566 聖木の存在
「素材や肉に興味がないんですかね?」
フロストローチの塊を後にしながら、莉奈は暢気にそんな事を考えていた。
莉奈達の魔法鞄の容量値は、規格外で基準にならない。
しかし、容量値はともかく、強い魔物が蔓延る場所に来る冒険者が、魔法鞄を所持していない訳がない。
腕試しだとしても、金になる素材をそのままにする者は、ほとんどいないだろう。なら、この獲物は目的の魔物でなかったか、素材に価値がなかったか、あるいは容量オーバーかそんなところだと想像する。
「"肉"に興味があるのはお前だけだし」
莉奈の言葉に反応したのはエギエディルス皇子だった。
莉奈のせい……いや、おかげで魔物を食べる様にはなったが、魔物を見てサラッと"肉"なんて口にするのは、莉奈だけである。
「え〜っ? でも、ロックバードみたいにからあげにしたら、最強に美味しい魔物がいるかもしれないじゃん」
そう言いながら、近くの木に止まっていた鳥を見たら、何故かピギャと変な声を出して飛んで行った。
「可哀想だから、その辺の鳥をそんな目で見るのはヤメろ」
「え、そんな目ってどんな目?」
ただ鳥がいるなと見ただけなのに、意味が分からない。
フェリクス王達は、エギエディルス皇子と莉奈の会話に笑っていた。鳥の心を知らぬは莉奈だけだと。
◇◇◇
「ねぇ、陽が落ちてきたけど、まさかこのまま夜通し歩いて行く訳じゃないわよね?」
先頭を歩くフェリクス王は、一向に休む気配を見せない。
不安になったアーシェスは、思わず声を上げた。
魔物がほとんど出ないからといっても、さすがに丸一日歩きっぱなしでは足が悲鳴をあげる。そろそろ休まないと、明日は足が痛くて動けそうになかった。
エギエディルス皇子も、表情にこそ出していないが疲労困憊の様で、それに対しての返答を待っているのか、チラッとフェリクス王を見た。
「しかも、さっきから何か道も違うわよね?」
ウクスナ方面に行った事があるのか、アーシェスは太陽の位置とマヨンからの方角を考慮し、行き先がおかしいなと感じたらしい。
「迂回してるからな」
「何でわざわざ迂回して行くのよ」
確かに普通なら、強い魔物がいれば迂回せざるを得ない。
しかし、フェリクス王がいる限り、どんなに強い魔物がいようがそんな事は関係ない。なら、早く着く道を選ぶのが定石ではないのか。
アーシェスは疲れ過ぎて、文句の一つくらい言いたくなっていた。
「この先に"聖木"があるらしい。そこで野宿する予定だ」
そうフェリクス王が口にすれば、アーシェスとローレン補佐官が驚愕の表情に変わった。
「ちょ……"聖木"!? そんな訳……」
「ウクスナ公国の聖木って、首都にあるのが唯一のハズじゃ」
グルテニア王国から離脱したウクスナ公国には、聖木は1本しか存在しない。
しかも、その貴重な聖木は、ウクスナ公国の首都モルデグルにあるのだ。なのにフェリクス王は、そのモルデグル以外の聖木の事を言っている。
となれば、まだ公に知られていない2本目の存在が……?
「だが、あるという噂がある。イイ機会だから、ついでに確認しておこうかと思ってな」
「「……」」
アーシェスとローレン補佐官は顔を見合わせていた。
信頼出来る筋の話ではなく、あくまで"噂"程度で確定ではない。その不確かな情報のために、目的地から離れた道を通る事となった。
そちらに目的地があるならまだしも、完全に逸れるのである。本来ならしなくてもイイ迂回。それが、命に関わる可能性もある。ましてや、誰かに依頼された訳でもないのだから、普通なら絶対しない。
ウクスナ公国の者なら、自国の事なので確認する必要があるかもしれないが、フェリクス王はウクスナの人間ではない。しかも、身に危険がある事案だ。他国がどうこう以前に、王がするべき事ではないのである。
だが、フェリクス王だからこそ、魔物が蔓延る場所であっても"ついで"程度で済む訳で……。
莉奈は、ついでが遠いなと遠くを見たら、すっかり陽が傾き星々が輝き始めていた。
いくらこの世界に月が2つあるとはいえ、昼間ほど足元はよく見えない。
莉奈はゴソゴソと、簡易ランプを魔法鞄から取り出しながら、チラッとフェリクス王を見た。
「それってどのくらいで着きます?」
足がどうこうより、お腹が空いた莉奈。
食べ歩きも楽しいが、ゆっくり腰を据えて食べたい。
とりあえずでも道のりがどのくらいか、ザッとでイイから知りたかったのだ。
「知らねぇ」
「「「……」」」
まさかの返答に、莉奈達は唖然である。
確かに行った事がないのだから、そうかもしれないけど……。
もはや、モチベーションを上げるための目標がなくなってしまった。
「まぁ歩いてれば、そのうち着く」
ですよねぇ。陸続きであれば、どこであろうが歩いていれば、いつかは着く。
だが、訊きたいのはそこではない。
そう言って笑うフェリクス王に、莉奈達はもはやぐうの音も出なかった。
◇◇◇
「眉唾物ではないのかもしれませんね」
道なき道を歩く事、さらに小一時間。
ローレン補佐官は辺りを見回し、そう口にした。
「危険を知らせる印かもしれないけどな」
そのローレン補佐官の言葉に応えたのは、エギエディルス皇子だった。
エギエディルス皇子も疲れた身体に鞭を打ちつつ、辺りをしっかり警戒していたらしい。
フェリクス王の後を付いて行くと、徐々に木や道に変化が現れたのだ。
うっそうと生えていた木の一部に、剣か何かでワザと傷を付けた跡や、強引に切り倒した木があったのだ。
まるで、こちらに何かあると、誘導するかの様に。
ゴルゼンギルに向かう道すがらの大木にも印があったが、これはバツ印で危険を知らせる感じではなく、行き先を教えているみたいだった。
ただ、最悪な事に悪質な例もある。
ワザとイイ物があると誘導し、危険な場所に行かせようとしている可能性も、完全には否定は出来なかった。
しかし、その嫌な懸念も払拭するモノが見えた。
「聖魂だ」
莉奈は目の端にチラッと見えた仄かな明かりに、目を見張った。
辺りは真っ暗で、明かりと言えば手に持つランプだけ。だが、それとは別に、遠くの方に薄っすらと明りが見えたのだ。
さらに先を歩き目を凝らせば、小さな明かりがふよふよ浮いているではないか。聖樹の周りに浮遊していた聖魂とは少し小さく、色も薄い青色と違うが、おそらく間違いないだろう。
「聖木がある可能性が高くなりましたね」
ローレン補佐官も聖魂を確認したのか、莉奈と同じく驚きの声を上げていた。
まさか、新しい聖木の存在を確認出来るとは、想像していなかったのだ。




