525 基準は人それぞれ
王竜達に別れを告げ、竜が空に溶けると、聖木の周りは一気に閑散となった。莉奈は竜の存在感たるものを、改めて感じた今日この頃である。
もうすでに、魔物がいる場所に入っているのだ。生きた魔物といえば、スライムくらいしか見た事がない。
だが、竜が持って来た死骸はたくさん見た事はある。あんなモノが普通に生息していると考えるとゾッとするけれど、フェリクス王が傍にいるので何も怖くない。
サファリパークに、頑丈な檻付きバスで入っているくらいの安心感がある。
「ここからウクスナの首都までって、どのくらい掛かるんですか?」
「3日もあれば行けんじゃねぇの?」
どこまで徒歩か知らないが、目的地であるウクスナ公国の首都までどのくらいかと訊いたら、フェリクス王はザックリとだが教えてくれた。
それもそうである。アッチの世界と違って、不特定多数の事案が起きる世界だ。魔物に襲われてしまったりすれば、日程などすぐに崩れる。
簡単に予想など出来ないだろう。
だが、そのフェリクス王の返答に、真っ先に異議を唱えたのはアーシェスとローレン補佐官である。
「はぁ? 3日? 3日でなんか行ける訳ないでしょう!?」
「現状、魔馬もいませんしね」
「魔馬?」
話を聞いている限り徒歩なら、最低5日くらい想定しないとダメな距離らしい。
そんな距離や時間より、知らない言葉が気になった莉奈。
"まば"とは何だろうか?
「魔馬ってのは、魔物に怯えない品種の馬。まぁ、俺達には竜がいるし、瞬間移動も使えるから、あんまり用はねぇけどな」
エギエディルス皇子の説明によると、魔馬とは馬より脚が太くガッシリしている動物で、移動には欠かせない乗り物だとか。
普通の馬は、魔物に対して怯えるため、防壁の外は滅多に走らないが、魔馬は大丈夫。何故なら、瘴気に触れても魔物にならなかった馬と言われているらしく、魔物を見てもあまり暴走しないので、重宝しているそうだ。
お金がある貴族や商人は、その魔馬を持っているので護衛を付けて街や村へ。予算のない人や掛けたくない人は、国や街などによって運行している冒険者付きの乗り合い馬車を使うみたいだった。
以前、料理人のダニーが猪に似た魔物、ボア・ランナーに追っ掛けられたのも、その乗り合い馬車なのだろう。
「とりあえず、ウクスナとの国境の街"ゴルゼンギル"に向かうんだってさ」
エギエディルス皇子によれば、まずはヴァルタール皇国とウクスナ公国との国境の街、ゴルゼンギルに徒歩で向かうとの事。
今のところ、道らしき道などなく木と草しかないが、何を目標に歩いて行くのだろう。莉奈は辺りを見回していた。
「ふぅん? そこは徒歩でどのくらい?」
「3時間も掛からねぇよ」
「はぁぁ? 3時間!? ココからどうやって3時間で行くのよ!!」
そこまで掛かる時間が気になり、莉奈がエギエディルス皇子に訊いたら、フェリクス王が代わりに答えてくれた……のだが、アーシェスが再び驚いていた。
アーシェスいわく、3時間は絶対にあり得ないとか。
魔王様ことフェリクス王の感覚が、まったく基準にならない事が、莉奈は改めて良く分かった。
「あ゛ぁ? さっきからうるせぇな。普通に歩けば普通に着くだろうが」
「着かないわよ!! あなたの基準で考えないでちょうだい」
「リナ、常人は最低1日くらい掛かるから」
アーシェスがフェリクス王に反論している横で、ローレン補佐官がコッソリ本来の時間を耳打ちしてくれた。
道が整備されてある場所ならまだしも、ほぼ獣道な所を通る。しかも、魔馬に乗らず徒歩な上、魔物に出遭ったら道を逸れる可能性すらあるのだ。
魔物に出遭えば、体力や気力を奪われるため、余分な時間が掛かるのである。
ただ、それはあくまで常人の旅の話。そう、ここにいる御方は常人ではない。超人、いや魔王様である。
そのフェリクス大魔王には、魔物が襲って来る事はないので、普通の街歩き的な感覚ではないかと推測する。
「あ゛ぁ?」
「はい、すみません!!」
莉奈にコッソリ言ったつもりだったが、どうやらフェリクス王にも聞こえた様だ。
フェリクス王に軽く睨まれたローレン補佐官の背筋が、驚く程にピンとなっていた。
一般的な冒険者でさえ、1日掛かるような距離を3時間とか……。
「マジ魔王」
ーーバシン!
