561 ウクスナ公国を愁うアーシェス
ウクスナ公国の領地に入ったところで、急に生えている木々が変わる訳もなく、さっきまで歩いていた道と違いはない。
しかし、何か違う気がした莉奈は、辺りを見渡したり鼻をスンスンとさせていた。空気感が違うというか匂いが違うというか、説明は難しいが、何かが違う感じがする。
「拾い食いすんなよ?」
「しないよ!!」
何故、辺りを見渡しただけで、食べ物を探していると思うのかな?
エギエディルス皇子には不満しかない。
「ヴァルタール皇国の影響か、まだこの辺りは瘴気が薄いですね」
まだヴァルタール皇国に近いこの辺りは、フェリクス王か竜かその両方の恩恵で瘴気は薄い。
しかし、ヴァルタール皇国とは雰囲気が違う。具体的に何と訊ねられても説明は出来ないが、明らかに何かが違う。
その"何か"を肌で感じ取っていたローレン補佐官は、ヴァルタール皇国側にいた時よりも、辺りを警戒するのであった。
ウクスナ公国は、フェリクス王や竜が巡回している訳でないため、魔物は断然多い。だが、他国故に、軍部や辺境兵からの情報も乏しい所だ。どんな魔物と遭遇するかも、何が起きるか想定が出来ないのである。
……とはいえ、まったく不安にならないのは、フェリクス王が隣にいるからだろう。竜といるより安心感があるから、もう笑うしかない。
「薄くても、魔物暴走は起きるけどな」
「……」
エギエディルス皇子が呟いた言葉に、何か思うところがあるのかアーシェスは眉根を寄せていた。
「瘴気が濃い方が起きやすいとかじゃないの?」
莉奈は瘴気について、そこまで詳しくはない。
だから、ただ単純に濃い方が魔物が多く起きやすいと思っていた。
「瘴気が濃いと凶暴にはなりやすいが、魔物暴走にはあまり関係ねぇな。どちらかと言うと……」
「国の情勢」
フェリクス王があくまでも自論だと口にすれば、それをアーシェスが紡いだ。
「国の情勢?」
それがどう関係しているのか、莉奈は少し驚いていた。
魔物暴走と国。あまり関係なさそうな気がしたのだ。
「国が落ち着いていれば、対魔物に人員が割けますからね。逆に治安が悪いと、討伐にまで手が回らない。結果、魔物が増え魔物暴走が起こる確率が上がる……という訳です」
「それ程までに、グルテニアが傾いているのよ」
ローレン補佐官やアーシェスが簡単に説明してくれた。
確かグルテニア王国は、最近分国したとシュゼル皇子が言っていた。
安定した国が、国を二分する事などないだろうし、分国して落ち着く訳もない。大抵の場合は、仲違いして分国する訳だから、国同士の関係は険悪だろう。
その隣国との睨み合いに兵力を割けば、魔物を減らす事は出来ない。もはや、悪循環である。
『魔物という共通の敵がいるから』
そう言っていたシュゼル皇子の言葉が、莉奈の頭を掠めた。
現状、魔物が蔓延っているから、兵を連れて攻め込むという、思い切った行動が出来ないだけで、いなかったら戦争になる可能性がある訳だ。
魔物が国を守っている……というのも、あながち間違いではないのかもしれない。
「ヴァルタール皇国の王がフェリクスでなかったら、ウクスナ公国なんて真っ先に潰されていたでしょうね」
ただでさえ小国なんて攻め込まれやすいのに、ウクスナは国を興したばかり。攻撃力、防御力、統率力、全てにおいて疲弊していて、回復なんてまだしていないだろう。
そこへ、大国が攻め込んで来たら、考えるまでもなく終わりだ。
しかも、他国と違いヴァルタール皇国は竜がいる。それだけでも最悪なのに、その竜より強い魔王様がいる。考えるだけでも恐ろしい。
「攻めねぇよ」
フェリクス王は、皆の視線に呆れた様子で溜め息を吐いた。
別にフェリクス王が攻めるとは思ってはいないが、ウクスナ公国の現状が厳しいと思った莉奈達は、つい悲壮感漂う視線を、フェリクス王に向けてしまったのである。
「グルテニアが攻め込む前に、自滅……」
「縁起でもない事を言わないでくれる?」
エギエディルス皇子が思わず呟けば、アーシェスが軽く咎めていた。
分国したからといって、弱小とは限らない。だが、そうならないとも言えず、言葉に出されれば、現実味を帯びてきそうだった。
「だが、時間の問題じゃねぇの?」
「ちょっと!」
「現にマヨンの様子を見ただろ? 兵力はマヨンより首都モルテグルに集中している。冒険者を雇える内はイイが……なぁ?」
立ち寄った国境の街マヨンは、統率力は衰えている様に見えないが、兵力はあまりない様に見えた。
刺激を与えなければ、攻め込んで来ない隣国ヴァルタールより、グルテニア王国に牽制し、強化しているせいだ。
魔物に関しては、冒険者を雇える内はイイが、金はいつか尽きる。そうなれば、純粋にマヨン付近で出る魔物に興味のない冒険者は、去るのみである。
ましてや、グルテニアが攻め込んで来た場合、雇った冒険者達はマヨン兵と共闘はしないだろう。
「何とかならないの?」
切実な願いが、アーシェスの口から滑り出た。
ウクスナ公国だけの手には負えそうもない。だが、フェリクス王ならどうにか出来そうだと、つい考えてしまったのだ。
何故なら、フェリクス王にかかればウクスナ公国の1つや2つ、助ける事も滅ぼす事も簡単に出来ると想像出来たからである。
だが、ウクスナ公国はヴァルタール皇国の傘下にいる国でもなければ、安保条約を結んでいる訳でもない。ましてや、同盟国でもない。
何歩か譲って、ヴァルタール皇国がウクスナ公国を助けたとする。
して、ヴァルタール皇国にメリットはあるのか否か。タダ働きをするほど、フェリクス王は暇ではないのである。
「それを考えるのは俺の仕事じゃねぇな」
そう言って先を歩いて行くフェリクス王の口端は、実に悪そうに上がっていたのだった。




