543 ザワめく入管場
骨董品の鑑定は、ゴルゼンギルに着いてからとなり再び歩き出せば、あっという間に着いた。
「ここがゴルゼンギル?」
ゴルゼンギルに着いたはいいが、莉奈の目の前に見えたのは街ではなく、高く聳え立った防壁である。
魔王城……もとい、ヴァルタール皇国の王城周りの防壁も中々の高さだったが、それと同じくらいに高さがある。
しかも、その防壁は魔王城同様でただの壁ではなく、壁の上部には武器を持った警備兵がチラホラ歩いているのが見えた。
国が予算を回せない小さな村は、簡易的な壁か柵で囲ってあるみたいだが、大きな街ともなると、兵が上で歩ける様なしっかりとした壁が、街をグルッと一周して造られ守られているのだ。そんな街を主に、城塞都市と呼んでいる。
その壁に近付くにつれ、街の入り口となる大きな門扉が見えた。
両サイドにある監視塔の下は入管場になっているのか、先に着いた旅人達が何かを見せてお金を払っている。
「あの人達、何を見せているんですか?」
「身分証」
日本に住んでいれば、どの街も自由に行き来出来る。
身分証明書を提示して入る街などなかったから、莉奈は少しだけ緊張していた。
「さっき貰った身分証を見せればイイんですか?」
「あぁ、"冒険者"のな?」
「「「ぷっ!」」」
確認すれば、フェリクス王が余計な一言を添えて笑うから、その後ろではエギエディルス皇子達が吹き出していた。
莉奈は皆のその様子に1人、ムスリとする。
そういえば、未だにお金を一切持っていない事に気付いたが、笑っているフェリクス王が払うだろう。
「身分証の提示をお願いします」
入管場になっている門扉の横の監視塔の小窓から、人が顔を出していた。
そこで街への入場手続きをして、問題なければ街に入れるらしい。
ダン親子はダンが商人ギルドのカード、チャーリーは普通の市民カードを提示している。
入場料はどこも5歳未満は無料だが、それ以上の年齢や職業別で違った料金が発生するらしい。ただ、冒険者の入場料は基本的に安い。
しかも、Bランクから上の冒険者は特別待遇で、カードを提示すれば入場料だけでなく、指定された宿泊施設なら無料となる。
さらにSランクともなれば、とある国では王宮にすら無料で宿泊出来るらしい。
何故、そんな高待遇かと云えば、それにはちゃんとした理由がある。
街に魔物が侵攻する様な事態になったら、余程の事情がない限り無条件で、討伐に参加しなければならないからだ。
無料な分、何かあったら強制参加になる仕組み。
ちなみにヴァルタール皇国では、他国より遥かに警備隊が優秀な為、冒険者の出番はほとんどない。その為、魔物討伐参加だけでなく、警備隊同様の仕事も回される。
そんな簡単に、タダ飯は食わせないシステムとなっていた。
どうしても、警備隊モドキの仕事もしたくないというなら、入場料も宿泊費も自腹にすればいい。
ただ、素性が冒険者とバレているので、魔物が侵攻して来た時、無関係を決め込んで無視していると……白い目で見られる上に、今後の活動に支障が出るらしい。
「……え??」
ダン親子の手続きが終わり、莉奈達の番となったのだが……。
フェリクス王の冒険者カードを見た入管職員が、驚愕の表情をしていた。
カードとフェリクス王を何度も確認する様に見たり、時には目を擦る仕草までしていたのだ。
その様子を見ていたアーシェスがどうしたのかと、チラッとフェリクス王のカードを見て固まった。
「「「銀??」」」
同じくその冒険者カードを見た莉奈達やダン親子も、目を見張り固まった。
———そうなのだ。
フェリクス王が入管職員に見せていたのは、銀のカード。
いわゆる"Cランク"の冒険者のカードだった。
管理所の人達もフェリクス王のただならぬ雰囲気からして、Aランクの白金カードを想像していたのだろう。なのに提示して来たカードは、何故か銀。入管職員は信じられないらしく、何度もフェリクス王とカードを見てはザワついていた。
「偽造だ」
「あ゛?」
「偽造」
莉奈は思わず口に出していた。
天地がひっくり返ったとしても、このフェリクス王がCランクな訳がない。偽造だと莉奈は思ったのだ。
「魔王がCランクだなんて、どう考えてもオカシイ!!」
——ゴン!!
「んぎゃ!!」
「誰が"魔王"だ」
抗議した途端に、莉奈の頭に拳が落ちてきた。
だが、納得がいかない莉奈の口は治らなかった。
「だって、酔い覚ましに、魔竜倒しに行く様な化け物がCランクな訳——」
———ガシ。
魔竜とは大袈裟だが、正論を言ったつもりの莉奈の顔面を、フェリクス王が鷲掴みにしていた。
「よ、酔い覚ましに……」
「「「魔竜討伐ーー!?」」」
莉奈の言葉で、入管場が更にザワつき始めてしまった。
比喩表現か冗談かどちらかだろうと思うが、フェリクス王を見ると何故かそれもあながち嘘ではない気がするから、余計にザワめきが収まらない。
ダン親子はフェリクス王の常人ではない一面を垣間見たため、莉奈の言っている事が真実かもしれないと、ゴクリと唾を飲んでいた。
「冗談ですよ。それくらい強そうなのにって、彼女は言いたかっただけですって!」
このままでは埒があかないと、ローレン補佐官が自分の身分証を提示しつつ間に入った。
ローレンは、何故フェリクス王がCランクにしてあるのか、おおよその予想がついたのである。
「え、あぁ!!」
「「「デスヨネー」」」
そんな訳ないかと、入管職員は頷いていたが、何故か返事は棒読みだ。
酔い覚ましに魔物を倒しに行く人間がいる訳がない。それは頭では分かっている。だが、何故かフェリクス王を見ると、断言出来ない雰囲気を感じるから言葉に感情がのらなかった。
「まぁ、色々と面倒だからとランクを上げない人もいますしね」
莉奈の魔竜討伐話は、誇張表現だと思ったらしく、入管職員の皆は違う理由だと判断した様だった。
ランクが高いと高待遇な分、ギルドや貴族から直接依頼が来て断り辛いらしく、面倒だとワザとランクを上げない人もいる。
フェリクス王もその類いだと解釈したみたいだった。
「え? あれ? キミもCランクなの!?」
エギエディルス皇子の冒険者カードを見た入管職員は、今度は別の意味で驚いていた。
基本、冒険者には年齢制限はない。
だが、子供は採取系が中心の仕事の場合がほとんどで、頑張っても精々Dの銅ランク止まりだ。なのに、銀。
「えっと、お嬢さんは……鉄」
こうなると同行している莉奈もCランクなのかと思ったが、1番下のEランクだった。
見た目通りに普通のランクで安心したのも束の間。右上のマークを見て二度見する。
「え? って"冒険者"!?」
女性の冒険者も少なくない。だが、莉奈の装備は軽装だった。
だから、このギルドカードも、てっきり商人ギルドだと思ったら、まさかの冒険者。
こんな可愛らしい少女が冒険者?
ますます混乱する入管場の皆なのであった。




