603 何かを誤魔化すには……
ーーそれからさらに歩く事、1時間。
つまらない。
莉奈が感じたのはフェリクス王と同じ言葉だった。
決して魔物と戦いたい訳ではない……ないけれど、草と木ばかりの同じ様な風景が続くと、さすがに飽きてくる。
「つまらねぇんだろう?」
莉奈の表情を読んだフェリクス王は、俺の言った通りだろうとばかりに笑っていた。
何もない事はイイ事だが、何もなさ過ぎて多少の刺激が欲しくなるから不思議だ。
ずっと甘いデザートだけじゃ飽きて、ちょっと辛いモノやしょっぱいモノを食べたくなる感覚に似ている。
だからといって、フェリクス王の言葉に素直に頷きたくはない。
頷いたら最後。これ幸いとばかりに、訳の分からない魔物を呼びそうだ。
「食べられるモノも落ちてませんしね」
莉奈は誤魔化すかの様に、先程回収したウルッシュポッドの実を魔法鞄から取り出した。
一部を殻斗に覆われた実は丸く、ぷっくりしたドングリみたいでなんだか可愛い。外皮は胡桃と同じくらいかそれ以上に硬いが、ナックルダスターを装着した莉奈には関係ない。
指で捻れば、面白いくらい簡単にパキリと割れた。
中にはクリーム色の丸い種子が入っている。その種子を、莉奈は躊躇いもなく口に放り込む。
カリカリとしたナッツ特有の歯触りや歯ごたえは、マカダミアナッツみたいな感じだが、味はカシューナッツに似ている。
初めて食べる実だけど、どこか懐かしい感じがする不思議な味。
あぁ、コレを甘いチョコレートでコーティングしたら……シュゼル皇子が歓喜喝采するだろう。
まぁ、現状はカカオ豆がないから、彼の好きなミルクアイスにトッピングするか、クッキーに入れるぐらいかな。
「暇さえあれば、何か食うのヤメろや」
その行動に、エギエディルス皇子が呆れていた。
暇な時間を食欲で補うのは、どうかしていると。
「ボンヤリしてるより全然イイよ?」
ここは安全な場所ではないが、何もなさ過ぎて平和ボケしそうだ。
この何もない現状にポヤポヤしていると、突然の襲来に頭も身体も働かないと……言い訳してみる。
「普通にナッツみたいで美味しいよ?」
莉奈と違って、何も装着していないエギエディルス皇子に、ウルッシュポッドの実をパキリと割って渡した。
「それ、握力も上がるのね」
「いや、元からかも……」
ナックルダスターの性能に驚くアーシェスと、性能だけではない気がするとローレン補佐官の声が背後から聞こえた。
「素手じゃ割れませんよ!」
莉奈は一応反論しておく。
正拳突きで木の板や瓦は割れるが、指で胡桃を割ったりは出来ない。
そう莉奈が反論した横では、フェリクス王が肩を震わせクツクツと笑っていた。
「か弱い乙女だもんなぁ?」と。
日頃から莉奈が言う言葉を、ここぞとばかりに揶揄っていたのだ。
それを聞いた莉奈は、ムスリとする。
「か弱い乙女ですが何か?」
「実を割りながら言うセリフがそれかよ」
とフェリクス王はさらに笑った。
何故なら莉奈は、口ではか弱いか弱いと反論しながら、硬いウルッシュポッドの実を片手で割り、笑顔でそれをフェリクス王に差し出してきたのだ。
か弱い乙女もビックリの言動である。
「あぁ、普通にナッツだな」
食べた事はなかったが、味はクセがなく美味しい。
コレが酒になるのだと考えると、さらに味わいが増すというもの。数年後が楽しみだと、フェリクス王は顎をひと撫でしていた。
まだウルッシュポッドの実しか手にしていないのに、数年後には焼酎が出来ていると確信している様だ。
ここで普通なら、造り方が分からないのでは? とか、酒税法は? とか思うところだが……。
造り方は【鑑定】や【検索】が使える莉奈やシュゼル皇子がいるのだから、フェリクス王が知っていようがいまいが関係ない。
では酒税法は?
それはあくまで、莉奈みたいな一般市民ならばの話。
フェリクス王は一般市民ではなく、国王様だ。どうにでもなる立場な訳だし、なんなら始めから製造許可を持つ者に造らせてしまえば、すべてが解決だ。
伝手も資金も潤沢にあるって、もはや敵なしだよね。
そんなフェリクス王に呆れながら、莉奈が前方を見れば……。
先程と同じ様な景色が広がっていたが、どこか違和感を覚えた。




