527 エギエディルス皇子の災難
「噂では聞いていたけど、本当にあぁやって移動して来るのね」
ローレン補佐官の後ろに隠れていたアーシェスも、その魔物のシュールな姿に唖然となっていた
普通、魔物があんな速度で向かって来たら、こんな暢気ではいられない。
だが、フェリクス王がいるというだけで、この異常なまでの安心感。魔物が出ようが来ようが、まったく怖くない。
ローレン補佐官もそうなのか、王城にいるよりピリッとしてはいたものの、表情や雰囲気には随分と余裕がありそうだ。
「エディ。伸びてくる蔦ばかり相手してないで、早く頭を落とせ」
「うるさいな! 分かってるよ!!」
鳥トリグサモドキは、ある程度の距離まで近付くと、植物らしく蔦や根を使って攻撃をしてきたのだ。
莉奈達は、大分離れた所にいるので暢気であったが、1人で鳥トリグサモドキと対峙しているエギエディルス皇子だけは、余裕などあるハズもなかった。
兄王に揶揄われながらも、必死に魔物と戦っているエギエディルス皇子を、莉奈は何か申し訳ないなと思いつつ見ていた。
だって、莉奈があの魔物に引っかからなければ、こんな目に遭わずに済んだのだからね。
しかし、フェリクス王に鍛えられているだけあって、ヒヤヒヤする場面がない。
身軽なエギエディルス皇子は、予測が難しそうな蔦や根の攻撃を華麗に躱し、冷静に一本一本切り落としている。
何本か落とされていくと、魔物の動きも段々と鈍ってきて、弱点の頭を狙える隙が出てきた。
エギエディルス皇子が、そろそろ鳥トリグサモドキの頭に狙いを定めた時ーー
その個体とは明らかに違う蔓が、エギエディルス皇子の足元に伸びて来たのだった。
「な、フェル兄!!」
エギエディルス皇子の小さな叫び声が、辺りに響いた。
ただ、それは決して、魔物が増えて助けを求めた訳ではない。
兄王が、近くに潜んでいた鳥トリグサモドキにちょっかいを出し、余計な仕事を増やしたので、怒っていたのだ。
「1体じゃ物足りねぇだろ?」
「バッカじゃねぇの!? マジ信じらんねぇ!!」
末弟に次々と魔物をけしかけておきながら、口端を上げて笑う兄王。
やっと倒せそうだというのに、新たな個体に再び翻弄されるエギエディルス皇子。兄王に文句を漏らしながらも、果敢に立ち向かっていたのだった。
「「「……」」」
そんなフェリクス王を見て、莉奈達は何とも言えない表情をしていた。
こんな鬼教官みたいな兄を持ったエギエディルス皇子には、もう同情心しか湧かない。手を貸せる雰囲気でもないので、応援しか出来ない莉奈達なのであった。
◇◇◇
結果的に、5体倒す事になったエギエディルス皇子は、疲れた様子でこちらに戻って来ると、莉奈に向かって何か投げてきた。
「ホラッ」
「んぎゃ!!」
莉奈は思わず、横に飛び避けた。
エギエディルス皇子が投げてきたのは、鳥トリグサモドキの擬似餌だったからだ。
「欲しかったんだろ?」
「いや、モドキの方じゃな……っていらないし」
別に、食べようと思って見ていた訳ではない。
ただ、甘い匂いの元が何かと気になっただけ。しかも、コレはクオリティーの低い偽物。味も美味しくないに違いない。
【鳥トリグサモドキの擬似餌】
食感も味も悪く美味しくない。
擬似餌を擦り潰し、魔法水と混ぜると脱力薬になる。
「脱力薬」
とは何だろうと、莉奈は"脱力薬"を【検索】して視てみる。
【脱力薬】
個体差や摂取の仕方によるが、30分程度、何もやる気が起きない。
「やる気が起きない」
五月病みたいなモノなのだろうか?
「しかも、やっぱり美味しくないのか」
逆にこのクオリティーで美味かったら、驚きだよね。
莉奈は、エギエディルス皇子が放ってきた鳥トリグサモドキの擬似餌を、何となく【鑑定】し"脱力薬"を【検索】して視たのだった。
「詳しく【鑑定】してんじゃねぇよ」
エギエディルス皇子は揶揄って投げただけで、本気で食べるなんて思ってない。
なのに、とりあえず【鑑定】なんかする莉奈に呆れていた。
「げ、食うのかよ」
莉奈が落ちている擬似餌を拾い上げ、次々と魔法鞄に入れ始めたので、エギエディルス皇子はドン引きしていた。
なんだかんだ言っても食べる気なのかと。
「食べないけど"脱力薬"になるみたいだから?」
持続性は長くなさそうだけど、あれば便利だ。
魔物に投げつければ、闘争心を削ぐ事が出来るかもしれない。
「「"脱力薬"?」」
「うん。ザックリ言うと、やる気がなくなる?」
ローレン補佐官とアーシェスが眉根を寄せていたので、莉奈は【鑑定】で視た事を簡単に説明する。
【鳥トリグサモドキ】
鳥トリグサを模写した姿を持つ植物系の魔物。
鳥トリグサ同様、草原に潜んでいる事が多く、擬似餌を使って獲物を呼び込み、二枚の棘の付いた葉で挟んで捕食する。
だが、本物に比べ形も匂いもクオリティーが低い為か、罠に嵌まる生き物は少ない。根を器用に使い走って来たり、蔦や根で攻撃してくる事が多い。
〈用途〉
擬似餌は、魔法水と混ぜて精製すると脱力薬となる。
服用だけでなく、掛けても散布しても効果がある。
〈その他〉
擬似餌は食用であるが、食感が特に悪く美味しくない。
散布などで摂取するより、服用した方が効果が高く持続性がある。
「リナの【鑑定】は本当に詳しいな」
「へぇ、そんな薬が作れるのね」
それを聞いたローレン補佐官やアーシェスは感心して頷く横で、フェリクス王が面白そうに口端を上げていた。
「なら、うるせぇ貴族にソレを投げ付けてやれば黙るのか」と。
ーーいやいやいや。
いきなりこんなモノを投げ付けられたら、誰でも黙るから。
大体、そんな薬より、フェリクス王は睨めば一発でしょう。
色々とツッコみたい莉奈なのであった。




