499 ご褒美の前に……。
莉奈がエギエディルス皇子の喜ぶ顔を想像していると、玉ねぎスライス競争は終わりを迎えていた。
ーー結果。
勝ったのはリック料理長率いるチームの様だった。
宮ごとに分かれるのは戦力が偏るとなり、リック料理長、マテウス副料理長、サイルをチームリーダーにして編成したらしい。
リック料理長が来た銀海宮はともかく、黒狼宮の人達は手の空いている人が来ていたから、確かに宮ごとにすれば戦力が偏る。
と言う事で、相談の結果。上手くバランスをとったらしい。
勝てたリック料理長は嬉しそうだ。
初めての玉ねぎスライス競争の時に、リック料理長は負けていたから余計かもしれない。
「「「ご褒美は?」」」
負けたチームが嘆いている中、勝ったチームが満面の笑みで莉奈を見た。
「まだ、何も考えてもいないよ」
だって、その調味料をどう分配して作ってもらうか考えていた。
玉ねぎをスライスして、ハイ終わりではない。こんなの序章の内だ。
「「「えーーっ!?」」」
「えーって、まだやる事が山ほどあるんだよ。とりあえず、最下位チームはその玉ねぎを、例のごとく茶色になるまで炒めて」
「「「ふぇーーい」」」
そう言えば、最下位チームが玉ねぎスライスを手に、大鍋に向かって行った。
やはり、あの大釜で一気に炒める気のようだ。
アレは、効率が良いのか悪いのか、莉奈は未だによく分かっていない。
「もう片方のチームは、これから言う食材を細かく……角切りにして」
「「「はーーい」」」
「トマト、ニンジン、セロリ……」
「待って待って!」
「トマト、ニンジン?」
「トマト、ニンジン、セロリ、りんご、にんにく」
「え? え? それいくつ??」
何か種類が多くないかなと、皆がザワつき始める。
野菜どころか、果物まで入っている。あの玉ねぎの数に対して、1個ずつなんてある訳がないから、負けたチームはゾッとし始めたのだ。
だが、そんな皆をよそに莉奈は頭で計算していた。少量なら経験でザッと分かるが、大量のレシピは計算しないと出てこない。
「えっと……トマト300、ニンジン100、セロリ50?」
「えぇ!?」
「さ、300??」
「だって、玉ねぎは100だったよね?」
「うん。リンゴは200」
「え、リンゴは200??」
「リナ、数がオカシクない??」
「オカシクない。後、ニンニクとホースラディッシュは……」
「「「罰ゲームの量がエゲツないんですけどーーっ!?」」」
莉奈の言った"地獄の調味料"の地獄が、今まさに始まったのである。
玉ねぎのスライス競争なんて可愛いものだった。負けたチームの絶望感や悲壮感が漂う。
口を開けるばかりで、迫る現実を受け入れていなかった。
「まぁ、そっちは切るのが罰ゲームだから」
「「「……」」」
「切ったら香辛料を入れて、後は皆で交代に炒めて……煮れば今日の調理は終わりだよ」
莉奈が今日はと言うのだから、明日も何か工程があると言う事だ。
皆は頬を引き攣らせていた。そして、恐る恐る訊いてみる。
「「「今日の調理?」」」
「「「明日も何かするの?」」」
「するよ? 多分……明日の方が地獄?」
「「「……」」」
そうか、これは地獄ではないのか。私達は地獄の門を開いてしまったらしい。
もうこうなると、塩でイイやなんて言えない。
地獄の先に見える光を求め、虚空を見る皆なのであった。
◇◇◇
「ご褒美を作るなら、何か手伝うよ?」
普通なら、優勝チームは手伝わなくていいのだが、そこはワーカーホリックなリック料理長。
莉奈がヒッソリ作り始めたデザートに、興味津々の様子である。
「なら、卵を何個か割って卵白の方は一旦冷凍庫に入れといて?」
「え? 凍らせるのかい?」
「違うよ。多少凍るくらい、キンキンに冷やしておくだけ」
「アイスクリームを作るのか?」
卵をキンキンに冷やすと聞いたリック料理長は、冷たいお菓子かなと考えた様だった。
「違う。冷やしておくと泡立ちが良くなって、メレンゲが作りやすいの」
「ん? メレンゲが作りやすい?」
「そう」
莉奈がそう説明したら、リック料理長は首を捻っていた。
「アレ? 前にメレンゲクッキーとか作った時には、普通に泡立ててなかったか?」
「あ〜、良く覚えてるね。お菓子作りにテンションが上がって忘れてただけ」
そうなのだ。
メレンゲクッキーの時は久々で忘れていた。エギエディルス皇子のお祝いの時は、彼の喜ぶ顔とケーキ作りにテンションが上がって、つい普通に作ってしまったのだ。
シャーベットくらいに卵白を冷やしておくと、数分くらいで泡立つから、あの時こそやれば良かったよね。後悔先に立たずである。
「あはは」
リック料理長は笑っていた。
そんな些細な事より、簡単な方法があったのかという驚きの方が強かった。
料理もそうだが、全てを完璧に覚えているなんて無理だ。うろ覚えの方が多い。
しかも、専門家でさえ間違いや勘違いもあるのだから、素人ならあって当然である。
「なら、それは冷やした後、メレンゲにすればイイんだな?」
「だね〜」
リック料理長は莉奈の話を聞きながら、一緒に卵を割り始めた。
勝ったのに手伝ってくれるみたいだ。




