618 違う違う、そうじゃない
ウルッシュバードを回収して戻って来ると、フェリクス王は近くにあった岩に腰掛け、アーシェス達と何やら話をしている最中だった。
「逃げられたみたいね」
そう言って苦笑いしていたのは、アーシェスである。
遠目でも、ウルッシュバードが全速力で逃走していたのは、分かったらしい。
「でも、あの人達が少し倒していたので、それを貰って来ました」
「ちゃっかりしてるわね」
手ぶらで戻って来ないところが莉奈らしいと、今度は笑っていた。
「何を話してたんだ?」
エギエディルス皇子は、フェリクス王達の話の内容が気になっていた。
軽い雑談かもしれないが、耳にしておきたかったらしい。
「山間を越える前に一旦野宿するか、このまま突っ切るか話をしていたところだ」
エギエディルス皇子の問いに答えたのは、フェリクス王である。
どうやら、想定外に寄り道(食材に目が眩む)が多く、日程変更を余儀なくされているようだ。
旅の日程変更はよくある話。普通の旅行でさえあるのだから、魔物が蔓延る世界では当たり前だろう。
ただちょっと違うのが、魔物討伐ではなく食材確保の方向なのだから、笑えるそうだ。
「何ですか? 突っ切るって?」
「夜通しって事ですよ」
「え? モルテグルまで??」
莉奈が疑問の声を上げれば、ローレン補佐官が答えてくれた。
寄り道しまくりだったために、想定以上に時間がズレたそうだ。
モルテグルに行く道には、目指していた山間を通るのが近道なのだが、そこに着く頃には日が暮れる。
ただでさえ、真っ暗な状態で戦っても心身共に疲弊するだけなのに、キラーアントがいるかもしれないのだから危険だ。
ならば、今日はこの辺りで一旦野宿し、明るくなってから一気に向かうか、それともこのまま一気にモルテグルまで向かい、到着してから野宿するかの話し合いをしていたらしい。
どの道、野宿は確定だそうだ。
何故なら、日が暮れてからモルテグルに着いても、中には入れないからである。
大抵の町や村は安全のため、日の出と共に開門し、日の入りと共に閉門するからだ。
当然、ウクスナ公国の首都モルテグルでも、夜間の入出門は禁止されている。なので、到着しても朝まで門前で野宿という訳だ。
ちなみにヴァルタール皇国では、警備兵に手練も多く統率力があるので、町や村によっては夜間も入出門出来る。
だが、入門に関しては、夜間割り増し料を支払わなければならないし、チェック体制が厳しいそうだ。
「私は、早朝から向かった方がイイと思うのよね」
休憩なしで夜も歩くのかと、唖然としていた莉奈に同情したのは、アーシェスである。
草原でさえ月明かりだけで戦うのは危険過ぎるのに、山間はその月明かりさえ遮られるのだ。
さらに、群れを成す魔物がいる可能性すらあるのだから、わざわざ夜に行かなくてもイイのでは? と思っていた。
だが、フェリクス王は真逆の考えみたいだ。
「暗闇だからこそ面白い」
むしろ、危険な状況下に身をおく事を、心底愉しんでいる。
凶暴で危険な魔物ほど夜行性が多いのだから、フェリクス王にしたら望むところだろう。昼間の散策より、テンション爆上がりに違いない。
「私はどちらでも構いませんけどね」
見た目に反して、割と好戦的な思考なのはローレン補佐官だ。
軍部で扱かれているのか、体力的にも問題ないらしい。凶暴な魔物である程、フェリクス王の勇姿が見れると、ワクワクしている感じだ。
ランデル達は無言である。
飯目当てに無理矢理付いて来た様なものだし、意見を言う立場ではないので弁えていたのだ。
夜通しだろうが何だろうが従うだけ、今さら離脱する気はない。むしろ、その話を知り、自分達が参加しないのは冒険者の名折れである。
なので、フェリクス王のやり取りを静観していれば、ランデル達すら首を傾げたくなる様な言葉が聞こえた。
「え、でも……暗いと、キラーアントの中に、蜜を溜めている蟻が交じっていても、分からないですよね?」
莉奈である。
闇夜で魔物と対峙する恐怖よりも、間違って蜜壺蟻の腹部(蜜のある部分)を破壊してしまうのではないかと、1人不満を口にしていた。
「「「……は?」」」
その言葉に誰もが皆"お前は何を言っているんだ?"である。
夜間帯の危険性に対する議論の最中に、何故お前だけは"食べ物"の心配をしているのだと。
「え?」
一斉に視線が集まり、莉奈はキョトンとしていた。
自分がいかに、可笑しな言動をした事に気付いていない。
「夜通しにするかどうかの話をしてる最中に、お前は何の心配をしてるんだよ!!」
「え? 蜜壺蟻?」
エギエディルス皇子の呆れた声に、さらに莉奈はキョトンとする。
魔物がどれだけ出ようが、ここには魔王がいるのだ。フェリクス王がいる限り、ケガや命の心配などする必要がない。
なら、莉奈の心配事はただ1つである。
食べたい物を、手に出来るか出来ないかだ。
「もう、あなたのその食への執着は、尊敬すら感じるわね」
はぁと、ため息か感服した声かも分からない声を上げたのは、アーシェスである。
莉奈からなら、ひょっとして"夜は危険"と声が掛かると思っていたのに、まさかの斜め上。莉奈が普通じゃないと、改めて感じたアーシェスだった。
「夜間移動について、何も言及はないんですか?」
今さらだけど、一応訊いておこうかなとローレンは思う。
ひょっとしたら、蜜壺蟻の事で頭が一杯になり、危険性を理解していなかったのでは? と感じたのだ。
だが、莉奈からさらに発せられた言葉に脱力する。
「皆さん、キラーアントに蜜壺蟻が交じっていたら、全力で死守して下さい!!」
「「「……」」」
違うだろう。せめて、自分の心配をしてくれ。
身の安全より蜜壺蟻の心配をする莉奈に、皆はもう何も言う事はなかった。
【本編とは関係ないお知らせ ↓】
何年か前に書いた"初恋シリーズ"を婚約前編として、
まとめたモノを投稿しております。(`・∀・´)今更…
"二度もフラれたけれど、今は次期侯爵さまに溺愛されて幸せです"
というタイトルで。
(誤字脱字を確認しつつ、毎日更新中)
婚約前編は、全31話で完結。
婚約後は……ないけれど( ・∇・)
甘いのがお好きな方は、よろしくお願いします。
( ´ ▽ ` )興味ない方は、失礼しました。




