494 超メモネックス三原則
「ところで"聖木"って、世界には何本くらいあるんですか?」
カカ王探しの件は諦めるとして、聖木は世界にどの程度存在するのだろうか。
莉奈は聖木は、どのくらい生えてるのかとフと思ったのだ。
聖樹がなかったのは知っているが、聖木が何本くらいあるのか全く知らない。
「う〜ん、世界は広いですからね。さすがに正確な本数までは。ヴァルタールには7本……まぁ、1本は聖樹になりましたがありますね。後は……」
「近隣でいえば、南のガイリスには5本。東のウクスナは1本ありましたね」
シュゼル皇子とタール長官が教えてくれた。
魔物が生息しているので、厳密な本数と場所までは把握しきれないそうだ。王竜で世界を駆け回れるフェリクス王だからこそ、他国の聖木の生息地をある程度知れたとか。
冒険者として活躍していた時期もあり、情報を得る機会もあるのだそう。
「その聖木を聖樹に出来たら?」
「超メモネックスをかけて?」
莉奈の言わんとしている事を察したシュゼル皇子。
紅茶を一口飲み、意味深な笑みを浮かべていた。
その笑みが何を意味するのか莉奈には分からないが、世界中の聖木が聖樹になれば、瘴気は浄化され魔物がいなくなるのでは? と考えたのだ。
「言わんとしている事は分からなくもないのですが、そう簡単にはいかないのですよ」
そう言って、シュゼル皇子はさらに笑みを深めた。
「まず、他国となれば勝手に……とはいきませんし、もし提案するのであれば、その魔法薬の効力をハッキリ提示出来なければなりません。ですが、現時点では確実に聖樹になるのかも不確かな上、その効力も曖昧、弊害もあるやもしれない状況ですからね」
「……」
「そして、万が一の事が起きたとして、その責任はどちら側が持つのか」
難しい案件ですね、とシュゼル皇子は口にした。
確かに、超メモネックスをかけた全ての聖木が聖樹になるなんて、誰にも分からない。その効力も完全なのかも分からない。
何か起きないとも限らないのだ。全てが分からないまま、他国に提案し提供も出来ないだろう。
国を跨ぐ話なのだ。そんな簡単な事ではないと気付くべきだった。そもそも莉奈が思い付く事など、シュゼル皇子が思い付かない訳がないのである。
妙案だと思ってしまった自分が、あまりにも無知で恥ずかしい。莉奈が落ち込んでいれば、シュゼル皇子がさらに話を続けた。
だが、その話に莉奈は今度は言葉を失ってしまった。
「まぁ、とりあえず効力や害が云々は置いて、無償で聖樹にすると提案したとしましょう。さて、全ての国や地域で諸手を挙げて喜ぶと思いますか?」
「「え?」」
「そうすんなり、お願いしますとはならないのですよ?」
莉奈とエギエディルス皇子は、その言葉に驚愕を隠せなかった。
魔物がいなくなれば、皆は嬉しいのではないのかと思っていたからだ。
「魔物で生計を立てていたり、利益を上げている者達もいますからね」
「「……」」
「身近で言えば、冒険者や魔物護衛隊は職を失うかもしれません」
「いや、だけどそれは、国境警備隊や地域の警備隊とか兵に転属させれば」
「エギエディルス。冒険者の収入っていくらか知っていますか?」
「……」
「兄上は……例外なので置いておくとして。上位クラスともなれば、下流貴族の年収なんて軽く超えるんですよ? なのに、その収入が半分以下かそれ以下に……仕方がないと素直に言うとでも?」
「「……」」
「しかも、その代わりに誰かの下に傅けとか」
シュゼル皇子にそう言われ、莉奈もエギエディルス皇子もますます言葉に詰まるばかりだ。
フェリクス王は別格だとして、他の上位冒険者の収入額も高いのだ。
その冒険者達が、素直に従うとは思えない。
冒険者は基本、どこかの国に所属したりしない。ギルドに籍を置いて、気に入った依頼主に雇われたり、ギルドにある依頼を自由気ままに受けるスタンスだ。
そんな冒険者が、誰かに従えるだろうか?
ましてや、腕に自信がある冒険者であればある程、警備隊や兵になるのは矜恃が許さないだろう。
腕っぷしも試せない上に収入も減る。しかも、今度はしっかりした上官が出来るのだ。嫌な仕事でも、従わなければならなくなる。自由がモットーである冒険者にとって、それは屈辱でしかないだろう。
「冒険者がいなくなれば、武器屋だって必然的に売り上げは激減しますし、そこに卸している下請けや職人達の行き場もなくなるでしょう」
「「……」」
「まぁ、そこを上手く扱って抑えるのが、王族や貴族達の職務だと言われたらそれまでですが……残念ながら、その王族や貴族達も、魔物の恩恵を受けている一部ですからね」
「「……」」
「そもそも魔物がいなくなるとして、それが自然か強制かで皆の反応も、国のやるべき事もガラッと変わるんですよ? 自然なら税額や雇用問題など、スムーズにいく可能性はありますが、それが強制ともなれば、ある程度国が手を貸さなければいけません。ましてや、魔物の恩恵がなくなるのですから、国としても税や国費の見直しなど、やるべき事案や課題は山積みです」
「「……」」
魔物がいなくなって、簡単にわ〜いとはいかないらしい。
冒険者どころか王家まで恩恵を受けているなら、素直に納得する訳がない。
絶対、どこか弊害は起きるかもしれない。聖樹を勝手に折ったり、下手をしたら聖樹を燃やそうなどという輩が、現れる可能性も否定出来ない。
風が吹けば桶屋が儲かるではないが、魔物が増えれば、その関わる全ての人達がそれなりに儲かる。そして、聖樹があれば、その恩恵を得ようと企む者が。
全てが丸く収まる方法でもあればイイのに、と思う莉奈だった。
「まぁ、我が国は兄上がいるので、元より魔物が他国より少ない方ですし、今後瘴気がなくなり魔物がいなくなったとしても、他国に比べればさほど影響はないですけどね」
「……」
だから、お咎めなしだったのだろうか?
