562 誰もいかない未開の地……?
「うわっ!」
「大丈夫ですか?」
湿った落ち葉に足を滑らせた莉奈は、近くにいたローレン補佐官に咄嗟に腕を支えられ、転ばずにすんだ。
「ありがとうございます」
ゴルゼンギルに向かって歩いていた道よりも、マヨンからウクスナ公国の首都に向かう道の方が悪い。
陽が当たっているのに、何となく薄ら寒い気もするし、地面はしっとりしている。雨上がりの道ではないのに、土は湿気がスゴい。
マヨンにいた時と同様に、太陽は見えているのに、明るさが若干違う気がした。ヴァルタール皇国の陽当たりを10とするなら、ウクスナ公国の陽は8くらいな感じだ。
薄暗い訳じゃないけど、レースのカーテンを隔てた陽の光みたいで、少しだけ違和感がある。
「瘴気が濃くなってくると、霧や靄みたいに感じるんだよ」
莉奈が空を見上げて不思議そうにしていれば、その理由を察したエギエディルス皇子が教えてくれた。
この辺りの瘴気がいくら薄いと言っても、ヴァルタール皇国に比べれば濃い。首都に向かうにつれ、徐々にヴァルタール皇国の恩恵が薄くなっているみたいだった。
【瘴気】は基本的に無色透明で、匂いもしない。
だけど、濃くなるにつれ、形態が変わる様だ。
ヴァルタール皇国は瘴気が薄いため、僻地以外ではあまり感じる事はない。しかし、このウクスナ公国みたいに瘴気が濃いと、見た目や感覚で感じてくるそうだ。
薄いと雨上がりに似た湿気程度の感じだが、濃くなるにつれ、霧や靄、霞として認識出来るとか。
濃度が高くなればなるほど、紫や黒色に見えるらしく、竜達も寄り付かないとか。ちなみに、竜達が寄り付かないのは、怖いから近寄らないのではなく、気分が悪くなるからだそうだ。
そんな場所にいるのは、当然普通の魔物ではなく、超が付くくらい凶暴な魔物である。
瘴気のせいか変異種も多く、まさに得体の知れない魔物達がウジャウジャ棲息している未開地だった。
「ちなみに陛下は、そういう地に行った事はあるんですか?」
深い意味はないが、フェリクス王はどうなんだろうと疑問に思う。
訊いておいて何だが、竜すら近寄らない地はさすがにないかなと、莉奈は思い直していた。
「ないな」とフェリクス王は言うだろうと、勝手に想像していれば、答えはまったく違った。
「ざっとはな」
「「「……っ!」」」
"ざっと"。
と言う事は……行ったのは一回ではないし、一カ所でもなさそうだ。
訊いた莉奈どころか、エギエディルス皇子達も驚愕の表情であった。
何故、竜さえも近寄らない未開地に、フェリクス王は行ったのだ。
「あなた……何で」
そんな場所にと、アーシェスが愕然としていた。
フェリクス王の事は、ある程度は知っているつもりだったが、そんな得体の知れない場所に行っていたのは初耳だった。
「あ゛?」
「何しに行ってるのよ」
「誰もいねぇから?」
「「「……」」」
その答えには、もはや絶句だ。
誰もいない場所なんて、探せばいくらでもある。なのに何故、わざわざ凶暴な魔物がいる場所に行くのか。絶対、その魔物が目的だと思う。
その辺の魔物では満足せず、手応えのある魔物を求め、出向いているに違いない。
「魔物もたまったものじゃない」
———バシッ!
思わず魔物側の視点でそう呟いた莉奈の頭上に、フェリクス王の平手が落ちてきた。
だって、そこで大人しく? している魔物もいる訳で……魔物からしたら、フェリクス王こそまさに、得体の知れないモノなのでは?
莉奈が魔物だったら、出逢った瞬間に終わったと絶望する。
もはや、ヴァルタール皇国の城は仮の城で、誰も知らない未開の地に魔王の本拠地、いわゆる本来の城があるのでは? と。莉奈は思わずにはいられなかった。
「聖王に恐れるモノはないんだ」
莉奈とは逆に、キラキラした瞳で兄王を見るエギエディルス皇子。
エギエディルス皇子にとって、フェリクス王は神よりスゴい存在なのかもしれない。
そんな純粋な瞳で見つめられ、居た堪れなくなったフェリクス王は、末弟から視線を逸らしていた。
「未開の地にいた魔物は強かったですか?」
普通なら冗談だと思うところだが、フェリクス王がそんなくだらない冗談や嘘を吐く事はない。
本当に瘴気の濃い、未開地に行ったのだろう。
となると、少し好奇心が湧いたローレン補佐官。
「それなりにはな」
「「「それなり」」」
莉奈達はフェリクス王の言葉を反芻していた。
何をもって"それなり"なのか、莉奈達には基準が分からない。フェリクス王に訊くだけ野暮という事なのだろう。
◇お知らせ◇
1月10日頃に
この"聖女じゃなかったので、王宮でのんびりご飯を作ることにしました"
の小説10巻が発売される予定となっております。
よろしくお願いします!
╰(*´︶`*)╯♡




