489 イベールさん、待ってーーっ!!
「「「スライムーーっ!?」」」
莉奈がいつまで経っても、しらばっくれるだけで説明しないので、エギエディルス皇子が説明してしまった。
「えぇっ? マジかよ!?」
「砂糖水に浸けたって事は……まさか、食うつもりなのか??」
「ミルクティーとかって言ってたから、食うんだよコレ!!」
「だって、スライムだろ!?」
「え、でも、食べるつもりだから、ココに持って来たんだよな」
「「「スライムをーーっ!?」」」
厨房は異様なザワつき方をしていた。
初めて鳥の魔物ロックバードを食べると言った、あの時よりどよめいてる。目の前で砂糖水に浸かる黒スライムを見ては、唖然としたりしていた。
ロックバードは良くても、スライムには抵抗感がある様だ。
莉奈には、皆のその基準がイマイチ分からない。
「口に入るモノなら何でも食べるのが、リナという生き物ですからね」
ミルクティーを作ろうとしていた莉奈の耳に、冷ややかな声が入った。
執事長イベールである。おそらくだが時間的に、王族の昼食を取りに来たのだろう。
「失礼じゃなーー」
「大体、自宮の敷地内で、勝手に虫を飼育するのはやめなさい」
「はい〜?」
莉奈はイベールに失礼だと訴える途中で、オカシナ事を言われて目が点になっていた。
碧月宮の敷地で虫を飼うとはどういう事だろうか? 莉奈は虫など飼った覚えはない。飼う予定も勿論ない。
「碧月宮の近くで、"クロパンゴミムシダマシ"の幼虫が何匹か確認されたんですよ」
「え゙? クロパン?」
「クロパンゴミムシダマシです」
「……何それ?」
「お前、スライムだけじゃ飽き足らず"虫"まで食う気かよ」
「いやいやいや、何の話?」
イベールに訊かれ、エギエディルス皇子にますます怪訝な表情をされ、莉奈はさらに目を点にさせていた。
一体、何の話をしているのかサッパリである。
「よく分からないけど、虫くらい王城にいくらでもいるんじゃ」
極寒の地、北極や南極でさえいるんだから、虫なんかどこにでもいると思う。
それを全部 莉奈のせいにするのは、御門違いである。
「クロパンゴミムシダマシは王城はもちろんの事、小さな村でも駆除対象に入る虫ですので、いるハズがない」
「え、でも虫なんだから荷物とかに紛れてって事もーー」
「あんな大きな虫が、荷物に紛れて気付かない塵がこの王城にいるのでしたら、即刻スライムの餌にしますが」
「餌……いや、だって虫ーー」
「その"虫"を籠に入れて隠していたのはあなたでしょう?」
「……"籠"?」
イベールの言う話は全く心当たりはなく、莉奈は首を傾げに傾げていたが、"籠"と言われ眉根を寄せた。
最近どこかで籠を見た気がしたからだ。
「"籐の籠"に入れて隅に隠していーー」
「あぁぁァァーーッ!?」
籐の籠とイベールが言った瞬間、莉奈はハッとし思わず叫んでいた。
確か今朝方、碧空の君が持って来たのは大きな籐の籠ではなかったかと。
クロパンなんとかは知らないが、多分、あの"ミルクなんとか"という虫の話をしているのではと、莉奈はやっと気付いた。
ウネウネと気持ちが悪くて最後まで見ていなかったが、碧空の君は莉奈の視界から片付けただけで、持ち帰っていなかったのだ。
なので、あの籐の籠に入ったまま、今までずっとあの辺に放置されていたのだろう。
そうなのだ。異様なサイズだが、あれは魔物ではなく虫だった。確かに、あの大きさの虫が目に入らないなら大問題かもしれない。
放置されたままのあの虫を、巡回する警備兵が発見し、回り回ってイベールに伝わった……と。そして、王城で予期せぬ事=莉奈の仕業という判断に至った訳である。
あながち間違いではないが、その方程式はヤメて欲しい。
「やはり、あなたが犯人ですか」
莉奈がまさかという顔をしていると、いつも冷たいイベールが、途端に氷点下まで下がった。
背景が凍って見える程にお怒りである。冷凍庫に入ったくらいに、莉奈の背中は冷えていた。
「いやいやいや、私じゃないですって!!」
「あなた以外に誰がいると?」
「あれは碧ちゃんがーー」
「類は友を呼ぶと?」
「違っーーう!!」
碧空の君が勝手にやった事で、自分のせいではない。直接関係はないが、微妙に関係がある。
どう弁解しようと、イベールに伝わる訳などなかった。
莉奈は強制的に食堂に連れて行かれ、説教タイムに突入である。まぁ、ラッキーな事にもうすぐ王族の昼食なので、長期戦にはならなかったのが救いであった。
「とにかく、後は自分で処理しておくように」
「……え゙」
何、処理しておくようにって。
あんな気持ちの悪いモノを、莉奈自身で片付けろと?
莉奈は耳を疑っていたが、イベールの次の言葉にゾッとする。
「部屋に置いておきましたから」
「……ぇ」
何だって??
部屋に置いておいただとーーっ!?
「ちょ、ちょ、イベールさん待って!!」
待てと言って待つイベールではない。
莉奈が背後で叫ぼうが、何を言おうが、スタスタと厨房を後にしたのであった。
「イベールさーーん!!」
銀海宮に莉奈の悲しい声が鳴り響いたが、返事などある訳もなかった。
ならばと、振り返って見れば、付いて来たハズのアメリアもエギエディルス皇子までいなかった。どうしようと助けを求める様にリック料理長達を見れば、慌てて目を逸らし忙しく料理を作っていた。
「え、虫だけに無視?」
「「「ぷっ」」」
莉奈の独り言に肩を震わせ笑いはしたが、目を合わせようとはしなかった。
案件が案件だけに、関わりたくないのだろう。
「ガンバレ」
「気合いだ」
目を合わせず無責任な応援はあったが、手伝うという選択はないらしい。
「マジか」
莉奈は愕然としていた。
あんな気持ちの悪いモノをどう処理すればいいのか、まったく分からない。だが、片付けない訳にもいかない。
どうしよう、どうしたらいいんだ。
ーーそんな時。
莉奈は都合の良い考えが浮かんだ。
「あ、部屋の掃除は侍女達の"仕事"じゃないかな?」
違う。それは侍女の仕事の範疇を超えている。
皆はそう思ったが、なら手伝えと言われそうで黙っていた。
そんな皆をよそに、莉奈はラナ女官長達に任せようと考えたら少しだけ、心が軽くなったのであった。
ーーだが。
ラナ女官長達に怒られたのは言うまでもなかった。
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