484 美味しいんですよ?
「「起きてリナ」」
ーー翌朝。
空が白み始めた頃、誰かが自分を揺さぶる声で目が覚めた。
「……も、少し」
「少しじゃないのよ。起きて!」
「眠いのは分かってるけど、お願いだから後で二度寝して!!」
まだ眠いなと布団に潜り込もうとしたのだが、莉奈は半ば強制的に身体を持ち上げられ起こされた。
いわゆる、人間によるリクライニングベッドであった。
「いつにも増して、強引だね」
普通の侍女なら、主人に対してこんな強引な事はやらないだろう。
だが、賓客用の宮に住ませてもらっているとはいえ、莉奈とラナ女官長達の関係は、主人と侍女というより友人か姉妹の感覚に似ている。
「眠いんですけど?」
まだ眠い莉奈が目を擦っていれば、2人は莉奈をベッドから出して、手際良く着替えさせていた。
「なんなの?」
あの執事長イベールでも来たのかと思うくらいに、ラナ女官長もモニカもスピーディーだ。
莉奈の着替えや髪が強制的に整えられると、休む間もなく両脇に抱えられ、ズルズルと引き摺るように部屋の外へ連れて来られた。もう、莉奈には何がなんだか分からない。
「連れて来ました〜!!」
「じゃあ、後は煮るなり焼くなりご自由に!!」
碧月宮の外へ出るなり、ポイっと放り出されて置いて行かれた莉奈。
人身御供の様だなと、呆れた様に見上げればーー。
そこに見覚えのある生き物が1体。そう、碧空の君である。
とうとう、眠りを妨げるなんて……。
「殴られに来たの?」
莉奈は思わず目が据わってしまった。
昼夜問わず、竜に関わると碌な目に遭わない。
「どうして、そう物騒なんですか」
「物騒な顔した竜に言われたくない」
「……」
どういう意味ですか? と不服そうな碧空の君だったが、莉奈を怒らせても良い事がないと反論の言葉を飲み込んだ。
「真珠姫の事でちょっと……」
「……私は一体誰の番ですかね?」
「……」
真珠姫に何があったか知らないが、莉奈は誰の番なのだ。
真珠姫の事は、真珠姫の番に任せたらいい。あるいは、竜同士でどうにかして欲しいと莉奈は思う。
「と、とにかくコレをあげますから、付いて来てくれませんか?」
ご機嫌斜めの莉奈に碧空の君は焦りつつ、鼻先で何かを差し出してきた。
「ひっ!」
何を持って来たのだろうと、鼻先で差し出した入れ物の中を見て、莉奈は思わず反射的に退け反っていた。
人が1人スッポリ入りそうな大きな籐の籠に、何か白い物体がウネウネしていたからだ。
……気持ち悪い。その一言に限る。
「そんなモノ、いらーーーーっん!!」
鳥肌が立ちまくった莉奈は、半歩どころかさらに数歩下がった。
ニシキ蛇くらいの大きさの白い何かが、籠の中で何匹か蠢いている。先程までの眠気や不信感など、全部吹き飛び、気持ち悪さが頭の中をしめていた。
碧空の君は何故、こんなモノを持って来たのか、莉奈にはまったく理解出来なかった。嫌がらせか何かの仕返しか、莉奈は叫び声を上げたい気分だ。
「え??」
いらないと全力で拒否された碧空の君は、キョトンとしていた。
魔物まで喰らう娘だ。その莉奈が、まさか拒絶すると想像もしていなかったのである。
「いらない?」
「そんな気持ちの悪いモノ、いらーーん!!」
何故、莉奈が全力で拒否するのか、碧空の君は首を傾げていた。
竜が小首を傾げる姿は、ちょっとコミカルで面白いが、今の莉奈はそれどころではなかった。
「気持ち悪い? え??」
碧空の君は、自分の持って来たモノを見た。
平然と魔物を喰らう莉奈が、今更こんなモノくらいで気持ちが悪いと言う。それが、碧空の君には何度考えても分からない。
むしろ、自分達が食べているモノを気持ち悪いと言われ、ちょっとした衝撃である。
「美味しいですよ?」
「ギャーーッ!! 籠から出さないでーーっ!?」
その生き物は正確に言えば、籠から碧空の君が"出している"訳ではなく、勝手に"出ている"のだが……莉奈にとっては同じ事だった。
「コレは"ミルクワーム"といって、ほんのり甘くて美味しいんですよ?」
「ンギャーーッ! 説明なんかしなくてイイからーーっ!!」
妙な所でマイペースな碧空の君は、莉奈が全力で拒否しているにも関わらず、ミルクワームの説明をしていた。
だが、その説明を莉奈が、聞く余裕などなかったのは言うまでもなかった。




