501 気が遠くなる
「何これ!? スゴいふわっふわ!!」
「前に食べた苺のケーキも美味しかったけど、こっちも美味しいわ!!」
「ナイフを入れた瞬間から、ふわっとしてるな」
「口の中が幸せ〜!」
「「「歯がいらな〜い!!」」」
優勝チームのご褒美タイムになったはいいけど、歯がいらないって表現はいかがかと思う。
しかし、メレンゲをしっかりと泡立てたおかげで、ベーキングパウダーなしでも厚みが出てふわふわだ。3センチ位の厚みは上出来でしょう。
甘酸っぱいジャムに濃厚な生クリーム。そして、ふわっふわの甘いパンケーキが口いっぱいに広がれば、至福のひと時だ。
少し苦めの紅茶が、これに良く合う。
パンケーキの上で寝たら、気持ち良さそうだなと、莉奈はまったりしていた。
「リナ。まったりしてるとこ悪いけど、アレは後どうするの?」
玉ねぎも炒まり、野菜も各種切り終えたらしく、訊きに来た料理人はヘロヘロだった。
「モグモグモグ」
「無視するのヤメて」
「モグモグしながら、こっち見てこないで」
パンケーキを頬張った瞬間に訊かれても答えられない莉奈は、目を見たまま無視するしかなかった。
「二口目に行く前に教えて」
さらに無視してパンケーキを頬張ろうとした莉奈を、料理人は止めた。
この見つめられた状態でパンケーキを食べられたら、もはや拷問である。
「んじゃ、とりあえず。炒めた玉ねぎに切った野菜とか全部ブッコんで、たっぷりの水で1時間くらい煮て」
「1時間煮ればイイんだな?」
「だね。その後はーー」
こうなったら全部説明してしまえと、莉奈は魔法鞄から香辛料を次々と取り出し、空いていた隣のテーブルに置き始めた。
シナモン、ナツメグ、唐辛子代りのハバチョロ、クローブ、オールスパイス……。
「「「え? え??」」」
次々と取り出していく莉奈に、皆は困惑顔をし始めていた。
さっき切った食材も量も種類も半端なかったが、香辛料の種類も半端ないのだ。冗談だよね? と言いたくなるくらいに、広いテーブルにドカドカと袋ごとのっかっていた。
驚愕どころか唖然とする料理人達。だが、莉奈の手はまだまだ止まらない。
セージ、タイム、クミン、カルダモン……。
「最後に、ローリエと」
カサカサッと音がするローリエ入りの袋を取り出し、莉奈はふぅと一息吐いていた。
専門店やこだわりの店、あるいは工場でない限り、こんな量で作らないだろう。香辛料を魔法鞄から取り出すだけでも、一苦労であった。
「「「……」」」
ご褒美組もその量と種類に、食べる手を止めて唖然となっていた。
玉ねぎ競争なんて甘かった。勝って良かったと心底思う勝ち組なのであった。
負け組は目を丸くさせながら、現実と向き合っていた。
「何コレ?」
「後から入れる香辛料だよ。あの野菜を1時間煮たら、今度はこの香辛料と調味料を……」
さらに調味料も出し始めれば、広いテーブルに隙間なく埋まっていった。
「「「……」」」
「調味料は醤油、砂糖、塩。コレを全部入れて、さらに30分」
「「「……」」」
「30分経ったら、最後にお酢をドバドバと。で、一煮立ちさせたら……今日の作業は終わりだよ」
「「「……」」」
「分かった?」
「「「……」」」
教えてと言われたからざっと説明したのだけど、皆から返事はなかった。
それどころかテーブルを見たまま、頬が引き攣りまくっている。
まだ、こんなに入れるモノがあったのかと。
確かに、説明を聞いていると工程自体は難しくない。だが、材料が半端なさ過ぎて少し、いやかなり現実逃避中なのであった。
皆が唖然としている中、リック料理長はパンケーキを頬張りながら、フと思っていた。
莉奈は今までずっと、料理人達の事を考えて料理してくれていたのではないかと。
初めからこの料理も、やろうと思えば出来たのに、莉奈はあえて"簡単"な料理から教えてくれていたのでは? と思うのだ。
初めて会ったあの時の皆は、莉奈にしたらまだ初心者だ。
そんな料理人達に、いきなりアレコレ教えるのは、教えるのも教わる方も難しい。だから、初めは簡単な料理やアレンジも教え、徐々に難しい料理を教えてくれている……そんな気がしてならなかったのだ。
莉奈が初めて来たあの時に、工程が多くてやり方の難しい料理ばかり作っていたら、楽しさを覚える前に心が折れていたかもしれない。
だから、あえてまずは身近なパンやスープ、簡単なデザートから教えてくれたのではないだろうか?
面倒くさがりの莉奈だから、たまたま簡単な料理だった可能性大だし、リック料理長の考え過ぎかもしれない。
だが今、料理工程を説明する莉奈を見ていると、リック料理長はそう感じてしまうのだった。




