487 タピオカ?
「リナくらいなもんだよ。竜とケンカするなんて」
「ん?」
途中から見ていた近衛師団兵のアメリアは、莉奈と竜のやり取りに絶句し感服していた。
「リナの魔法鞄の中は、冒険者でも手に入れられないくらいの量の素材だらけだな」
ーーそうなのだ、結局。
あまりにもギャーギャーうるさいので、真珠姫の爪にもネイルアートを施してあげたのだが……そのお礼にと鱗をくれたのだ。
光の加減で七色に輝く真珠姫の鱗は、王竜とはまた違いとても綺麗であった。
そして、一部始終見ていた他の竜達も騒ぎに騒ぎ出し、根負けした莉奈は同じ様にしてあげたのである。
真珠姫が鱗をあげた事もあり、当然自分達もあげるべきだろうと思った竜達が、対価として次々と自分の鱗を置いていくから、莉奈の魔法鞄の中は竜の鱗で溢れていた。
「これならフェリクス王に放り出されても、生きて行けるかな?」
莉奈は魔法鞄を軽く撫でながら、ホクホクしていた。
竜の鱗だけでなく、魔物の素材も意外と豊富に入っている。
売る気はないが、この鞄自体にも価値はあるのだ。莉奈はその辺の商人や冒険者より、貴重な素材を保持していた。
だから、そう思って言ったのだが、アメリアは苦笑していた。
そもそも追い出される事をしなければイイのだが、莉奈にはその概念はないらしい。
「魔法鞄を取り上げられなかったらな」
「あぁ〜」
アメリアにそう言われて莉奈は嘆いた。
それもそうだ。
コレはくれたと言っても、取り上げられるだろう。そもそも放逐されるくらいの事をしたら、魔法鞄がどうこう以前に首が飛ぶのでは?
命があったとしても、このヴァルタール皇国からは確実に追い出される訳で……楽な暮らしなんて絶対無理である。
ーーぐぅぅ。
「お腹鳴ってるよ?」
アメリアが莉奈を見て笑っていた。
莉奈同様に元気なお腹だと。
「朝食食べてないからね」
早朝に碧空の君に呼ばれて、今現在までずっと他の竜達のネイルアートをしていたのだ。
妙にこだわりを持つ竜達の爪の飾り付けは、時間も労力も掛かったのは致し方がない。
莉奈はお腹をさすりながら、宿舎を後にした。
宿舎の前の竜の広場では、雌の竜達が日向ぼっこを楽しんでいる。
爪を見せ合ったり、自分の爪を見てウットリしたりと、人間と変わらない。余程気に入ったのか、莉奈を見かければ竜達が改めてお礼を口にしていた。
疲れたけど、満足してもらえたのならヨシとしよう。
ただ、もうやりたくないなと莉奈は苦笑いが漏れていた。
◇◇◇
莉奈は昼食の前にやる事があったので、聖樹のある場所に来ていた。
相変わらず、元気にそびえ立っている。あまりの高さに、近くからでは聖樹の天辺は見えない。
「干からびた聖木が、こんな姿になるなんてなぁ」
一緒に来ていたアメリアが、聖樹の神々しい姿に呆けていた。
警備兵のアンナが竜を持った事にも驚きだったが、その竜が聖木をブッコ抜いて来たのだから、さらに驚愕であった。
"類は友を呼ぶ"を身をもって実践しなくてもイイだろうと、皆は嘆いていた程だ。
そして、さすがにこんな事態を起こした竜のポンポコは、処分されると皆は思っていたらしい。
だが、ポンポコの処分を一旦保留し謹慎中にしていた時、莉奈が聖木を聖樹にしてしまった。
聖木を抜いた騒ぎどころではなくなった……という訳だ。
とりあえず厳重注意となり、ポンポコはあの無限の闇から出されたのであった。
但し、次はない。
次に何かしたら、素材処分にされるだろう。
「で、リナ。それは何?」
中庭のガゼボに干してある"何か"を、莉奈が片付けている。
アメリアは聖樹も気になるが、莉奈がしている事も気になっていた。
バットの上に並んでいる小さくて黒い、乾燥している何かはなんだろうかと。
「"タピオカ"」
「タピオカ? タピオカって何?」
「キャッサバっていう植物の根のデンプンから作った物?」
「なんで疑問形なんだ?」
「だって、作った事ないし」
そうだとTVで聞いた事があっただけで、確かな知識などない。
長芋に似た形をした、キャッサバの根茎のデンプンから作るのだとしか知らなかった。
「え? 作った事ない?」
「うん」
「なら、コレは誰が作ったんだ?」
アメリアはバットに並んでいる"タピオカ"を指差した。
コレは莉奈が作った物ではないのなら、誰が作ってここに置いたのか。
「えっと、誰も作っ……てはない?」
「はぁ? 誰も作ってない?? え、じゃあコレは何でここにあるんだ?」
「私が置いたから?」
「んん?? 誰も作ってないけど置いた?」
「うん」
「え、どういう事??」
誰も作ってない物を、何故莉奈がここに置いたのか理解不能である。
アメリアの頭の中は、ハテナでいっぱいだった。
「タピオカって、キャなんとかから作るんだよね?」
「うん」
「これが、キャなんとかなのか?」
「違うよ。タピオカ?」
「だから、なんでさっきから全部疑問形なんだよ」
疑問系で答える莉奈の意味が、アメリアには全く分からない。
自分で作った物なら正直に言えばイイ事だ。嘘を吐くにしても、何故そんなややこしい嘘を吐くのか。
「まぁ、食べてみれば分かるよ」
「食べてからじゃ、絶対遅い気がするんだけど!?」
いつもならすんなりと原材料を答える莉奈が、誤魔化すばかりで全く答えようとしない。
アメリアは直感で、何か嫌な予感がしていた。
「美味しいよ?」
「だから、なんでさっきから疑問形なのかな!?」
莉奈が作った物ではない。他人が作った物でもない。
なのに美味しいと言う莉奈が、アメリアにはサッパリ理解出来なかった。
「タピオカじゃねぇからだよ」
アメリアの眉根が寄りに寄った所で、アメリアの背後から声が聞こえた。




