端が上がる。
「んんっ!? 美味しいっ! え、鶏肉と変わらない? いや、鶏肉より旨みが強くて美味しい。信じられないな、あのロックバードが……こんなにも美味しいだなんて」
アーリャはロックバードの焼き鳥を口にし、美味しい美味しいと連呼した後、ほぉとため息を吐いていた。
なにせ、鳥系の魔物は、群をなす事が多くて厄介な部類。
ウクスナ公国にも生息していて、特にモルテグル近辺のヴィースラ大草原によくいる魔物だった。その近辺を魔馬で走れば、時折り追いかけて来る事もある。
そんな鳥の魔物が、こんなにも美味しいだなんて、想像した事もなかった。
「なっ!? え? ブラッドバッファローも、スゴくジューシーで美味しいですよ!! アーリャ様」
「このヒュージャーピッグも、他の肉に負けないくらいに旨い」
魔物の肉だから、きっと臭みとかエグみがあると想像していたが、そんな事は一切なかった。
むしろ、久々に食べた肉が身に染みていく様で、身体が歓喜に震えているくらいだ。どうしてこんなにも美味しい肉を、切り捨てていたのか、後悔しかない。
アーリャ達が複雑な気持ちで食べていれば、上空ではガァーと何かの鳴き声がした。
「「「え? ひょっとして、あのマルガイラも美味しいのか!?」」」
魔物肉に魅入られたアーリャ達は、反射的に空を見上げる。
莉奈の出してくれた魔物は、どれもこれも美味しく頂けた。ならばと、思わず見上げてしまったのだ。
そこには、何も知らないマルガイラが、数羽旋回している。マルガイラもきっと、自分を食べようとする人間が増えるだなんて、想像すらしていないだろう。
「えーと、マルガイラは肉付きが悪いみたいです。だから、皮を剥いだ後、ブツ切りにしてスープにすると、美味しいと思いますよ?」
莉奈も、まだ食べた事のないマルガイラ。
【鑑定】して視た時に、肉付きは悪いと表記されていたが、マズイとは書いてなかった。解体すらしていないので、食べられる量も分からない。
だが、鶏ガラスープならぬマルガイラスープも、美味しい予感がする。
「スープか……」
とアーリャも、莉奈みたいにマルガイラを見て呟くものだから、アーシェスは何とも言えない表情をしていた。第二の莉奈にならなければイイなと。
「あ、じゃあ、私は皆さんに、味見してもらいに行って来ますね」
アーリャ達は美味しいと言ったのだから、許可を得た様なもの。
先程しまったダンバルエリゼをテーブルに出すと、莉奈は軽い足取りで門扉へと向かうのであった。
「確かに、魔物が食べられるなら、食料には困らないな」
莉奈を視線で見送りつつ、アーリャは感慨深そうに呟いた。
家畜を飼育する土地はいくらでもあるが、魔物に襲われない場所となると、途端に狭まってしまう。防壁の外は広いが、そこで家畜を飼育すれば、魔物に餌を与えるのと同じ事。
だが、内側はすぐ育つ葉野菜が主となっていて、家畜は少ない。
それを兵士達ばかりに優遇すれば、贔屓だと不満が起きる。アーリャとしても、頭の痛い問題だったが、これで肉に関しては万事解決するだろう。
「だからって、何でも口にするのも良くないわよ?」
ヴァルタール皇国は、特殊な【鑑定】持ちの莉奈がいるからこそ、害なく魔物を食べられるのだ。
それを知らず、何でも食べてみようと真似をすれば、絶対痛い目を見るだろう。アーシェスはアーリャに、そう注意する。
「分かっているさ」
今、それを知ったからといって、すぐに皆に支給するつもりはない。
一国の主として、もう少し詳しく訊き安全性を確かめてから、皆には提供する考えでいる。
「ん!? 氷菓子かこれ!! 下のサクサクしたのは何だ?」
ダンバルエリゼを口にしつつ会話をしていたが、ダンバルエリゼのあまりの美味しさに、話に集中出来なかった。
「それが、ラング・ド・シャよ。冷たいのはミルクアイスね」
「旨いだろ?」
人の好みはあるものの、莉奈の作る物にハズレはない。
アーリャの良い反応に、エギエディルス皇子は、まるで自分が褒められた様に嬉しかった。
「蛮族と言われるヴァルタールが、こんなに美味しい物を食べているとは……」
「"蛮族"は余計だ」
アーリャがわざとらしくそう言えば、フェリクス王が呆れていた。
蛮族とは、他国がヴァルタール皇国を揶揄する時に、良く使う言葉である。どの国も魔物を恐れているのに、ヴァルタール皇国だけは違う。
最強と謳われる竜を従えているだけでなく、その国の王はその竜さえも瞬殺するくらいに強い。そんなヴァルタール皇国は、他国から羨まれると同時に疎まれていた。
「悔しいんだよ」
アーリャは、ため息混じりにそう呟いた。
相手を悪く言わなければ、自国の矜持がズタズタだからだろう。アーリャでさえ、そう思う時があるくらいだ。
自分がフェリクス王の様に強ければ、あるいは竜がいたらと、何度となく思った事か。
だが、思っていても始まらない。ないモノを強請るより、今出来る事をやるしかないのである。




