495 平穏と不穏は、常に表裏一体
"瘴気がなくなり魔物がいなくなり、この世界は平和になりました"
めでたしめでたしとなると、莉奈は思っていたが、シュゼル皇子の話を聞いて愕然としてしまった。
言われれば確かに、どの立場から見るかで全く違った。
魔物がいるからこそ、その職業にも恩恵はあるのだ。そんな事を考えた事もなかった。
エギエディルス皇子もそう思ったのか、シュゼル皇子の話に衝撃を受けている様子が見てとれた。
兄上達の様にもっと先見の明を持つべきだと、エギエディルス皇子は思ったらしく、あれから走るように図書室に向かって行った。真面目なエギエディルス皇子の事だから、勉強が足らないと感じ、いてもたってもいられなかったのだろう。
莉奈は莉奈で思う所はあったが、とりあえず疲れた心を癒すために、とある場所に来ていた。
「アンナは何も考えないで生きてる気がするよね〜」
「失礼じゃない!?」
そう、碧月宮の近くである。
唐突に現れた莉奈に驚く間もなく、突然のディスりにアンナは目を丸くしていた。
莉奈が何故ここに来たのか。それは、何も考えていなさそうな警備兵のアンナがいるからだ。
彼女の顔を見ると、何故かホッとする。
アホ……じゃない、アンナの元気顔を見ると、たまに力を貰えるよね。奪われる事が多いけど。
莉奈はそんなアンナを見て、魔法鞄をゴソゴソと。
「そうそう。黒糖タピオカ風ミルクティーを作ったんだけど、飲む?」
「飲むーーっ!!」
黒糖タピオカ風が何かなんて、アンナにはまったく気にならないらしい。
しかも、勤務中だろと、仲間達の視線があったのだが、アンナはお構いなしである。
莉奈は一緒にいた警護兵達にも、黒スライム入りミルクティーを手渡した。
「このグラスに挿さっているのって?」
「ルバーバルだよ」
「「ルバーバル?」」
警護兵がグラスに挿さるルバーバルを見て、訝しげていた。
まさか、冷たいミルクティーに、野菜が添えてあると思わなかったからである。何か意味があるのかと、莉奈の顔とルバーバルを交互に見ていた。
「そのルバーバルを咥えて、ミルクティーを吸って飲むと面白いんだよ」
「「……面白い」」
飲み物や食べ物に面白さは必要なのかと、アンナ以外は少し首を傾げていた。
「ん??」
「何か、スポスポ入ってくる」
「何コレ、モッチモチ!!」
「確かに何か面白い」
「な!! 面白楽しい」
「初めて食べた味がするけど」
「「「美味しい!!」」」
飲み物を吸って、何かが入ってくる感覚が新しくて面白い。
この黒いモノも、今までにない歯触りと食感で楽しかったのだ。そして、合間にちょっと食べるルバーバルの塩味がまた堪らない。
勤務中ではあるが小腹も減っていたので、この黒タピオカ風の何かが食べ応えがあってイイ様だ。
「この黒……なんとかってヤツ、なんだか知らないけど美味しいな」
「なっ? モチッとしてて」
「黒いのって、何なんだ?」
莉奈が黒なんとかと言っていたが、聞いた事がない食べ物だった。
ルバーバルでそれを吸っては、モグモグとなんだろうと味わっている。
莉奈はそんな皆を見てニッコリ笑った。
「スライムだよ」
「「「え?」」」
「それ、黒スライム」
ーーブフーッ!!
アンナはキョトンとしていたが、他の皆は一斉に何かを噴き出していた。
あ〜あ〜と唸りながら、お腹を摩ったり押さえたりしている。
何も知らずにお腹の中に、黒スライムを入れてしまったのだから、顔面蒼白である。
「美味しいよね。スライム」
また、狩り獲って来ないと予備が少ない。
クラゲに似ているスライムくらいなら、慣れれば莉奈でも解体出来そうだ。城壁の外でウロウロしているのであれば、黒スライム討伐をと莉奈は考えていた。
「「「ス、スライムーーッ!?」」」
食べてしまったが、まだ信じられない皆は呆然としていた。
たまに冗談を言う莉奈の事だから、自分達を揶揄っているのかも……と希望的考えをし、莉奈を見た。
だが、莉奈はさらに良い笑顔を向けて、こう言ったのだった。
「うん。黒スライムの砂糖水漬け」
「「「……」」」
どうやら冗談抜きで、黒スライムらしい。
確かに美味しかったが、スライムだと聞いた後だと、口に出来ないのは何故だろうか。
皆が口を押さえて青ざめている中、楽しそうにスポスポと食べている人物が1人。
そう、強者のアンナである。黒スライムだと聞いても、まったく気にならないらしい。
「へぇ。黒スライムなんだ。黒スライムって美味しいね〜?」
「「「……」」」
「甘くてモチッとしていて、ミルクティーと良く合うんだね〜」
「「「……」」」
「色ナシも美味しいのかな〜?」
「「「……」」」
他の色のスライムはどんな味がするのだろうと、思いまで馳せていた。
他の警備兵は唖然である。
今、黒スライムを初めて食べた衝撃がスゴくて、そんな事を考える余裕などなかった。
食べていいモノなのか、なんてモノを食べさせられたのか、そんな憤りを感じる暇も、衝撃で全部吹き飛んでいた。なのに、アンナだけは違ったのだ。
コイツのスゴい所は、アホなのか豪胆なのか分からない、こういう所だろう。この黒い物体が黒スライムだと知っても、何食わぬ顔でモグモグと味わっている。
警備兵達は、そんなアンナを見て少し感心さえしてしまった自分に、さらにショックを受けていた。何故、コイツに感心してしまったのだと。
そして、何故か負けた気さえするから悔しい。
アンナだけには負けて堪るかとばかりに、グラスに残っていた黒スライム入りミルクティーを啜る姿が、そこにはあったのだった。




