490 からあげ
碧空の君がくれた幼虫ミルクワームは成虫になると、クロパンゴミムシダマシという甲虫になるらしい。
あの大きさの虫でも、魔物ではないのか。
魔物とそうでない境目の謎は、莉奈の中でますます深まるばかりであった。
「片付けたぞ?」
ラナ女官長達が、そんな巨大な虫を片付けられる訳もなく、とある人に頭を下げたのだ。
当然、フェリクス王ではない。いや、チラッとは考えたけど……。
「お手を煩わせ申し訳ありませんでした」
「お忙しい中、貴重なお時間をありがとうございます」
ラナ女官長と侍女のモニカが、至極恐縮した様子で頭を下げていた。
部屋の掃除とは違うが、管轄で言えば自分達の仕事だ。それを丸投げしたのである。頭を下げただけでは足りない。
だが、莉奈が頼んだ相手は寛大な人物であった。
「はははっ。気にするな。からあげのメシにする」
「……からあげ」
そう、莉奈が頼んだのは、近衛師団長であり竜騎士団長でもあるゲオルグ師団長であった。
アメリアが見つからないのだから仕方がない。
警備兵のアンナの事も一瞬考えたけど、彼女に頼んだら……なんか部屋がメチャクチャになりそうな気がして、マッハで除外した。
しかし、彼は相変わらず自分の竜の事を"からあげ"なんて呼んでいるのか。怒られたのではなかったのかな。
「竜って、アレを食べるんですか?」
「大好物だ」
「あ、そう」
なら、碧空の君には悪い事しちゃったかな。
莉奈に真珠姫の事を頼む為に、大好物をくれたのだろう。
優しい子だ……とはいえ、気持ち悪いモノは気持ち悪い。
でも、後でお礼とお詫びを入れておこうと、莉奈は思った。
「そうだ。全部貰うのもナンだな。半分っこにしよう」
とゲオルグ師団長が言うが早いか、魔法鞄に手を掛けた。
「「ギャーーッ!!」」
莉奈が叫ぶ前に、ラナ女官長とモニカが淑女もビックリな叫び声を上げていた。
それもそうだ。今やっと安堵したのに、ミルクワーム再びである。気絶しなかっただけでも奇跡だ。
「碧ちゃんの宿舎に置いて」
「そうか?」
莉奈にそう言われ、ゲオルグ師団長は出そうとしていた手を止めた。
魔法鞄をお前も持っているのだから、今入れればイイのにって表情するのヤメて欲しい。
質量がどうこうではなく、触れないからしまえないのだ。
触れるなら、ゲオルグ師団長をわざわざ呼ばない。
「あ、コレも料理してあげたら喜ぶんじゃないか?」
「え゛」
「輪切りにして、からあげにするとか?」
「……」
その言葉に莉奈は絶句していたが、ラナ女官長とモニカが卒倒してしまった。
今、その虫ことミルクワームを見てしまったのだ。きっと想像に容易かったのだろう。
「そうだ。リナはスライムが食えるんだから、コレも料理して仲良く食べたらどうだ?」
「……」
ゲオルグ師団長が悪気もなく、あっけらかんと言うものだから莉奈は困惑し、思わず口を手で押さえた。
一見、白いミミズにも見えるミルクワームを食べるなんて、想像しただけでも吐きそうだ。
「そんな事を言うなら、今日の夕食に出しますよ?」
「……悪かった」
それを調理する気はまったくないが、そこまで言われたら莉奈はつい返したくなった。
莉奈がそう返せば、ゲオルグ師団長は食べたくないらしく、素直に謝っていた。さすがに自分が食べないソレを、無理に勧めたりしないらしい。
ーーぐぅぅ〜。
「腹が鳴ってるぞ? やっぱり食いたいのか?」
「違う」
変なタイミングで腹なんか鳴るから、ゲオルグ師団長が再び魔法鞄に手を掛けていた。
どんなにお腹が減ったとしても、あんなミミズみたいな巨大な虫は食べない。
お腹が鳴ったのは朝食は食べそびれ、昼食もまだだったからだ。
「とりあえず、昼食を食べに戻ろう」
黒スライムも置きっぱなしで来てしまった。
誰も食べないとは思うけど、リリアンが余計な事をしないか心配だ。
◇◇◇
「あ、イイ感じになってる」
厨房に置いて来ていた瓶を見て、莉奈は笑みを浮かべていた。
カラッカラに乾燥し干からびていた黒スライムが、タップリと砂糖水を吸い上げプックリと戻っている。
小さなスライムと言われたらそれまでだけど、莉奈には四角い黒糖タピオカに見えていた。
「だけど、高級な砂糖をたっぷり使えるなんて、シュゼル殿下様々だよね」
甘味に目覚めてくれたおかげで、私財で購入して一定量を置いてくれるんだから。
シュゼル皇子のおかげで、スイーツは勿論だけど、砂糖を使う事の多い日本食も作れるし、皆で食べられるんだからね。
「何拝んでんだよ」
黒スライムの瓶に思わず手を合わせていたら、マテウス副料理長が苦笑いしていた。
「いや、砂糖を使えるのはシュゼル殿下のおかげだと思ったら、つい?」
「あ〜、それは分かる」
莉奈が拝んでいた理由を説明すれば、皆は納得していた。
だって、あの方が甘味にハマらなければ、砂糖を大量に使用する許可なんて、得られなかったからね。
「そういえば、こっちの神様も手を合わせて拝むの?」
神がどんなモノか知らないが、手を合わせたり土下座したりと、近い文化があるのは耳にした覚えがある。
だから、莉奈がちょくちょくやっている仕草も、余り違和感なくツッコんでくるのだろう。
「国や地域によるんじゃないか?」
「頭を下げるだけの国もあるし、膝を床につけて土下座みたいにする所もあった気がする」
「勿論、リナみたいに手を合わせる国もあるよ」
「変わった所では、卵を投げる地域もある」
莉奈が訊いてみたら、料理人達が色々と教えてくれた。
卵を投げるってなんだろう? とにかく色々とやり方はあるみたいだが、一般的には拝礼が多いみたいだ。
「この国は?」
となると気になるのが、我が国ヴァルタール皇国である。
参拝する機会なんてなさそうだけど、知っておいても損はないので訊いてみた。
「「「王城に向かって頭を下げる」」」
「あ、そこは神様じゃないんだ」
まさかの返答に、莉奈はツッコまざるを得なかった。
王城に向かってなんて、想像もしていなかったからだ。
「"皇帝は神と同位"である」
「それがヴァルタール皇国だからな」
「ほら、この王城って山頂にあって天に近いだろう? だから、そう伝えられているんだよ」
「祈りはどこにいても、王城に向かってやるのが通例」
「神龍と呼ばれる王竜もいるしな」
確かにと莉奈は思った。
死を司る冥界神はともかく、神は何故か地下にいるイメージはなく天上。
そして、住む場所も当然、地下ではなく天上だ。
なら、山の上にあるこの城は、シンボルにはうってつけである。
天空に近く雲に霞む幻想的な王城、優美で勇しく気高い竜……そして、魔物を寄せつけぬ美貌の王。
神に拝むより、御利益がありそうだ。