魔物がいなくなるのだからと、安易に考えてやってしまったが……他国だったら? 莉奈の背中に汗が流れていた。
現実は世知辛過ぎる。小説や漫画の様に、魔物がいなくなり皆幸せになりました、とはならないみたいだ。
「リナ」
「はい」
「相談がないのはダメでしたけど、聖樹にした事はイイ事なので気にしないように」
「……はい」
とは言え、スゴく気になる。
瘴気がなくなる事で、そんな弊害が起きるとは想像もしなかった。
一見良い事に思えたその行動だが、他国だったら極刑間違いなしだったのかもしれない。
「まぁ、1番厄介なのは……我が国がという以前に、この世界の瘴気や魔物の存在が、完全になくなった後でしょう」
他人事の様にそう言うシュゼル皇子。
この国は抑えつける力があるのか、それとも既に手を打ってあるのか分からない。だが、他国はそうではないと言う事だろうか?
「暴動が起きるからか?」
「そんな些細な事ではありません」
「え? なら、何が厄介なんだよ」
「国同士のいざこざ」
「いざこざ? なんで!?」
その言葉にエギエディルス皇子が目を見張っていた。
瘴気の浄化のために、聖女を召喚しようとしたのはエギエディルス皇子だ。それがたまたま、莉奈で聖女でなかったが、聖女だったら瘴気が浄化され平穏になっていたのではと信じていた。
なのに、争いとは穏やかな話ではない。何故、魔物がいなくなったのに争いが起きるのか。
「エギエディルス。瘴気がなくなり世界は平穏になりました……とはいかないんですよ?」
「……」
エギエディルス皇子は愕然としていた。
瘴気がなくなり、魔物がいなくなれば平穏な生活が訪れるのだと、ずっと信じていたからだ。
そんな末弟の頭を撫でると、シュゼル皇子は話を続けた。
「我が国も含めて、他国でも隣国間では決して仲が良い訳ではありません。それこそ、今ほど魔物がいなかった時代には、隣国間での争いは絶えず起きていたそうですし」
「「……」」
「今は"魔物"という判りやすい共通の敵がいる。だからこそ、世界はなんとなく一つの方向を向いているんです。それが、もしなくなったら?」
「次のターゲットに向く……ですか?」
「……と言うより、本来のと言ったところでしょうか」
莉奈は漠然とだが、シュゼル皇子の言わんとしている事が分かってきた。
世界は今、共通の敵とした魔物殲滅のために動いている。国の兵力を魔物のために割いているのだ。
だが、魔物がいなくなったら、その兵力は今度は何のために使うのか。国の治安のため? 街や村の整備? そんな事に使うのだろうか。
ただでさえ不仲な国同士に、共通の敵が消えたのである。
ならどうなるのか。政治の事など全く分からない莉奈でも、すぐ頭に浮かんだ。そう、内戦や紛争、最悪は戦争だ。
莉奈のいた世界でも、いつもどこかで起きているのだから、この世界でも起きえるだろう。莉奈はなんだか怖くなり、身がブルッと震えた。
瘴気が国を脅かしている様で、実はその瘴気が世界を守っている様にもとれたからだ。
「現に、リナがこの世界に来た時期には7つあった国ですが……半年程前に1つ増えましたしね」
「え?」
「ヴァルタールの東、グルテニア王国の一部が王国を離脱し、ウクスナ公国を興したそうです」
「……」
ウクスナとは、さっき聖木が1本あると言っていた東の国だろう。
その国は、最近興した国だそうだ。
この国の事でさえ分かっていない莉奈が、他国の事情など知る由もない。だが、国が2つに分かれたという事は分かった。
魔物という共通の敵がいるのにも関わらず、分国したのだから、魔物がいなくなればさらに加速するに違いない。
莉奈がこの王城で、のほほんとしている間も世界では何か起きていたのだ。
何をやっても処罰せず、暢気にいさせてくれる王族達に、莉奈は感謝しかなかった。
「……まぁ、色々話しましたが」
莉奈が内心、シュゼル皇子達を拝んでいると、シュゼル皇子がニコリと笑いかけてきた。
「いつまでも瘴気に脅かされていても、国は衰退する一方ですからね。聖樹があるというのは、我が国には良い作用だと思いますよ?」
「「……」」
裏を返せば、他国はどうなるか知らないという事だ。
怖がる莉奈を、安心させる様に言ったシュゼル皇子だったがーー。
その言葉に含みがありそうだと、莉奈は感じていた。表面上はほのほのとしたいつものシュゼル皇子であったが、その瞳の奥にフェリクス王より恐ろしい何かを、莉奈は見た気がした。
仄暗いとはこういう時に使うのでは? と莉奈はそんなシュゼル皇子を見て思っていた。
「リナ」
「は、はい」
シュゼル皇子に名を呼ばれ、莉奈の心臓はドクンと飛び跳ねる。
「それを踏まえた上で、超メモネックスは指示があるまで勝手に"作らない"。"持たない"。"撒かない"様に」
「ぇ……は……ぃ?」
作らな……え? 何その、どこかで聞いた様な三原則。
「いいですね?」
「はい!!」
一瞬、ポヤンとした莉奈にシュゼル皇子がもう一度強く言えば、その言葉の重さと笑みに、莉奈はさらに震え上がっていたのであった。