ローレン補佐官には睨みだけだったのに、何故か莉奈の頭には平手が落ちてきた。
莉奈の呟きが呟きではないのか、フェリクス王が地獄耳なのか、彼の耳にはしっかり聞こえていたのだった。
◇◇◇
そんなこんなで、何時間掛かるか分からない道のりを、莉奈達は歩き出した。
誰かを先頭で誰かを殿に、みたいに指示するのかなと莉奈は思っていたが、特に何も言われなかったので、とりあえず後方にいる事にする。
別に何か考えて後方にいた訳ではなく、道が分からないから必然的に誰かの後ろになっただけ。
ただ気付いたら、ローレン補佐官が莉奈達の後ろに付いていたので、言わずもがななのだろう。
気になるといえば、誰も方位磁針を見たり地図も広げていない事だ。目印が何もない場所なのに、フェリクス王達には位置や道が分かるのか、迷わずサクサクと進んでいる。
こんな所でハグれたら自分は絶対帰れないので、気を付けなくてはと、莉奈は思うのだった。
どこまでも広がる綺麗な青空。
瘴気がどうこう言われている割りには、澄んだ空気。莉奈は勝手に瘴気はどんよりしているかと思っていたのだが、見た目だけでは分からないのかもしれない。
歩いている場所も、岩場や山道ではないため比較的歩きやすい。
何より一番楽だなと思うのは、手ぶらだと言う事。莉奈も含め、全員が魔法鞄を所持しているので、荷物らしい荷物を誰も持っていない。
普通なら、それなりの装備を持って長旅をしなくてはならないのだが、魔法鞄があるおかげで、ほぼ手ぶらに近い状態。
オマケに、魔物どころか猛獣的な生き物も出て来ないので、安心安全なジャングル散策であった。
辺りをキョロキョロして見れば、木はたくさん生えているが、森ほどうっそうと生えていないので、日当たりも良い。
やたら幹が太い木。花弁が多い綺麗な花。莉奈が見た事もない木や草花がほとんどだ。時折、聴いた事のない鳴き声が聴こえたりして面白い。
店も家も何もない所を歩くのは苦痛かと思っていたが、初めて見たり聴くモノがたくさんあって、ハイキングみたいな感じで意外と楽しかった。
「あ、あそこにカラフルな鳥がいる。アレは何て鳥?」
少し離れた木の枝に、インコに似た鳥が数羽止まっていた。
赤や黄色、緑や青色など、原色に近い色の羽根を持っているド派手な鳥で、インコよりかなり大きい。
「ドインコ。羽根は高く売れる鳥だな」
「食べられるの?」
「「「……」」」
莉奈が食用かと訊けば、教えてくれたエギエディルス皇子だけでなく、会話を聞いていた皆が何とも言えない表情をしていた。
莉奈は何故、そんな顔をされるのか分からない。
だって、羽根は頂くけど命は奪わないって事はないだろう。なら、肉は食べるのかなと莉奈は思ったのだ。
鶏は肉を食べるが、あの鳥は羽根だけ毟り処分するのなら、美味しくないのかなと。
「初めて見た鳥を食べようとすんなよ」
「え? だってただの鳥みたいだし、魔物じゃないなら抵抗ないんじゃないの?」
「抵抗以前に、鳥を見たお前の感想がオカシイ」
「えぇぇっ!?」
エギエディルス皇子は呆れ笑いをしていた。
「羽根が綺麗だね」で終わらないのが実に莉奈らしいが、発想が斜め上過ぎてエギエディルス皇子はついていけなかった。
「あの鳥、臭みが強いらしいわよ」
「え?」
「私は食べた事はないけど、確か師匠がそんな事を言っていたわ」
エギエディルス皇子が呆れる中、アーシェスが苦笑で教えてくれた。
どうやら、アーシェスの師匠バーツは食べた事がある様だった。
「あのジジィ、食った事あるのかよ」
「リナと気が合う訳だな」
「……」
話を聞いていたフェリクス王兄弟は呆れ笑いし、ローレン補佐官は複雑な表情でドインコを見ていた。
そんな中、臭みが強いなら無理して食べなくてもいいかなと、莉奈は他の鳥を探すのであった。
ゴールデンウィークですね。(^^)
お仕事の方、お疲れ様です。^_^
休暇中の方、楽しくお過ごし下さいませ。




