5 ヴァルタール皇国
……私は、存外図太かった様だ。
枕が変わると眠れない処の騒ぎじゃない。
国が違うだけでも、おかしくなりそうなのに、住む世界自体が違うこの異質な状況。
並みの少女なら、涙に明け暮れてもおかしくはないだろう。
そのまさかの状況で、しかも初日の夜、眠れる訳などないはず……。
……まさかの、熟睡。
今、目が覚め。異世界に連れて来られた以上に、衝撃を受けていた。
「おはようございます。リナ様。御加減はいかがですか?」
寝室で茫然としていた莉奈に、ラナ女官長が優しく声をかけた。端からみたら、今の莉奈は痛々しく感じたに違いない。
「……あ、おはようございます。……大丈夫ですよ」
自分の図太さに驚いていただけですから…と言う言葉を辛うじて飲み込んだ。
莉奈は、ラナ女官長が用意してくれた服に、着替えながらこの国の事を簡単に訊いた。
【ヴァルタール皇国】それが、この国の名だ。
七つある大国の一つで、昨年、この国の王が崩御なされ、長子だった現王が後を継いだらしい。
その時【皇国】を【王国】に変える予定だった。しかし、皇帝の死、魔物、政策改革と混沌としていくだろうこの国で急に【王国】に変われば、さらなる混乱は免れない。
だが、悪政を布いていた父と同じ皇帝を名乗るのを嫌ったフェリクス皇帝は、自らを【王】とし撞着した国家が出来た……という話だった。
皇帝にしろ、王にしろシュゼル皇子、エギエディルス皇子は王弟の訳で……。
……すさまじく面倒くさい国に召喚されたな……と思う莉奈だった。
ちなみに、国王様はスタンピードを収めに遠征中だとか。
"スタンピード" ってなんぞや? って聞いたら、簡単に言うと "魔物達の大暴走" と教えてくれた。
魔物自体が怖いのに、大暴走。
しかもそれ、王自ら討伐しに行っちゃうんですか!?
させちゃうんですか?
そして誰も止めないンかい!
莉奈は、人知れずツッコんでいた。
ラナ女官長が用意してくれた服は、貴族のお嬢様が着るようなビラビラしたドレスじゃなく、簡素で動き易い庶民向けな洋服で莉奈は内心ほっとする。
配慮してくれたのか…な? と思う。
着替えが終わり、隣の部屋に移動すると、テーブルには、モニカが用意してくれたのか朝食が並んでいた。
野菜たっぷりのスープ。スクランブルエッグ。そして、見るからに固そうなパン。
……なんだ、コレ。
莉奈は、思わず眉宇を寄せた。
自分の世界が如何に、食に恵まれていたのかがわかる。
まさか、私みたいな役に立たないデブは、こんな物でいいだろうと用意した訳でないのなら、やはり簡素過ぎる。
「……足りませんか?」
莉奈が、あまりにも凝視していたせいかモニカが訊いてきた。
「……あ、いえ。……私の世界と食べ……食文化の違いに、少し驚いてしまって……」
と慌てて誤魔化した。
たぶん、親切に足りませんか? と訊いてくれたんだとは思うんだけど。
私が、これだけじゃ足りないと本気で訊いてきたのなら……ヘコむ。
「……そうですよね………リナ様は異世界からいらっしゃったのですから。色々と驚かれても仕方ありませんよね」
と申し訳なさそうに微笑むから莉奈は
「いえ、すみません! わざわざご用意して貰ったのに…」
と謝った。
王宮にいるからといって、豪華な食事が出るとも限らない。それが、聖女でもなんでもない私なら尚更だろう。用意して貰っといて文句を言うのは失礼というものだ。
「……いただきます」
莉奈は、椅子に腰を下ろした。
スプーンを手に取り、まず野菜スープを口にする。
じゃがいも、人参、玉ねぎ。名称まで同じかはわからないが、見た目も味もそれと同じ。
……で? って感じのスープだ。
水に野菜を入れて、煮て、塩。香りが微かにするから、香草が少し入ってるのが分かる。
ただ、それだけの味気のないスープ……っていうか、水煮?
パンに関しては、固すぎてフリーズした。
……2、3日、外に放置してましたか? これ。
噛めなくはないけど、気合いが必要なんですけど?
「……パンは固いので、スープに浸してお食べください」
……え~っ?
と叫びそうだった。
だって、柔らかい物は柔らかいまま食べたいし、固い物は固いままがいい。
クルトンはカリカリなまま食べたいし、べしゃべしゃにしたくない派だ。
ぬれせんにしたら、ナゼしっとりさせた? と思う派だ。
……が、がんばれ自分。
こんな所にもある、異世界とのギャップに苦しみながら、莉奈はカリカリとパンを食べるのであった。
ぬれせん、味は嫌いじゃないんですけどね。
食感がダメなんですよ。
ちなみに、"堅パン"なるパンもあります。
長期保存できるパンで、パンというより石、に近い気がします。
歯が弱い方はオススメできないです。かなり本気で歯がかけますよ。
興味ある強者、一度ご賞味あれ……。