488 女の子らしくしてみた
癒しのエギエディルス皇子だった。
「やだなぁ、タピオカですよぉ」
「語尾を伸ばすんじゃねぇよ。バカっぽい」
たまには可愛らしくしようかなと、とりあえず語尾を伸ばしてみたのだが、エギエディルス皇子には大不評であった。
確かに、語尾を伸ばすと頭がお花畑な感じはするよね。しかもイラッとするから不思議。
「え〜、エギエディルス様ったらぁ、ひどぉ〜い」
莉奈は胸の前で手を握り小首も傾げ、莉奈の中で想像する"あざとい"口調と仕草で言ってみた。
後は、相手の腕に胸でも押し付けたりすれば、小説や漫画だと大抵の王子や貴族の坊ちゃんは、ビックリするくらい簡単にコロッといく。
莉奈は、アホらしくてそこまではやれないけど。
「お前、スライム食って、頭がイカれたんじゃねぇか?」
頑張ってやってみたのだが、同じ王子でも、エギエディルス皇子には何一つヒットしなかった。
むしろ、身をブルッと震わせ腕を高速で撫でていた。鳥肌がおさまらないらしい。
「エドは立派な皇子になりそうだね?」
「は? 意味が分からねぇ」
変な事を言ったと思ったら、急に素に戻る莉奈。
イカれたと言ったのに褒められたエギエディルス皇子は、ますますブルッと身を震わせていた。
小説は小説だと思うけど、エギエディルス皇子にコレは効かない様だ。
自分に対する扱いは酷いなと思いつつ、引っかからないエギエディルス皇子に莉奈は、少しだけ安心したのだった。
ただ、他の令嬢がやったのならと、考えに至らないのが莉奈の悲しい所である。
「なんだかんだ、タピオカが気になってるんでしょ?」
黒スライムなどを魔法鞄にしまった莉奈は、エギエディルス皇子の肩を突いてニヨついていた。
あれだけ拒否していたが、実は気になるから来たのだと思ったのだ。
「気にならねぇよ。大体スライムなんか誰が食うんだよ」
「エド」
「不敬の極みだ。牢に入れてやる」
莉奈とエギエディルス皇子の奇妙なやり取りに、アメリアが顔を青くさせていた。
莉奈がエギエディルス皇子にする言動は今更だ。だが、話している内容がオカシイ。"スライム"と言っていたからだ。
「え、タピオ……え、スライム??」
莉奈がタピオカだと言っていたのは、本当はスライムなのではと、気付いたらしい。
「あ、後で"タピオカ風ミルクティー"作ってあげるね? アメリア」
「"黒スライム入りミルクティー"の間違いだろ」
莉奈がニッコリと笑う隣で、エギエディルス皇子が鼻で笑っていた。
タピオカ? スライム?
アメリアの頭の中は大混乱である。何が正解で不正解なのか分からない。
「スライム……」
「やだな、アメリア。タピオカ"風"ミルクティーだって」
「お前、偽証罪で捕まえるぞ?」
「だから、あくまでも"風"だって言ってんじゃん」
「詐欺師の常套句みたいな事、言ってんじゃねぇよ」
なんでも"なになに風"にして誤魔化せば良い訳ではないと、エギエディルス皇子は呆れていた。
「……」
スライムだタピオカ風だと、莉奈とエギエディルス皇子の異様な会話に、アメリアは唖然としていた。
頭の中を整理してみると、どうやらさっきのは黒スライムであって、莉奈が勝手にタピオカだと口にしているだけの様だった。
だから、タピオカ風であってタピオカではないのだろう。
いつも答える莉奈が、疑問系で誤魔化し口を濁す訳である。
「リナは……スライムまで食べるのか」
ロックバードは鳥系。ブラッドバッファローは牛系の端にはいる。
だが、スライムはどこを遡ってもスライムである。
獣系でない魔物まで食べる気でいる莉奈に、アメリアはもう何も返す言葉が見つからなかったのであった。
◇◇◇
「リナ。それは何?」
どこに行っても何をしても、莉奈は注目の的である。
瓶の中に用意した砂糖水に、乾燥させた黒スライムを入れていれば、誰とは言わずと声が掛かった。
「黒糖タピオカの素」
あくまでもスライムだと言いたくない莉奈は、黒スライムをタピオカ風、あるいはタピオカの素と言う事にした。
「「「黒糖タピオカの素?」」」
聞いた事もない食材に、皆は眉根を寄せたり、首を傾げたりしていた。
これでも一応、王宮の料理人である。色々な食材に触れてきた。だが、黒糖タピオカの素など、聞いた事も見た事もない。
「冷たいミルクティーに入れて飲むと美味しいよ?」
たぶん。
まだ食べた事がないので、確証がない。だが、莉奈は何故か確信に満ちていた。
「シレッとスライムを普及するのはヤメろ」
厨房に付いて来ていたエギエディルス皇子が、呆れ返っていた。
ずっと付いて来るなんて、ストーカーか監視ではないか。まぁ、当然後者だが。
「やだぁ、もうエギエディルス様ぁ」
「だから、その話し方もヤメろ」
「えぇ〜?」
「気持ち悪い」
さっきの延長で、ブリッ子風に言ったのだが、やっぱりエギエディルス皇子には不評らしい。
そんな莉奈の様子を、厨房にいた皆は怪訝な表情をして見ていた。
スライムという言葉が頭に入らないくらいに、莉奈の様子がオカシイ。
「あ、リックさん。冷たいミルクティー作ってく……え?」
厨房にいつもいるリック料理長に、ミルクティーを作ってもらおうとお願いをしようとしたら、額に手をあてられた。
「リナ。熱でもあるんじゃないか?」
「いや、変な魔物でも食っただろう?」
「拾い食いでもしたの?」
「「「……大丈夫??」」」
リック料理長を筆頭に、心配の声が上がっていた。
冗談だとしても、いつもハキハキ言葉を口にする莉奈でなく、クネクネとしていたからだ。
ただ、大丈夫の前に"頭"が付いている様な間があったのは気のせいだろうか?
心配してくれるのは大変ありがたいが、心配の方向が違うと思う。
「不敬だ。エド、皆を牢に」
「却下だ」
莉奈がエギエディルス皇子のマネをしてそう言えば、即刻で跳ね返された。
王族に甘やかされている莉奈とはいえ、何の権限すらないのが現状である。
そんないつも通りの2人のやり取りを、皆は微笑ましく思う今日この頃だった。




